第8話 ジェラールの真意

 闘技場内にある訓練場。そこで私はいつものようにジェラールと相対していた。ただしいつもとは違う部分もある。


「かつては陛下も今のお前と同じように、あのフォラビアの闘技場で、しかもお前より遥かに厳しい戦いを生き抜いてこられた。それはお前も良く知っているな?」


「……っ」

 あの忌々しい女の事が話題に登り、私は唇を噛み締めた。勿論そんな事は言われずとも知っている。


 だがこの時の私はあの女の存在そのものよりも、ジェラールがあの女の事を称えるような口ぶりであった事が面白くなかった。だがそんな私の心情には勿論気付かずに彼は話を続ける。


「陛下が死闘の数々を勝ち抜いてこられたのには、勿論様々な要因が関係している。だがその中でも特に大きな要因として、彼女が自分の戦闘スタイル・・・・・・を早期に確立して、それを徹底的に昇華させてきた故、という物がある」


「戦闘スタイル?」


「そうだ。彼女の場合は小剣と小盾の二刀流・・・による攻防一体のスタイル。体力や筋力では男に及ばないハンデを、そのスタイル一本に絞って徹底的に鍛え上げる事で、彼女はあれだけの強さを得たのだ。彼女とまともに戦えば……この俺でさえ正直確実に勝てる保証はない。それほどのレベルだ」


「……っ!」

 これまでの『訓練』でジェラールの強さや高みは、嫌という程骨身に染みている。そのジェラールとほぼ互角という事か? あの女が? それほどの高みにいるというのか!


 それに比べて今の私は……


「悔しいか? 陛下に遥かに劣っている今の自分が? だがそれが現実だ。そして……お前が彼女に追いつく為にはその差を克服しなければならん」


 ジェラールはそう言って、手に持っていた物を私に投げ渡した。


「これは?」


 それは一見・・、訓練用の木剣に見えた。だが違う。普通、剣の刀身は柄の一方伸びていない。だが今私の手にある木剣は中央・・に柄があり、その柄の両端・・からそれぞれ刀身が伸びているのだ。


 明らかに通常とは異なる形状の木剣。



「それは読んで字のごとく双刃剣と呼ぶ。見ての通り、柄の両側から刀身が伸びた特殊な剣で、俺の得意武器でもある」



「……! あなたの……」


 そういえばフォラビアの試合で見た彼はこんな武器を使っていたような……?


「一口に戦闘スタイルと言っても、当然人それぞれ適性というものがある。お前が無理に陛下の真似をした所で絶対に追いつく事はできん」


「……あなたの技を学べば追いつけると?」


「確約は出来ん。お前の努力次第だからな。だがお前は曲がりなりにもこれまで、全くの素人の状態からこの俺の訓練を受け続けてきた。それは確実にお前の中に影響を及ぼしている。ならばそのまま俺の戦闘スタイルを突き詰めて習得していくのが、最も効率が良く尚且つお前に適していると判断した」


「…………」


 彼の戦闘スタイルが適しているという理由は納得できた。だが……



「何故……私にそれを教えてくれるの? この剣術はあなたが独自に編み出した物なのでしょう? 私のような者に教えてしまって、あなたはそれでいいの? 第一私が試合で負けて死ぬ事はあの女の意向なのでしょう? しかも私はあわよくばあの女の元まで辿り着いてその命を狙ってさえいる。私を強くしてしまうのは、あの女の意向に逆らっている事にならないの?」


 それはより根本的な疑問であった。何故彼は私に『良く』してくれるのだろう。彼だってこの国の人間……つまりあの女の臣下である事は変わりないはずだ。


 普通ならあのブロルのように私が無様に死ぬ事を願って陰険な策謀を巡らせてくるはずだ。もしジェラールがそのような男だったら、今頃私の命はとうに無く、あの女の思惑通りになっていただろう。


 確かに彼はあの女から私の訓練を命じられてはいたが、それだけでは説明が付かない気がする。


「さて、何故だろうな。俺の技術を教える事は問題ない。むしろまっさら・・・・であるお前に俺の剣術を教える事でどこまで成長できるのか楽しみですらある。一定以上の技量を持った者は、自分の技を誰かに伝授したくなるものだ。それは或いは職人や芸術家などのそれと似たようなものかも知れんな」


「…………」


「そして陛下に関しては……俺は正直お前に期待・・している部分もあるのだ」


「え……?」


 ジェラールはそこで何故か憂いを帯びたような表情になる。



「お前はあれ以来陛下とは会っていないから知らんだろうが、彼女はある意味で……変わってしまった・・・・・・・・



「……!! か、変わった? それはどういう意味で?」


 私はジェラールの様子と言い方に不穏な物を感じて、知らずの内に唾を飲み込んでいた。


「そもそもお前に対してこのような陰湿・・な復讐を計画し、敢行した時点でその予兆はあったのだが……普通ではない形で突然国の最高権力者の座に着いた事、そしてお前達ロマリオン帝国に対する激烈なまでの嫌悪と憎悪……。それらは確実に、まだ二十歳にも満たない未熟な彼女の心を変質させ歪めてしまった。今の彼女はお前が知っているフォラビアにいた時の彼女とは別人と思って差し支えないだろう」


