14.即席探偵団
空は厚い雲が覆っている朝。今にも雨が降りそうな天気だが、私はブラントミュラー卿と待ち合わせの場所で落ち合った。
今日は聞き込みをするため、ブラントミュラー卿には平民の服を着てもらった。
相変わらず平民の服を身に着けても貴族感が否めない。道行く露店の店主たちが「おいっ! そこの貴公子!」と冗談めかして彼を呼ぶ。
町娘たちなんて頬を染めてぼんやりと彼を見ているが、彼は自分が呼ばれていることにも見つめられていることにも気づきやしない。
ダンナ、このお方は本当にお貴族様なのですよ。しかも王太子殿下の護衛騎士。囃し立てるのは不敬に当たるのでもう止めてください。
ブラントミュラー卿は陽気な屋台商人たちの些細な呼びかけの言葉なんてお許しくださるしむしろ気に留めていないようだが私の胃と胸が痛む。
あんなお城見たいな邸宅に住んでいてたくさんの使用人たちから旦那様と呼ばれているところを目にしてしまったんだもの。この状況を彼らが見たらどう思うのだろうか……。
私たちが足を進めたのは王都東部の平民街。クラッセンさんの生まれた地域だ。
大通りを通って向かっている途中、オスカーと出会った。
彼を見た時、隣のブラントミュラー卿から呻き声が聞こえてきたのだが、顔を上げて見るといつも通りの表情だ。微かに眉間に皺が寄せられているかもしれない。最近はようやく彼の心の変化に気づけるようになった。少しだけだけど。
ちょっと動揺している?
「リタにルートヴィヒ? 珍しい組み合わせだな」
「オスカー、ブラントミュラー卿と知り合いだったのね」
どうやらオスカーとブラントミュラー卿はともに王宮勤めのため顔見知りらしい。
オスカーには
すると、オスカーの水色の瞳がすっと細くなる。彼は凛々しい眉毛を片方だけ持ち上げて、なにやら企み顔をして私の顔を覗き込む。
「探偵っぽくて楽しそうだし俺もついて行こうかな」
「まぁ~たそうやって仕事をサボるのね?」
「き、今日は休みなんだよ」
彼は私とブラントミュラー卿の間に入り、背中を押して歩くよう促す。彼は行き先を知らないはずなのに、どこに向かおうとしているのだろうか。
しかし、今からするのは
「全く、なにをお考えなのやら……」
ブラントミュラー卿が独り言ちた。生真面目なブラントミュラー卿とお気楽なオスカー。2人を足して2で割ったらちょうどかもしれないなんて考えてしまった。
こんなにも性格が真逆なのに、よく彼らは交流が持てたものだ。同じ王宮勤めとはいえ、仕事内容も全く違うのに。
気を取り直して、私たちは王都東側にある平民街に辿り着いた。
所狭しと集合住宅が並んでいる。もう少し郊外に行くと小さな家を持つ家庭もあるが、王都で働いている平民の大半はこのような集合住宅の一室を借りて家族で住んでいる。
事前調査で聞き込みをしたところ、クラッセンさんは物心つく前にこの辺りでご家族と一緒に生活されていた。
彼女が昔棲んでいた家の目印はオレンジ色の屋根のパン屋と聞いていた。近くにあるお店なら、それなりに交流があったかもしれない。
私たちはまず、オレンジ色の屋根のパン屋を見つけ出し、お店の中に入る。ふくよかで元気の良い女将さんが居た。彼女にクラッセンさんのことを尋ねてみる。
最初、彼女は胡乱な目で私たちを見ていた。そこで、私はイチかバチかで本当の目的を彼女に話してみた。私たちはクラッセンさんの知り合いで、彼女がことあるごとに「私なんて」と言っていることが気がかりで力になりたいと。
そう伝えると、女将さんは両手で口元を覆った。
「あたしも、フローラがそう言っているのが心配だったの……」
女将さんは目にいっぱい涙を浮かべる。ブラントミュラー卿がハンカチを差し出すと、彼女はそれで押さえながら話し始めた。
ハンカチは瞬く間にぐっしょりと濡れて使い物にならなくなってしまった。
