第12話 大学生といえば?

「あ」


「お」


 火曜の四限始まり。大教室に座っていると茜と目が合った。この講義、教養だから一年と二年が一緒に受けることもあるのだろう。


「律さんもこの授業取ってたんですね」


「まあな。楽単らくたんっていう噂だし」


落単らくたんしないで下さいよ?」


「なんでちょっとうまいこと言ったみたいな顔してんだ。そのネタ大学生の定番だからな」


「言ってみただけですよ。じゃあ、私は前に座っている友達のとこ行きますね」


「おう、またな」


 そう言って茜と別れる。楽単は単位取得が楽な授業のことで落単は単位を落とすこと。楽単を落単とはうまいこと思いついた人がいたもんだ。らくたんばっか言っているとゲシュタルト崩壊しそう。


「…………律、今の子って合コンにいた子だよな?」


「ん?ああ、そうだよ。愛ちゃん良く覚えてんな」


 隣に座っていた愛ちゃんに声をかけられる。そういえば、先週の合コンで愛ちゃんと茜は面識があることになるのか。微妙なラインだけども。


「…………可愛い子だったし、何より合コンの時退屈そうにしていたから覚えてる」


「ああ、そういえば。確かに」


「…………律はあの子と仲がいいのか?」


「うん、まあ。悪くはないと思う」


「…………どういう関係なんだ?」


「毎日ご飯を一緒に食べる関係?」


「…………付き合っていないのか?」


「いや全然。実は部屋が隣でさ。合コンのあった何日か前に色々あって話すようになったんだよ」


 愛ちゃんがここまでグイグイ聞いてくるって珍しいな。いつもはそこまで関心がないだろうに。


「…………なるほどな。けど、どうして一緒にご飯まで食べるようになったんだ?」


「うーん。なんだろうな。端的に言うと茜は家事が全く出来ないんだよ」


「…………それで世話を焼いていると?」


「世話焼くっていうか……。食費を出し合うことになってな。そんで茜に多く払って貰ってるんだわ。情けない話だけども」


「…………本当に付き合っていないのか?」


「うん。けど珍しいな。愛ちゃんがこんなに聞いてくるって」


「…………律は二週間前の金曜ぐらいまで抜け殻みたくなっていただろ」


「ああ……。あれな」


「…………それが、次の月曜日には急に、吹っ切れた顔しててな」


「うん」


 二週間前の金曜日。正しくは十一日前の金曜日。あの日俺は茜と出会ったんだな。


「…………あの子と出会ったからじゃないのか?」


「当たり。流石愛ちゃん。金土日でかなり色々あったんだわ」


「…………律は元カノと別れて、ご両親も離婚しちゃって落ち込んでたからな」


「うん。そうだったわ。今でも割と引きずっているけど」


「…………また元の律に戻って、俺は嬉しい」


「ありがとな、愛ちゃん」


「…………あの子、南正覚みなみしょうがくさんが律を変えてくれたんだな」


 そこまで言われると照れ臭くて仕方ない。やはり愛ちゃんは優しい。見た目は恐いかもしれないが、常に人に気にかけている。俺のことも心配してくれていたようだ。にしても、茜の名字って南正覚だったな。忘れかけていた。


「愛ちゃんはいないのか? 気になる子とか」


「…………俺はバレー一筋だから。付き合ってみたいとは思うけど」


「なるほどな」


 愛ちゃんはガチガチの体育会系バレーボール部に入っている。サークルでちょろっとやっている俺とは大きな違いだ。愛ちゃんの良さを分かってくれる人が現れればいいのに。


『えーはい、それでは講義を始めます』


 教授がマイクを通して話す。俺はその話を聞き流しながら、愛ちゃんと化学の実験レポートをやっていた。良い子はちゃんと話も聞こうね。


* * * *


『はい。ちょっと早いですが、講義を終わりにします。今日は受講している人が少ないようなので出席も取りましょうか。これは出席点として加点します』


 講義が終わると、教授がそんなことを言い始めた。周りは急にザワつき始める。口々に今日来て良かったー、などなど。まあ、これは嬉しいよな。出席票を出して大教室を出る。


「あれ、そういえば清隆きよたか夏希なつきは?」


「…………あいつらならサボったぞ」


 何やってんだあいつら。グッバイ清隆と夏希。にしても、良いぞ教授。俺この教授好きになったわ。内職はさせて頂きますけれども。なんて思ってたら、スマホが振動している。電話か? 画面を見ると清隆だった。何だあ?