「……っ」

 私の胸の動悸が緊張で高鳴る。額には無意識の冷や汗が伝う。


 別人? それも私達ロマリオン帝国に対する憎悪で? ジェラールの言葉に私は急な不安に駆られた。


 私の中でのあの女……カサンドラのイメージは、ジェラールの言う通りフォラビアにいた時の印象で止まっていた。最後に会ったのはこの国の王城の謁見の間だが、あの時は自分自身の屈辱と恥辱でそれどころではなかったので、正直あの女が変わっていたかどうかなど思い出せなかった。


 どれだけ強かろうが、その性格は善人ぶった甘っちょろい良い子ちゃんというイメージが固定されていた。だが……もしかして私は根本的な思い違いをしていたのだろうか?


 あの女の性格がもっと……邪悪・・で、しかもロマリオン自体にそこまで憎悪を抱いているとしたら……



「だがこの国は戦勝と復興に沸いていて、それを為した陛下は国民から英雄として崇められている。市民だけでなくブロルを見れば分かるように、貴族や元フォラビア勢の大半にとっても彼女は半ば神格化されているほどだ。今の陛下に違和感・・・を覚えているのは俺を含めてごく僅かだろうな」


「……!」


 元フォラビア勢。それはジェラールやブロルと同じく元々フォラビアで上級剣闘士であった連中の事だ。その折にカサンドラとは死闘を繰り広げたが、その後懐柔され、あの女のシンパと化した。


 ジェラールを見れば分かるようにいずれもが一騎当千の強者で、今の新生エレシエル王国の武威を支えているのはこの連中であるらしい。ジェラールとブロルを含めて全部で8人おり、【エレシエル八武衆】などと呼ばれている。


 その武威だけでなく、カサンドラを助け王国の復興に多大な貢献を果たしたとの事であの女に信頼されており、旧王国の貴族達も彼等の台頭に何も言えないのだとか。


 カサンドラを狙うのであれば、いずれ必ずこの連中が私の前に立ち塞がる事は想像に難くない。



「だが……そこにお前が現れた。そして陛下の予想を外して【ノービス】からの昇格を果たした」


「……!」

 話が私に戻ってきて少し息を呑んだ。


「陛下は実際にはお前の動向をかなり気にしている。それは昇格試合の日に敢えて俺を呼びつけて意味のない会議で拘束しようとした事からも明らかだ」


「!!」


 それに関しては私もそんな気がしていたのだ。そして今のジェラールの言葉で裏付けが取れた。


「あれによって俺は、お前に双刃剣の技術を教える事を決意したのだ。お前が今後も試合を勝ち上がっていく事で、何か・・が変わるかも知れん。そんな予感がするのだ。具体的に何がどう変わるのかまでは解らんがな。だが陛下に何らかの影響を及ぼす事は間違いない」


「……いいのかしら、そんな事を言って? 私が強くなって勝ち上がるという事は、あの女の元までたどり着く可能性が上がるという事で、もしかしたら……あの女を私が殺してしまうかも知れないのよ?」


 私は少し挑戦的に問いかける。ジェラールがなんと答えるのか気になったのだ。彼は肩をすくめた。


「俺は元々エレシエルとは縁もゆかりも無い人間だ。ただカサンドラ陛下個人に忠誠を誓ってこの国に仕えているだけだ。もしその陛下が堕落・・したまま変わらないのであれば、その時は……お前に殺されるのもまたやむ無しというものだ。そうなれば俺はこの国を去るだろう」


「……!!」

 事も無げにそう言ってのけるジェラールに私は瞠目した。同時にやはり彼がエレシエル人ではないという何気に貴重な・・・情報も得る事ができた。


 また彼の答えもある意味では私を満足させる物だった。何かを企んでいる訳ではなく、ジェラールは本心から場合によってはカサンドラが死んでも構わないと思っているのだ。


 ならば何も迷う事はない。私は頷いた。



「解ったわ。私は今より強くなりたい。あなたは私をあの女の元まで辿り着かせたい。利害が一致したという訳ね」


「まあ、そうなるな」


「なら問題ないわ。あなたの技術を私に教えて頂戴。私はどんな特訓にも耐えて、必ずこの剣術を物にしてみせる。あなたの望み……私が叶えてやるわ」


「……!」

 私の宣言にジェラールは僅かに目を見開いた。初めて彼の意表を突いてやった気がして、少し痛快な気持ちになった。ジェラールも気を取り直すと口の端を吊り上げた。


「ふ……いいだろう。精々期待させてもらおうか」


 こうして互いに同意を得た私達は具体的な『特訓』に入った。


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