第十一の月――姉であり師

 クロゼットにしまってたボディバッグに必要なものを足す。間違いなく入ってるのを確認して、背負ってからクロゼットの扉の裏の鏡を見た。

「おっけーおっけー」

 コートは動きづらいからと仕立てた聖印付きのショートジャケット。下は濃灰のノースリーブのタートルネックに、同色のワイドパンツ。ボブカットの頭をポンチョ型の外套に潜らせ、ポケット付きのリストバンドを確かめれば用意は万端。

 一番うるさいお目付役はいない。となれば、抜け出すのは簡単だった。手が回る前に近くの村で馬を借りて、目指すはここから南。丘陵から山へと地形が変わる場所だ。麓に街があるから、まずはそこに立ち寄るはず。

「よっし!」

 鐙に足をかけてひらりと鞍に跨がって、軽く馬の首を叩いてやる。顔見知りの栗毛ちゃんの機嫌も良さそうだ。手綱を握って一路、久々の遠出と行きましょうか。



 流通の拠点として、また山越えをするひとびとの準備の場として。イスキュオンという名まで与えられたこの街の歴史は古い。

「さてさて、っと」

 入り口の門も立派なものだ。手続きをして馬を預けて、ひとの行き交う石畳へすたすた足を進める。まずは合流しなくては。

 多分あっち、と大通りを曲がって職人街へ向かう。装飾品や量産品の武具を扱う店の前を通り過ぎてしばらく進めば、金属を精製する炉の煙が空に上がるのが見えてきた。この辺りは直接工房の職人と客とがやりとりするような、そんな店が出ているところだ。そのうちのひとつ、見本として鎧を飾っていた建物の前にあたしの捜し人たちはいた。

「だからゼータも、もっとしっかりしたアーマー買ったらどうだ。お前のチェインメイルうっすいだろ」

「これはこれで特注なんだって。それにあんまり重いと動きづらいだろ」

「シータさんのアーマーに使っているカリスレイアは、一般ではなかなか手に入らないですからね」

 広い背中と高い背を屈め、鎧をじっくり眺める黄緑のショートヘアの男性。そいつと同じ色のローポニーを旅装のマントの上に垂らした、頭一つ分くらい低いだろう女性。その左隣に立ってる真新しいマフラーを巻いたひょろ長い男の、後ろで縛った金の髪はあたしと同じ色。

 足音を殺して近寄ると、曲げてた背中をぐっと伸ばしたシータが最初に気がついた。口の前に人差し指を立てたら何も言わずに前向いたけど、呆れた顔したのは見逃さなかったわよ。

「あれ凄いよな、あんぐらい軽くて丈夫ならいいんだけど」

「姉さんの伝手なんですよね確か。ゼータも何があるか分からないですし一度訊いて」

「呼んだかしら?」

 声を掛けると同時に、ゼータの膝裏に革靴の先で蹴りを入れた。

「うっ、わ!?」

 それをぎりぎり身を翻して避けた、直後の崩れた体勢に詰め寄り右手を振るう。首を狙ってくる手刀を捉え屈みかけて、

「……っ!」

 急停止して左腕で迎撃、になり損なった防御へ切り替えた。手首を傾け手刀から直接その腕を掴み、くるりと捻り上げながらゼータの背後へ。

「はーいしゅーりょー」

「先生痛い痛いっておい!」

 喚くゼータの後ろで、茫然としていたタウがやっと我に返った。

「姉さん何してるんですかいきなり!」

 タウが割り込んできたのでとりあえず放してあげる。片膝を着いて固められていた肩を押さえるゼータが、恨みがましげにあたしを睨んでいた。

「いやーだって実戦も何度かやったわけだし、どんなもんかしらって」

「街中だぞ」

 あたしの肩を叩いたのは呆れ顔のシータだった。自分だって今まで黙って見てたくせに、常識知らずみたいに見られて心外だ。何にも悪くないお店の職人さんが冷たい目をしてるのに気がついて、タウが小さく息を吐いた。