『もしもし』


『お、律。講義終わったろ?合コン行こうぜ』


『行かねえよ』


『そこを何とか。愛ちゃんは行きたがらないだろうし』


『普通に嫌だわ』


「…………なあ、律。俺が電話変わってもいいか?」


「ん? いいけど」


 そう言って愛ちゃんにスマホを渡す。何か清隆に話したいことでもあるのだろうか。


『…………電話変わったぞ、清隆』


『おお、愛ちゃん』


『…………律は嫌がってるみたいだから俺が変わりに行ってもいいか?』


『おーまじか! 助かる! ありがとうな』


『…………律には大切な人がいるみたいだから今後はあんまり誘うなよ?』


『マジ!? 律に再び春が!?』


『…………時間とかはあとで送ってくれ、じゃあな』


『おう、ありがとな愛ちゃん』


 電話は終わったようで愛ちゃんが俺にスマホを返してくれる。いや、ありがたいんだけど……。ありがたいんだけどな。流石に大切な人って言われると恥ずかしい。


「…………ごめんな、律。うまい言葉が思いつかなかった」


「いやいやいや。ありがたいから! ありがとう、愛ちゃん」


「…………じゃあ、俺清隆の連絡来てから動くから。律は先に帰ってくれ」


「おう、ありがとな愛ちゃん。お疲れ」


 大学の門の前で愛ちゃんと別れる。大切な人ねえ。俺、実は茜にかなり助けられているんだよなあ……。俺は茜を助けているのだろうか……。なんて事を考えながら家に帰るのだった。


 茜が家に来たので俺たちはゲームをやっていた。もう少し遊んでいたいが、今は六時半すぎ。夕飯の買い出し行かねばならない。茜は今日何を食べたいのだろうか。聞くか。


「今日何食いたい?」


「肉食べたいです肉」


「何の肉?」


「うーん……。あ、豚です。生姜焼き食べたいです!」


「了解。じゃ、買いに行くか」


「はい、行きましょう」


 外に出るとまだ明るかった。ありがたいことに今日も晴れ。夕日がめっちゃ綺麗。傘を持って行かずに済むのは楽だ。そういえば、夏至っていつだっけな。


「夏至っていつでしたっけ?」


「俺も同じ事考えてた」


「そうですか。へえ、六月二十一日か二十二日みたいですよ」


 素早くスマホで調べた茜が教えてくれる。スマホは便利だよなあ。


「そういえば、茜ってゲーム持ってないの?」


「親が厳しかったもんで、やったことありませんでした」


「そうか。だからあんなに楽しそうなんだな」


「そんなに楽しそうに見えますか」


「見える見える。めっちゃ目輝かせてるし。飯食ってるときもだけど」


「あんま見ないで下さいよ……」


 茜を見ると、スマホに目を落としていた。顔が赤いように見えるが、恥ずかしいからか、夕日に照らされているからか。おそらく前者だろう。いじりたくなる気持ちもあるが、やったら最後三倍返しにして仕返しされることだろう。


 俺は下手なことが言えないので、なんとなく無言になり、茜も恥ずかしくなったのか無言。そして若干気まずい雰囲気のまま買い物を終え、家に帰ってきた。


「律さん」


「なんだ?」


 茜はキャベツを千切りにしていた俺に話しかけてくる。さっきまであまり喋らなかったが、何か話したいことでもあるのだろうか。


「あの、ゲームしてもいいですか?」


「なんだ、そんなことか。好きにやれよ。夕飯出来る少し前に呼ぶから」


「あと、律さんともゲームしたいです」


「飯食ったらな」


「一晩中付き合って貰ってもいいですか?」


「徹夜で?」


「はい」


「いいぞ。明日三限からだし。茜は大丈夫なのか?」


「一限が休講になりました」


 徹夜でゲームか。いいな。大学生っぽい。大学生定番イベント、徹夜でゲーム大会発生。



 





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