番外編① 結婚式
十月某日……、挙式当日。
カーテンを開けると外は快晴。真っ青な空が広がっていた。とりあえず雨が降っていなくて安心だ。
朝食を作り終え一通り身支度を済ませた俺は茜を起こしにかかる。
「茜、起きろ」
「んぅ……」
寝ている茜の頬をつつくと、茜は眉間にしわを寄せる。こういう反応は二十五歳になった今でも昔と変わらないな。
強くつついても茜は起きる様子を見せない。仕方無いな。
「失った肌のハリとツヤ……」
そう
「起きてんじゃねえか」
「人が気にしていることを……」
「そんなことはいいから朝飯食べるぞ」
「そんなことって言った……」
さっきは茜を起こす手前ああ言ったが、別に俺は茜が老けようと老けなかろうとどっちでも良い。
どっちでも良いは言い過ぎだけれど、茜の外見が変わろうと大して気にしない。
かく言う俺も、最近白髪が増えていることを気にしているのだが。まだ二十六だから禿げないでくれよ……。
コーヒーメーカーの電源を入れてコーヒーを注ぐ。
茜の分はカップの半分ほどコーヒーを入れて、残りは牛乳を注いでレンジでチン。
俺の分はコーヒーオンリー。
茜の分もレンジで温め終わったので、マグカップを二つ持ってテーブルに置く。
「ほい」
「ありがと。なんか今日豪華だね?」
「そうか?」
今日の朝食はハムチーズポテトのパンケーキに目玉焼き、煮たリンゴだ。いつもはパンのみだったりすることもあるので、確かに豪華かもしれない。
ただ単にジャガイモとホットケーキミックスを消費したかったのと、ハムの消費期限が迫っていただけなんだけど。
「美味しい」
「おうよ」
何百、何千も聞いたその言葉。別に言うのがルールでも無いのに、茜はご飯を食べる度に言ってくれる。
何度聞いても飽きることが無いのは不思議だ。
てか、本当に美味いなこれ。これからは結構作っても良いかもしれない。
ホットケーキを食いたくなって、ホットケーキミックスを買うも、毎回余らせていることが多いし。メープルシロップだけで食うと飽きるんだよな。
「今日は午後二時スタートだよね?」
「そう。だから十一時前に着くように行けばいいだろ」
「午後からにしといて良かったー。昨日は終電ギリギリだったし」
「編集者は大変だよな。その分、給料も俺より高いけど……」
茜は入社三年目でもうバリバリ働いている。俺が六時過ぎに退勤するのに対して、茜は終電ギリギリに退勤することもしばしば。
そのせいか年収も俺より少し高い。こちとら院卒なんですがねえ……。
まあ茜の給料が同年代に比べてかなり高いってのが大きいんだろう。お陰で結婚資金は本当に助かった。旦那としては肩身が狭い。
「私が働けてるのもりっくんのお陰だからね。いつも本当にありがとう」
「そこまではっきり言われるとなんか照れ臭いな。こちらこそありがとう」
なんでお礼言い合ってるんだか。悪い気は全然しないし良いんだけど。むしろ気持ちが良くなってくるまである。
「んじゃあ、食ったら支度しろよ。あと一時間したら家出るから」
「りょーかい」
茜は煮リンゴを口いっぱいに頬張ると、食器を台所に下げて洗面所に向かっていった。煮リンゴが美味いのは分かるが食べ過ぎだろ。
リスっぽく口に食べ物を詰め込むのは昔と変わらず可愛らしい。
俺は服を着替えるぐらいなので、ゆっきりと食器を洗っていった。
* * * * *
難波 茜『準備できたよ』
式場に着いてから三時間弱。茜からメッセージが届いたので、茜のいる控え室へと向かうことにした。
茜は親友の
少し緊張しつつ扉を開けた。
そこにいたのは白に包まれた茜だった。
純白のドレスには
ヴェールの下に素顔を隠して、シルクの衣装に身を包んだ茜は今までのどの時よりも綺麗で。
それはどこか、付き合ってからの初めてのデートを思い起こさせる姿だった。
改めて、茜が俺のお嫁さんになったのだと実感させられる。
「どう?」
「似合ってる。綺麗だ」
本当はもっと言うべき事があるだろうに。ただただ綺麗としか言えなかった。
電撃が走ったみたいに舌が上手く回らず、茜の毒が全身を支配する。やっぱり茜の毒はいつまでも消えない。俺に打ち込まれた毒はきっとこれからも残り続けるのだろう。
「んじゃ、そろそろ行くか」
「だね」
* * * * *
「――新郎、律。あなたは新婦、茜が病めるときも健やかなるときも、愛をもって真心を尽くすことを誓いますか」
周りには親族、友だち、同僚が神父の言葉に耳を傾けていた。
ごくありふれた結婚式だと思う。けれど、俺にとっても茜にとっても、一生忘れられない瞬間になるだろう。
「はい、誓います」
「新婦、誓いますか」
「はい、誓います」
「それでは指輪の交換を――」
最初は単に手がかかる後輩だと思っていた。強引だけど、距離感が心地良くて可愛い子だと、ただそれだけだった。
茜と出会ってから六年。長いようであっという間だった。きっとこれからも時間が経つのは早いのだろう。茜と居るのは本当に楽しい。
きっとこんな風に、誰もが誰かと出会ってつながっていくんだろう。Gが切っ掛けで始まる恋ってのはなかなかいないだろうけど。
茜の左手の薬指へと指輪をはめる。そうして茜も同じように俺の左手の薬指へと指輪をつける。
「ここまで、あっという間だったね」
「だな」
「これからはどうなんだろうね」
「それは分からないけど、きっと楽しいだろうな」
そして……、茜の唇に自分の唇を軽く押し当てた。
生活力皆無の後輩女子を甘やかすことになった 村上 ユウ @kuropandaman
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