第11話 寄り道は定番

「茜が即決だったから時間が余ったな」


「ですね。今四時ですけどどうします?」


 家に帰るかぶらぶら歩くか、どうしよう。なんか面白いもんでもないかな。などと考えているとストーバックスコーヒーが目に着いた。ふむ……。フラペチーノか。しかもレモンヨーグルト味。何を隠そう俺は酸っぱい物が好き。だから基本的にフルーツ好きなんだよな。


「なあ、茜。ストバのフラペチーノさ……」


「あれ、美味しそうですよね……。実は私はメロン味が……」


 茜と俺はお互いに顔を見合わせて頷く。意見は一致した。そして、お互いに無言でストバまで歩き出す。早歩きというか競歩。


「レモンヨーグルトとメロンのフラペチーノ一つずつお願いします。サイズはどちらもショートで」


 茜より先に着いた俺は、店員にそう注文する。すると、後ろから茜がやって来た。若干息が上がっていて面白い。


「お金、私の分、出すので」


「いらん」


「まあそう言わずに」


「食費はほぼお前が出してるから、外食代は俺が出す」


「えーでも」


「これは決定事項だぞ。男は奢りたい生き物なんだよ」


「面倒くさい生き物ですね」


「そもそも外食することが少ないからいいだろ」


「分かりましたよ、それでお願いします」


 茜は渋々……といった様子で承諾する。そもそも材料費をほぼ出して貰っている状態だ。俺が茜の分を払ったところで、前よりはかなり安上がりに済んでいる。話しているうちに店員に呼ばれたので、受け取りに行く。


「ほい、茜のメロン」


「ありがとうございます」


 フラペチーノをストローで飲む。ウマー。曇ってはいるものの、普通に暑いので冷たい物が美味い。レモンヨーグルトに生クリームって、レアチーズ風味になるのな。


「律さん、そっち貰って良いですか」


「ほい。そっちも頂戴」


「どうぞ」


 茜の飲んでいたものを貰うと、やはりこちらも美味い。メロンも定番だよな。


「律さんも大概ですね」


「ん? 何が」


「美味しそうに飲むって事ですよ」


「ああ……。食べ物には敬意を払わんといけんからな」


「何ですかそれ? まあ分かりますけど」


 茜が可笑しいといった様子でクスクス笑う。誘い笑いとでも言えばいいのだろうか。俺まで釣られて笑ってしまう。 


「茜、俺レモンの方欲しい」


「いいですよ、私もそっち飲みたくなっちゃいました」


 そして再び交換する。こういうのって良いなあ、なんて考えたりして。飲み比べは信頼する相手で出ないと成立しない。俺の作った飯を食うぐらいだから、分かっていたことだけど、信頼されていることは素直に嬉しい。


「やっぱ夏はフラペチーノですね」


「カロリー凄いけどな」


「いいんですよ。美味しい物にカロリーは付きものです」


「それは認める。……夕飯は軽めにするか」


「私パスタ食べたいです」


「茜のお家の野菜どれぐらいあったけ?」


「あー……、あとキャベツぐらいでしたかねえ。後は律さんが調理してくれたので」


「キャベツとパスタか……」


 そういえば、茜がご飯にかけたいとかで買ったしらす結構余ってたよな。あと冬に買ったゆず胡椒が未だに残っていたような……。よし決まった。やったことはないけど多分うまいことなるだろう。


「決まりました?」


「俺ってそんなに分かりやすい?」


「はい」


「そうか……」


「素直なのは美徳ですよ?」


「あー言い換えね。素直って言われると普通に嬉しいわ」


「飲み終わりましたし、そろそろ行きましょうか」


「だな」


 俺が席を立とうとすると、茜がすでに俺のカップを持っていた。まあ、うん。俺が茜の荷物持っているていうのもあるけどさ。こうもサラッとやられるとなあ。茜さんイケメン過ぎませんかねえ。


「ありがと、茜」


「いえいえ」


 外に出ると雲の切れ間から少し太陽が覗いていた。雨降らなくて良かった。箱に入っているとはいえ、新品のパソコン濡らすのは気持ち的に嫌だろうし。


「ちょっと晴れましたね」


「そうだな、雨が降らんうちに帰るか」


「はい」


 茜が俺と同じ事を考えているのが妙に面白かった。別に天気の事なんて誰でも考えるんだから、シンクロすることもあるだろうに。


「帰ったらパソコンの設定もやってしまうか」


「いいんですか?」


「いいよ」


「じゃあお願いします」


「ほぼ初対面でゴキブリの駆除をやらされるよりは全然」


「……それは申し訳なく思ってますよ」


「四時間、部屋の掃除とかな」


「律さんはそこまで私に手を握ってほしいんですか?」


 茜はニコニコとした笑顔で問いかけてくる。怖いんだよなあその笑顔。俺も悪かったけどさ。俺が握ってと言えば、反撃出来るかもしれないが……。それでも、勝てる未来が見えない。