「……場所を変えましょう。ゼータ、大丈夫ですか」

「ああ……」

 気遣わしげにかけられた声に応えて、立ち上がってズボンを払う。そんなゼータの隣でおろおろしてたうちの弟は、返事をもらったにも関わらず心配げな顔のまま。

「ふーん」

 最低限はクリアしてたと思ってたけど。思ったより進展してないのねぇ。

「おい」

 ジャケットの袖の上から腕を掴まれて引っ張られる。首を捻って見上げた先にシータのしかめっ面が待ち構えていた。こういう顔は兄妹ほんとにそっくり。

「宿。取ってあるから、そこでいいな?」

「えーあたしお腹空いた」

「オメガ」

 見慣れた怖い顔にけらけらと笑うと、がりがり頭掻いてまた呆れ顔。近寄ってきたタウも会話を聞いてたんだろう、

「途中で何か買いましょう。落ち着いて話せた方がいいと思いますから」

 タウが提案してきたのに乗っかって、あたしも頷いた。

「それでもいいわよー。この辺のごはんボリュームあって美味しいって聞くし、あんたらも食べたいでしょ?」

 護衛官は仕事柄大抵よく食べる。このふたりも例に漏れずそうなのはよく知っているからそう言えば、顔を見合わせてしょうがない、みたいな表情をした。



 旅人向けの屋台でどっしりしたサンドイッチを人数分、それから飲み物も買って宿の部屋に移動する。大通りに面したでっかい宿屋の二階からは街並みがよく見えた。

 二人部屋ふたつのうち女部屋になる方へ邪魔な外套を放り込んでから、もうひとつの部屋に集まる。こぢんまりした部屋の中央に備え付けの、椅子二脚付きの机に買ってきたものを広げた。密度の高い重いパンに切り込みを入れて、塩もみのキャベツとブラックペッパーたっぷりで焼いた分厚いベーコンの塊とを挟み込んだサンドイッチは、なるほど体力仕事の相手には喜ばれることだろう。飲み物は逆にあっさり柑橘系のジュースだ。

 椅子が足りなかったので妹弟組はベッドに座って、食前の祈りの後みんなで紙包みを開けてサンドイッチにかぶりついた。パンを噛み千切ってもぐもぐ口を動かし、合間にジュースを傾ける。と、一番ペースが遅かったタウがふう、と息を吐いた。

「……タウ」

 対面のベッドに腰掛けていたゼータが名前を呼んで、片手を伸ばした。俯きがちだった顔を持ち上げたタウが申し訳なさそうに笑う。

「ありがとうございます」

「そうなると思ってたからな」

 半分ちょっと残ったサンドイッチを受け取って何のためらいもなく食べ出したゼータは、自分もとっくに食べ終わったシータが眉間にしわ寄せてんのには気づいてないんでしょうね。

「はい」

「……そういうことじゃないからな」

 言いつつも三分の一残ったサンドイッチを受け取って食べるシータにくすくす笑いが込み上げた。

「さーて」

 ジュースをちまちま飲みつつ、サンドイッチが全て無くなるのを待って口を開く。

「それじゃ神官長様のお話の時間よ。さー片付けて片付けて」

「お前もな」

 紙包みだったものを入ってた紙袋に押し込んで、タウとゼータが机の周りに集まる。あたしは机の上にバッグから取り出した地図を広げた。と、そこでシータが立ち上がる。

「タウ、お前座れ」

「僕ですか」

 タウがちらっとゼータを見て、促されるままあたしの対面に座った。確かに一番見ておくべきは我が弟でしょうね。

「とりあえず、現状の整理からしましょっか」

 地図の一点を指で叩く。

「ここがあたしらの神殿でしょ。で、そっからあんたたちが行ったのが」

「最初が湧水の祠ですね。その後が、えっと」

 タウが地図を順番に辿っていく。桜の木の宿、東と西を結ぶ宿場町、大森林の街、港町オプセリオン。収穫を終えただろう農村から、このイスキュオンへ。歪んだ円を描いた指先が現在地へ追いついたところで、あたしは顔を上げた。

