15.ひとまずお話聞かせてください

 ほどなくして、邸宅から1人の女性が出て来た。遠目からでも、彼女がクラッセンさんのお母様であるのはすぐに分かった。

 彼女と雰囲気が似ているのだ。瞳の色は彼女と違い金色だが、すらっとした体格や白金色の髪が彼女と同じだ。


 ただ、その目にはクラッセンのような輝きは無く、どこか疲れきっている印象だ。


 女将さんは彼女を見るなり抱き締め、声を上げて泣き始めてしまった。彼女は女将さんの腕の中で瞳を揺らす。


「フローラのことでお話したいことがあるの。今からうちのお店まで来てもらえるかしら?」

「え、ええ大丈夫です……メイド長にお話したので今日はもうお休みをいただきました」


 それから私たちは簡単に自己紹介をして、女将さんのお店に戻った。女将さんは息子さんにお店を任せたまま、住居になっている2階に案内してくださった。


 部屋はとても明るくて可愛らしい。水色のストライプと小花模様が組み合わさった壁紙が貼られている。丸いテーブルには家族4人分の椅子があったのだが、女将さんは奥の部屋からもう1つ椅子を出してきてくれた。


 女将さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、私はクラッセンさんのお母様に今回の訪問の経緯をお話した。もちろん、結びネクトーラの魔法使いの仕事のことは伏せている。


 私とブラントミュラー卿がとある貴族の依頼でブティックに行ったところクラッセンさんと出会い、親しくさせていただいていると説明した。


「フローラさんとお話していると、彼女はよく『私なんて』とご謙遜されるんです。フローラさんはとても素敵なお方なのにそう仰るのが悲しくて……なにかお心当たりはございませんか?」

「……」


 クラッセンさんのお母様は下を向いた。膝の上で手をぎゅっと握りしめている。私とブラントミュラー卿は顔を見合わせた。言葉にはしないが、何かありそうなのは彼も感じ取っているようだ。


 女将さんも心配そうに眉尻を下げて、クラッセンさんのお母様の肩を撫でた。


「クラッセンの奥さん、ここにいる子たちは良い子たちだよ。フローラのことを心配して来てくれたんだ」

「……しのせいなんです」

「え……?」

「私のせいです。私がフローラを苦しめてきたんです」


 クラッセンさんのお母様は目を閉じて、いちど深呼吸した。そして、クラッセンさんのお父様が亡くなった後のことを話し始めた。


 彼女は、もともと別の仕事に就いていた。彼女もまたブティックの針子だったのだ。しかし、ご主人が亡くなった後、クラッセンさんを育てていくためにもっとお給金が良い仕事を探した。