女将さんはずっと、クラッセンさんとそのお母様のことを心配していたのだという。
クラッセンさんはよく笑う子どもだったが、お父様がお亡くなりになってからいつも寂しそうにしていたため気になっていたのだとか。
「フローラはね、お父さんが亡くなられたあとに、お母さんとお貴族様の邸宅で住み込みで働くことになったのよ。この隣にある家を引っ越してからもしばらくは姿を見かけていたんだけど、ある日ぱったりと見なくなってね。お客さんに訊いてみてもあの子たちを見かけた人が全くいなくて不安でならなかったわ」
お母様と引っ越された後に何度か見かけたときはすっかりとやせ細ってしまい、見るに堪えなくていつも呼び止めては食事をさせていたのだとか。
女将さんはクラッセンさんから聞いた貴族家の名前を教えてくれた。その名前を聞いたとたん、ブラントミュラー卿の表情がわずかに曇る。あまり良い噂を聞かない貴族家らしい。
私たちはそこに行ってクラッセンさんのお母様に会うことにした。
使用人たちに話を聞いてみてみようにも、入れ替わりが激しいから彼女を知らない人もいるかもしれないらしい。それならお母様と直接お話した方が良さそうだ。
すると、女将さんもついて来てくださることになった。私たちだと警戒されるかもしれないということで探偵仲間に名乗り出てくれたのだ。
噂の貴族宅というのは王都の西南部にあり、豪華絢爛な邸宅が並ぶ。その中でもひときわ目を引く金色の門がある邸宅の前で私たちは立ち止まった。
なんとも富が大好きそうな門構えである。門の両端には金でできた、ほとんど服がはだけている女神の像が両脇に立っている。
今までに滞在した国でもこのような「お金大好き!」を全面的に主張なさる邸宅は目にしてきましたが、近づくのは今回が初めてだ。意を決して門番に話しかけようとすると、女将さんが手で制した。
「ここはあたしの出番よ。王都の百合の姫と謳われた女優魂を見せてあげるわ」
「お、女将さん女優だったのですか?!」
「いいえ、オンナは生涯現役で女優ってもんよ」
生涯現役……なんと素晴らしいプロフェッショナル魂。
感銘のあまり女将さんに見入ってしまう。女将さんは門番の元へ行くと、クラッセン様のお母様に取り次いでほしいと告げた。娘のフローラさんのことで至急お話をしたいと。
門番は怪訝そうな顔で女将さんと私たちを見比べる。たしかにこの面子だと繋がりが見えなくて怪しさ満載だろう。どうしたものかと思索を巡らせていると、女将さんがぽろりと涙を一筋溢してその場で崩れた。
オスカーが駆けつけて彼女の身体を支える。その動きがなんとも洗練されている。彼、本当に庭師見習いなのだろうか?
貴族の令息が夜会で体調を崩した貴婦人を助けているように見える。
「ああ、なんてことでしょう。一刻も早くあの子のことを伝えたいのに……!」
「女将さん、お気を確かにしてください。ここのお方だってクラッセンさんたち親子を引き裂くようなことはされないはずです!」
「でも、こうしている間にもフローラは……っ!」
そう言って女将さんは俯くと嗚咽を漏らして泣き始めた。
オスカーと女将さんの即席舞台。私とブラントミュラー卿は状況を呑み込めておらず、ただただ見守っている。
……オスカーと女将さん、いつの間に演技の打ち合わせを?
門番さんは彼らの勢いに押されてしまい、慌てて傍を通りかかったメイドを大声で呼びつけた。
「あのできそこないのフローラにお友だちがいらっしゃったとはねぇ」
門番はそう呟きながらメイドにクラッセン様のお母様を呼ぶように言った。
クラッセン様のお母様を連れてくるよう手配してくださったことには感謝するが、いかんせん聞き捨てならないことを口にされたので私は唇を真横に結んだ。
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