「目的地はあと一カ所。あんたにもえてる?」

「……確証はありませんでしたけど、姉さんもと言うなら間違いないですね」

 ペンだこの残る左手の指が滑る。指したのは南側、山をひとつ越えた先の荒野。地図に刷られた文字は、

「封じ眠る大輝石」

 覗き込んだゼータが読み上げた通りだ。

「あの馬鹿でかいやつのところなのか」

「……って、ことなんだよな。タウ、先生」

 横に立つ護衛官ふたりが地図を見下ろしている。そっちに対して顔を向けて、次いで正面の弟を見て。

「そう。それで、まだあるのよ」

「天啓の内容、ですか」

 天啓。修行を積んだ神官に対し、神や聖霊から与えられる啓示。よーするに便利なお告げであり、経験の浅い子はうんうん唸って明日の天気が分かるくらい。修行の年数や程度、あとは生まれつきの素養とかでどれだけ先のことが詳しく視えるかが変わってくる。

 あたしのそれは、どうやらとびっきりらしい。

「そこには確かに、クライスムートの封印のとこに残ってたのと同じ気配がある。それはあんたにも分かるわね?」

 頷くタウ。あたしの弟なだけあって、視ることについては長けてると言えるレベルだ。カケラの位置を特定していたことからもそれは信用がおける。けど。

「あたしが視たのは、あの大輝石の前にあんたたち、……ゼータとタウがふたりで居るところ」

 あたしに訪れる天啓は、たいていが唐突な白昼夢みたいなものだった。望むと望まざるとに関わらず視せられるそれにうんざりするときもあるけど。

「ここが、あんたたちが決着つけるとこなんだと思うわ」

 言って、見渡した顔に疑うものはなかった。

「先生は、それを伝えに来たのか」

 いつの間にか腕を組んでいたゼータが、ぽつりと呟いた。持ち上げた手でイヤリングに触れている。

「それもあるわ」

 その質問には肯定を返せるけど、ただそれだけで可愛い弟子と弟とを送り出すつもりはない。けども、だけども。

「けど、その前に片付けなきゃいけないこと片付けときましょ」

「なんなんだそれ」

 片眉を上げたシータにはウィンクだけ返して、よいしょと立ち上がる。

「多分今向かえばぎりぎりってとこじゃない?」

 意識に過ぎった黒い影を思い浮かべたあたしに、はっとした顔してタウが瞼を閉じた。と思うとすぐ見開き、傍らのゼータの腕を掴みながら勢いよく立ち上がる。

「ゼータ!」

「……分かった!」

 息を呑んで、それで察したゼータが頷いて真っ先に部屋の出口に向かった。その背に続きながら、しっぶい顔してるシータの背中を叩いた。

「あんた往生際悪すぎなのよ」

「……」

 舌打ちは前のふたりには届いてないだろう。宿を飛び出し道を指し示したタウを肩に担ぎ上げたゼータを追いかけ走りながら、あたしは知らず笑っていた。



 大通りから路地へ入って走り抜けて。そうして見えてきた、街の端っこから山へ伸びる土が剥き出しになった幅広の道。鉱夫が使うんだろうこの場所は、この昼過ぎの中途半端な時間ならほとんどひとも通らない。

林を切り開かれて見える空を睨んで、ゼータが小さく零す。

「……鳥……!?」

 刻々と近づいてくるそれは、確かに羽を広げていた。何度か視たのと同じ真っ黒の塊は、あたしたち四人が手を広げたのと同じくらいの全長だというのに軽々と空に君臨していた。

 キィ、キュケェ――ッ!

