陰陽師☆生命の桜

ぽよん

序章

序章 桜編 季節が巡る

冬の終わりを告げる最後の淡雪が降った。

柔らかい昼の日差しが庭の雪を少しずつ溶かしていく。

変わらない日々、変わらない場所、それでも四季は巡って、春がくる。


わずかな暖かさを含んだ陽の光に誘われる様に戸を開けて笛を奏でたくなった。

笛の音が好き。

一人の時間を過ごす手段といえば、笛を奏でること、書物を読むこと、そのくらいだから。

私は笛を抱えてえんの柱の一つにもたれる。


三年前、十二の頃に父様に連れられてこの屋敷に移ってきた。

諸国が不穏な情勢の中で、父様が毎日のように慌ただしくみかど様の元へ通っていた頃だった。家を開けがちになった父様が私の身を案じて、懇意こんいにしている貴人のところで私を預かってもらうことにしたと言った。預かるといっても直接対面することはなく、私はすぐにこの屋敷に入れられた。

住居の周りは結界が幾重いくえにも張り巡らされていて、外に出ることも外から中へ入ることも容易にはできない場所だった。

ここがどこなのかさえもあまり分かっていなかったけれど、私の運命はどうにもならないと思ったから、すべてはかなかった。


今ここには誰もいない。

父様は忙しく、ほとんど私一人の生活。

身の回りの世話はしゅした形代かたしろがやってくれる。

形代、陰陽おんみょうの術で作った魂のないもの。

だけど、人には何も危害を与えない。無害の人形ひとがた


私は笛を奏でた。

しんと静まった雪の庭に美しい音が響く。


求める様にもう一度、もう一度と、私は音をかなでる。

何度も聴いた母様の好きな曲を奏でる。

運命を変えられないのならせめてと、龍笛りゅうてきを鳴らす。


ふわりと風が頬を撫でるように吹き抜けて何かが舞った。

透き通る雪解けの雫が庭木の葉を伝って落ちる音。

ささやかな自然の片鱗へんりんが意識させる自分という生。


再び笛の音に気持ちを集中する。

ここには私しかいない。


ーーだけど、


しばらくしてふと気配を感じた。

私はびくりと気配のする方へ目を向ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る