 なかなか条件に見合った仕事が無くて苦労していたのだが、やがて今の仕事を見つけたのだという。お給金も少し高くなるうえに住み込みで働けるため、そこにしたらしい。


 どうにか生活していけると胸を撫でおろしたがその安堵も束の間で、お屋敷で働き始めて3日と経たないうちに彼女は後悔したという。

 というのも、お屋敷の持ち主であるゲイラー伯爵はことに女性に目がないらしく、若いメイドや侍女を部屋に連れ込もうとするそうだ。

 しかもそこのご令嬢はフローラさんのことを快く思っていなかったため、屋敷内で彼女を見かけるとブスだののろまだの言って罵っていたらしい。


 ……意地悪なご令嬢のお決まりのシチュエーションだわ。


 とまあ、そのようなことがあったため、このまま屋敷に居させてはいけないとクラッセンさんのお母様は思ったのだ。

 適齢になってメイドにでもなってしまったら、彼女の身に危険が及ぶ、と。


 危機感を覚えたクラッセンさんのお母様は、他の使用人たちの目の前でクラッセンさんを叱りつけるようになった。

 彼女をお屋敷のメイドにさせないように、わざと他の使用人たちからの評判を下げて追い出そうとしていたのだという。


 あれもできない

 これもできない

 どうして当たり前のことができないのかしら

 あなたは器量も良くないのに


 心にもない言葉を投げかける日々だったそうだ。


 使用人たちの間では、クラッセンさんのお母様の意図を汲んでゲイラー伯爵から守るのに協力する者もいれば、憂さ晴らしで同調した者もいたそうだ。


 いずれにせよ、彼女はその言葉に苦しめられてきた。


 やがて、クラッセンさんのお母様は昔ご自分が働いていたブティックの支配人に一通の手紙を送り、娘を雇って欲しいとお願いした。

 そうして、クラッセンさんだけでも安全な場所で生活していけるように。


 クラッセンさんはお母様から針子のお仕事の依頼が来ていると聞いて、少し躊躇いを見せたものの引き受けたそうだ。


『私はできそこないだけど、それでも誰かの役に立ちたい。お母さんみたいに女の子をお姫様にできる針子になれるよう頑張ってくるね』


 そう言って彼女はお屋敷を出ていったのだという。


「……守るためなら傷つけても構わないと思っているんですか?」


 不意に聞こえてきた低い声に、私は思わず身を固くした。冷たく静かな声。聞こえてきた左隣を見ると、オスカーが机の上に置いた拳を握りしめている。


 その瞳は、怒りに揺れていた。いつもは穏やかな水色が、今は相手を凍てつかせるかのように冷気を帯びている。


「あなたしか味方がいないというのに?」

「ちょ、ちょっと! オスカー!」


 宥めると彼は口を閉じたが、その目はまだクラッセンさんのお母様を睨みつけている。睨まれた彼女はまた下を向いてしまった。


「……すみません」

「オスカー!」


 オスカーはクラッセンさんのお母様に謝罪すると部屋を飛び出して行ってしまった。私はブラントミュラー卿にクラッセンさんのお母様を任せて彼を追いかける。


 彼はお店のすぐ近くの路地裏の入り口近くに居た。腕を組んで壁に寄りかかっている。近づくと、バツの悪そうな顔をして横を向いてしまう。


「オスカー、どうしたの?」

「……ちょっと、嫌なことを思い出しただけだ」


 彼は目を合わせようとしなかった。


 正直、急に怒り出した彼を諫めようと思っていたのだが、いつも明るい彼が傷ついた表情をしているのが見るに堪えられえなかった。

 彼の過去についてはあまりよく知らない。しかし、会えばいつもは茶化してくるお気楽者のオスカーがこんなにも辛そうにしているのには、何かあるのかもしれない。


 その苦しみをすべて取り除く力はないが、少しでも和らげられたらと思う。


 私は彼の背中に腕を回した。彼の体がピクリと動いた。お母様やお師匠様にしてもらったことを思い出して、彼の背中をそっと撫でる。


「リ、リタ?」

「よしよし、オスカーくんの悲しい気持ちはお空の果てまで飛んでいけー!」

「な……なんだよ」

「私の故郷のおまじないよ。悲しいことがあったら空に飛ばしましょうっとこと」


 正確に言うと、結びネクトーラの魔法使いの子どもたちに大人が教えるおまじないだ。

 唱えると、空におわします大いなる力が悲しみを半分にしてくれると言い伝えられている。


「ちょ……ちょっと! オスカー?!」


 不意に、オスカーが抱きしめ返してきた。力を込められてちょっと苦しい。どどど、どうしよう。さすが庭師見習いをしているだけあって力が強く、体を動かすことが全くできない。

 困っていると、ブラントミュラー卿が出てきてオスカーの腕を私からベリっと剥がして助けてくれた。


「……全く、過ぎると黙っていないぞ?」


 ブラントミュラー卿は溜息交じりにそう呟くと、オスカーの背中をバンっと叩いた。

 ちょっとどころかとても痛そうだが、なんなら骨が折れてそうな勢いだったが、ブラントミュラー卿に喝を入れてもらったオスカーにいつもの元気が戻ってきたようだ。

 先ほどまでのしおらしさが嘘だった気のように、ブラントミュラー卿に憎まれ口をたたいている。


 オスカーが飛び出した後、ブラントミュラー卿がその場を収めてくれたようだ。私は女将さんにとクラッセンさんのお母様にお礼とお詫びを言ってパン屋を出る。


 クラッセンさんのお母様をゲイラー伯爵邸にお送りするときには、曇り空の隙間から陽の光が差し込んでいた。



 さて、このお次はどうしたものか。




***おしらせ***


毎日更新を心がけていたのですが途切れてしまいすみませんでした><

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