「うおっ」

 シータが呻いた。思わず耳を塞いでしまう甲高い音は、もしかしたら街にも届いているかも知れない。険しい顔のタウを背に庇う弟子へ、

「空中戦ってことね。頑張りなさいゼータ」

 そう呼びかけた。一時反抗期で出奔してたシータよりもゼータの方が聖霊術に長けているし、飛ぶのは風の聖霊術の専売特許だ。

「時間を稼いでくれれば、何とかします」

 短杖を握りしめたタウを見て、ゼータははっきり頷き右手でイヤリングを外した。背を向けて怪鳥を見据えたまま、手にしたそれを投げ上げる。

「……頼んだからな」

「はい!」

 大鎌で風を切り裂きながら言葉を紡ぎ始めた後ろで、タウが短杖を構えた。

「お前は大人しく……するわけないよな」

「分かってるじゃない」

 ボディバッグを手前に回し、背中側の隠しを開けて二本の棒を取り出す。素早く組み上げて、仕上げに右手のリストバンドのポケットから輝石を取り出して先端の輪っかにはめ込めば、あたしの身の丈の半分くらいの杖の出来上がりだ。

 ハルバードを手にしたシータの隣に立って、見れば前方に出たゼータが竜巻を切り裂き詠唱を結んだ。

「――空に道を!」

 地面を強く踏み切って、髪をなびかせ宙へ駆ける。縄張りに入ってきたのが気に入らないかのようにまた怪鳥の声が劈いた。激しい羽ばたきが生み出した暴風を乗り切って、ゼータが肉薄する。振るわれた曲刃が分厚そうな羽毛を切り裂いたのが見えた。

 一方で風と一緒に舞い散った羽根は小鳥――と呼ぶにはトゲトゲしくてかわいくない――に変じた。放たれた矢の速度で突っ込んでくる黒い塊を、

「おらぁッ!」

 シータがハルバードをぶん回して薙ぎ払う。あたしはひょいと屈んでそれを避けつつ、地面すれすれに杖で線を描いた。

「壁を、……からのッ」

 立ち上がる勢いのまま逆袈裟に杖を振るい、たった今自分で描いた線に沿って出現させた光の壁を叩き割る。飛び散った破片がかわいくないソレらを縫い止め、そのまま蒸発させた。

