29.探り入れとターンはほどほどに

 ナタリーさんとエーミールさんに挟まれて、私はとある人にプロポーズされたことを白状することとなった。

 もちろん、名前は伏せた。


 その上、ナタリーさんの巧みな誘導尋問により侮蔑した顔も素敵と言われたことなどもろもろも洗いざらいお話して相談することとなってしまう。


 実を言うと、ずっと気がかりだったのだ。


 もしかして殿下の恨みを買ってしまい、そう言われてしまったのかと。仮に私の言動が彼の不興を買ってしまったとしても、彼に限ってそのようなことをされることはないと思うのだが……悪いように考えてしまう。


 彼の瞳の奥に見えた影も相まってなおさらそんな気がしてしまうのだ。


「だだだ……誰なんだいそのとんでもない変態は?! あの薔薇の子かい?!」

「いえ、オスカーではないです」


 エーミールさんは真っ青になっている。


 変態。


 殿下がそのように言われてしまう日が来るとは思いもよらなかった。

 この国の王太子殿下が仰いましただなんて口が裂けても言えないが、そのように言われてしまえばなおさら言えない。


 殿下に限ってそのようなことはない。


「そういう愛情表現もあるってことよ」

「ナタリー! リタにそんなことを教えちゃダメだ!」

「いいじゃない? 愛の形はいろいろあるのよ?」


 愛情表現??

 ますますわからなくなってきた。


 ナタリーさんが宥めるが、エーミールさんは頑として、その変態に会わないようにと注意してくる。

 そうは言われても殿下は私のお客様。会わないわけにはいかない。


 ひとまずは、私はお客様殿下から嫌われてしまったわけではないらしい。

 信頼が一番のこの仕事で嫌われてしまっては大変だ。とりあえず安心した。


 しかし変態とは……エーミールさんは過保護なところがあるからそう考えてしまっているのかもしれない。

 殿下と歳の近いオスカーにも男性としての意見をちょっと聞いてみよう。王宮の薔薇園に行ったら会えるだろうし。



 ◇



「す、すこし休んでもいいですか?」


 フローラさんが立ち止まる。肩で息をしているので、しばらく休憩することにした。傍で私たちのダンスを見守っていたヴァルター公爵夫人がメイドに言ってお水を用意してくださった。


 今日はヴァルター公爵邸にお邪魔してダンスレッスンだ。故クラウディア王妃殿下が練習していた部屋があるということで、公爵夫人が提案してくださった。


ブラントミュラー卿にも協力してもらっている。


「では、休みがてら私とブラントミュラー卿の動きを見ていただけますか?」

「わかりました!」


 フローラさんは呑み込みが速い。


 1曲だけでも踊れたらいいかなと思っていたところ、もう4曲目のダンスまで取り掛かっているのだ。

 休憩が終わったらブラントミュラー卿と一緒に踊ってもらうことにしよう。その前に私の動きを見てもらったら、参考になるかな?


 ブラントミュラー卿はやはり社交のため数えるくらいしか躍ったことがないと言っていたが、これまでもフローラさんの練習では相手になってくれた。


 彼と向かい合ったその時、急に扉が開いてヴァルター家の使用人とオスカーが入ってきた。オスカーの手には、また薔薇の花が握られている。


 公爵夫人が「あらまぁ」と妙に抜けた声を上げた。 

 もしかして、彼が来るのを忘れられていたのかな?


 すると、目の前のブラントミュラー卿から呻き声が聞こえてきた。顔を上げて見てみるがいつも通りの表情だ。微かに眉間に皺が寄せられているかもしれないが。

 