「ごめんなさい。言い過ぎた」


「へたれですね」


「じゃあなんだ? 茜は手を繋ぎたいのか?」


「繋ぎたくないと言えば嘘になりますね」


「あーもう、ホントお前は……」


 俺は思わず頭をかいてしまう。ダメだ。照れる。俺にそんなことを言ってくれる茜に対しても照れるが、茜の言動にまんざらでもないと感じている自分にも照れる。リセットしよう。気を取り直して地下鉄に乗る。


「律さんは照れ屋ですよねえ」


「仕方ないだろ。生まれ持っての性質だ」


「心は少年のままですか?」


「そうだよ、俺の心は綺麗なんだよ」


「体はよごされているのに?」


「そういう言い方は止めなさい」


 俺はペチンと茜の頭を軽くはたくと茜はあいたっ、と声を上げる。あの約束を交わした日からだろうか。茜は時々下しもに走る。遠慮をされていないという点では良いのかもしれないが、言われると反応に困る。十中八九、俺の反応を楽しんでいるのだろうが。


「すみません、つい」


「中年親父のセクハラの謝罪みたいだな」


「ええ、律さんが可愛くて口が勝手に」


「ったく……」


「私も全く恥ずかしくないわけでは無いですからね」


「じゃあやるなよ……」


「あ、着きましたね」


 茜は俺の言葉をスルーして、電車を降りる。俺もつられて降りて、前にいる茜へと追い付く。にしても、うまいことタイミングを躱されたなあ。まさか、駅に着くまでの時間を計算したわけじゃないよな……?これからも俺を揶揄う気満々ってことだろうか。


「まず、OSのアップロードして……」


「ふむふむ」


「次はセキュリティな。ウイルス対策ソフトはこれ入れとけ」


「分かりました」


「あとインターネット回線だな、俺の家のでテストしとくか」


「え、大丈夫ですか?」


「おう、折角だしスマホも繋いどけば?俺の家でスマホいじることもあるだろうし」


「あの……、もし私が悪用したらどうするんですか?」


「は?お前は絶対やらんだろ」


「まあ、やりませんけど……」


 家に帰った後、茜のノートパソコンを設定していた。使用用途はレポートの執筆とネットサーフィンぐらいなので、大した設定は必要ないだろう。


「律さんはもう少し警戒したほうがいいのでは……?」


「というと?」


「悪い女性に騙されたりとか……」


「お生憎様。もう騙されたし、それに……、お前のことは信用、いや……、信頼している」


「そうですか……。私も律さんのことは信頼していますよ」


「……飯作るわ」


「……分かりました」


 信頼。たった二文字のそれは、相手に面と向かって言うと妙に緊張する。そんな当たり前の事に二十年生きてやっと気付く。そういえば……、希美のぞみにはこの言葉を言ったこと無かったな……。


 希美にこの言葉を伝えていたら別れることは無かったのだろうか。いや、違う。俺も希美もお互いに言葉が足りなかった。足りなさすぎた。


 キャベツを刻みつつそんなことを考える。おっと、パスタのお湯を沸かし忘れていた。俺は慌てて水を張ったパスタ鍋を用意し火にかける。料理はいいな。思考をリセットさせてくれる。希美のことを考えても仕方が無い。アイツは過去の人間だ。


 キャベツを一口大に切ったら八割完成。あとは、お湯が沸いたらパスタを茹でる。塩は控えめに。途中でキャベツも放り込む。その間にしらすを炒めて、茹だったパスタとキャベツを入れたらゆず胡椒を投入。調理時間十五分。


「できたぞ」


「わわ、今日めっちゃ早いですね」


「パスタだからな」


「すぐ片付けます~」


「事前に声かけときゃ良かったな」


「悪いの私ですよ?」


「いやそうだけど」


「そこは否定して下さい」


 軽口を叩いている間に配膳が終わる。さあ食おう食おう。今日は酒はなしで。


「「いただきます」」


「今日はお酒飲まないんですか?」


「夕方重いの飲んだからなあ……。これで酒まで飲むとデブりそう……」


「中年への第一歩ですね」


「俺はまだピチピチの二十歳だ」


「ピチピチって死語じゃないんですか。最近聞きませんけど」


「えっ……?」


「やっぱり中年化が……」


「やめろ。止めて下さい」


 地味にショックなんだが今の。俺なんなの?お母さんって言われたりオジさんって言われたり。凹むわ。


「律さんは所帯じみていますからねえ。あと、今日のご飯も美味しいです。キャベツが甘くて、シラスの塩気と丁度良くて。ゆず胡椒の香りもいいですね」


「貶すか褒めるかどっちかにしてくれ……」


「あははっ、そうやって落ち込むところですよ」


「いや、そうはいうけど……。ってもう食ったのか?早いな。おかわりないぞ?」


「大丈夫ですよ。ごちそうさまでした。美味しかったです」


 綺麗に平らげられた皿を見て嬉しくなる。美味しい。ごちそうさま。たった一言で心は救われるもんだ。未だに希美のぞみを引きずっている俺の心もいつかは救われるのだろうか。俺は目尻を下げてこう返すのだった。


「お粗末様でした」





 







 

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