「オメガ!」

「はいはいっと」

 直接杖の輝石でぶっ叩いたついでに、シータの得物につけられた槍の穂先と斧の刃に沈められたヤツらもろとも浄化する。

「……形を成せよ其の力、届かせ賜え此の言の葉」

 タウの詠唱はあとちょっと。視線を戻した先で、宙にいた影がぐらつく。

「ゼータ……!」

 シータが顔をしかめる。けれど一度体勢を崩したゼータは、空中に残っていた小鳥を蹴飛ばして立て直した。振りかぶった大鎌が、怪鳥の頭蓋をてっぺんから串刺しにする。

「――いざ、我に祝福与え賜う光の聖霊、その腕よ!」

 完璧なタイミングでタウが声を張った。掲げた短杖に宿った光を反射して、瞳が金に輝いている。怪鳥の周囲に生まれた幾重もの円環が、くるりくるりと鳥かごを形作った。

「汝は希望の体現、照らし導くもの」

 ゼータが刃を抜いても、硬直した怪鳥はもう動かなかった。浮いたまま見守るその眼前で、鳥かごが縮まっていく。

「名に相応しき慈悲にて、彼の者に安息を」

 厳かに詠唱を結べば、音ひとつ無く鳥かごだった光が弾けた。その場に残ったカケラとおそらく鳥の亡骸とをゼータが受け止め、ふわりと下りてくる。

「……。ありがとうございます、ゼータ」

 無言で死者への祈りを捧げたタウが、ゼータに向かって微笑んだ。道ばたにそっと亡骸を下ろしたゼータは首を横に振る。

「何言ってんだ。お前がアレを静めたんだろ」

 そう言ってゼータは、とても珍しい笑い方をした。薄く柔らかくて悲しい微笑は、綺麗に見えたけど。

「さ、早く戻ろうぜ。話途中だろ」

 伸ばされかけた手に背いて、ゼータはこっちに歩いてきた。イヤリングを耳につけ直し、同じく武器をしまったシータの隣に並ぶ。

「……兄貴、ありがとな」

「うん?」

 妹に対する声が他より優しいのは昔からだった。

「あいつ、守ってくれて」

 ゼータの言葉に少し黙ってから、シータは傷だらけの手のひらでわしわしとゼータの頭を撫でた。

「ゼータ、いいか。何人いるか、誰がいるかで戦い方は違うだろう。今回はたまたまこうなっただけだ、それに」

 お前も立派だった、なんて。ほんと甘やかすのが好きなんだからこいつは。

 口を引き結んだゼータの肩をどつきつつ、あたしはタウの方へ歩み寄った。行き場のない手を引っ込めて、短杖を右二の腕のベルトで留め直し眼鏡を直す。

「ざーんねんでした、って感じかしら」

「……なんですか」

 むっとした顔を笑いながらつついて、歩き出した緑の兄妹の後についていく。杖はあとでしまえばいいやと担いだままだ。隣に追いついてきた弟は、前を見たままあたしに訊いた。

「どうすればいいんでしょう」

「知らないわよそんなの」

 振り向いた額にでこぴんかますと、声も出さずに悶えている。そんなことをあたしに訊くようじゃまだまだだ。

「そうね、準備して山越えて……、ひと月かからないくらいか」

「姉さん……?」

 額を押さえて、あたしと同じ色の目が再び向いた。

「時間あるでしょ。ちゃんと話しなさいね」

 たぶんちゃんと進んでいるのだ、ただ見えてないだけで。ただまあ、それを口に出すのは野暮ってもんだろう。にっと笑ったあたしに、タウも苦笑した。

「……そうします」

 いつの間にか前ふたりとの距離が開いていて、気がついたのだろう待っていてくれている。足を速めて追いついて、シータの腕を叩こうとした手を掴まれる。

「もーエスコートならもっと優しくしてよー」

「心配しなくてもちゃんと神殿までエスコートしてやるからな?」

 あらやだ怒ってる。とりあえず笑っておいたら頭を叩かれた。ひどい。

「でもまだ話の途中だしー、せっかく久々に外出られたんだからいろいろ行きたいしー」

「先生、脱走してきたんじゃないのか……」

 じとっとした目の弟子と無理やり肩を組む。

「可愛い弟子が思いやりを分かってくれなくて悲しいわ」

「話は聞くっつってんだろ、けど先生が戻らねえと兄貴もみんなも困るし」

 こーいうとこ真面目なんだからこの子は。

「姉さん、シータさんやゼータに迷惑かけないでください」

「何よみんなして」

 タウにやんわり引き剥がされて頬を膨らませた。と、ゼータが吹き出す。

「拗ねた顔、そっくりだな」

 笑いながらの呟きに、あたしは弟を見た。なんだ、全然心配いらないんじゃない。



 帰りはのんびり歩いて戻った。宿に着いた頃にはすっかり夕焼け空で、部屋の窓からは街灯に火を入れているのが見えた。

「それで姉さん、話の続きというのは」

 埃まみれでいるのも何だと、宿の湯を借りたり着替えたりしてから。さっきと同じ男部屋で、今度は二台のベッドを椅子代わりに会話を始めた。

 自分の荷物を置いたベッドに腰掛けたタウの後ろで、上がり込んだゼータが壁に背をつけている。窓際で月を背負う形だ。対してあたしはタウの正面、座った体勢で隣のバッグを漁る。シータは傍の壁に寄りかかって立っていた。

「これよ」

 取り出したのは一冊のノート。中をめくったタウが字を辿る。

「これは姉さんと……」

「歴史学のおじいちゃん先生よ」

 神殿の書庫で古い文献をひっくり返してるときに出くわした白いおひげのおじいちゃんは、あたしたちみんなの先生だ。タウも覚えていたらしく頷いている。

「それが?」

 眠たくなる歴史学が嫌いだったゼータは渋い顔。その顔と、次いで弟の顔とを順に見てあたしは脚を組んだ。

「あたしが視たのは、あんたたちがふたりであの大輝石に向かう風景。ってことは、あんたたちには解決の鍵があるはずでしょ」

 何も無策で送り出そうというわけじゃない。調べはつけてきた。

「それがあたしの、――あんたたちの切り札よ」


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