 動揺されていらっしゃる。

 どうしよう、確かにこれは緊急事態だ。


 結びネクトーラの魔法使いの仕事であることは彼に言えない。そうなると説明が難しい。ここはどう切り抜けようか……。

 悩んでいると、公爵夫人がオスカーにこの状況を説明してくれた。


 今度開くパーティーでサプライズをしたくてその辺にいた知り合いを捕まえてきたのだと。

 ちょっと無理な設定だと思うのだが……。


 なんせ、ここにいる3人は仕事はバラバラだし身分も違う。


 それなのにオスカーは「左様でしたか」なんて言っている。深く考えていないようだ。今日ばかりはこの友人が適当な性格で良かったと思ってしまう。


「じゃあ俺たちの動きを見てもらいながら踊ってもらおうぜ。ルートヴィヒの方がダンスに慣れているから練習相手にはちょうどだろ?」


 そう言って手を差しだされる。

 全く乗り気ではないのだけれど、手を取らずにいると掴まれてそのまま引っ張られてしまった。


 彼のことだ、めちゃくちゃなステップを踏んで茶化してくるのだろう。そんな予想ができてしまうのだが、意外にも彼は踊れているのだ。

 オスカーのステップは完璧だ。全く足がもつれない。しかもリードも手慣れている。

 彼、本当に庭師見習いなのか疑わしくなってきた。


「……なんで踊れるのよ?」

「夜会があるたびに見えるから覚えたんだよ」


 見ただけでこんなに踊れるものなのだろうか?

 だとしたら類まれなる才能である。

 この友人は羨ましくなるくらいに器用だ。


 やがて休憩をしていたフローラさんもブラントミュラー卿の手を取って私たちの動きに合わせ始めた。

 まだダンスで見つめ合うのに慣れないのか、少し恥ずかしそうにしている。


 そういう時は相手の目の間を見るようにしたら大丈夫だと、後でアドバイスしておこう。


 私はオスカーの動きに合わせてターンする。


 どこか上機嫌なオスカー。彼はたいてい機嫌が良いのだが、今はサボリの口実ができて喜んでいるのかもしれない。


 せっかくのことだし、例の件について今のうちに訊いてみようかな。


「ねえ、侮蔑している顔が素敵、ってどういう時に人に言うの?」

「急にどうしたんだよ?」

「えっと……友だちが異性にそう言われたのよ!」

「へぇ~?」


 自分が言われただなんて言えない。よもや、彼が仕えている殿下から言われただなんて。

 オスカーは私の顔をじっと見つめる。彼にしては珍しく、答えを考えあぐねているようだ。お気楽者のオスカーの癖に。


「どんなあなたでも好き、ってことなんじゃねぇか?」

「それならそうと言ったらいいんじゃないの?」

「お子ちゃまのリタにはわからないだろな」

「答えになってないわよ!」


 なんなんだ、それは。

 ロマンスの欠片もないオスカーの癖に。私のことは大人の恋もわからない子どもと片付けてくるとは心外だ。


 釈然とはしないが、ひとまずもう1つの疑問をぶつけてみる。


「じゃあ、取り乱している顔が見たくなるってどういう時?」

「自分のことで頭をいっぱいにさせたいんじゃないか?」

「どういうこと?!」

「ま、お子ちゃまのリタにはわからないだろな!」


 またもや馬鹿にしてくるような言い方だ。

 結局は適当なオスカーである。

 全く答えになっていない。


 まあ、彼が適当に返してくるということは深刻な事ではないようだ。彼だっていつも適当というわけではないのはわかっている。

 

 どうやら恨み云々で言われたことではないようだ。


 実はブラントミュラー卿にもそれとなく聞いてみたのだが、彼はいつもの表情で「お気になさらないでください」と言ったのでたぶん、深い意味ではなかったのかもしれない。


 きっと殿下は政務でお疲れになって口走ってしまったのでしょう。

 そのはず。


「で、そのお友だちは何て言っていたんだ?」

「何か恨みを買うようなことしてしまったのか悩んでいたわ」

「へぇ~」


 生返事が聞こえてきたかと思うと、いきなり目線が高くなった。オスカーが腰を掴んで持ち上げてきたのだ。


 窘めても彼は聞かない。

 さっきまで彼に相談事をしていたというのにふざけ始めるとは、本当に奔放なんだから。


 そのままオスカーがぐるぐる回る。ヴァルター公爵夫人が頬を赤くして「まぁまぁ」なんて仰っているのだが、私としてはオスカーを諫めて止めて欲しかったものである。


 私はしばらく目が回って歩けなかった。オスカーはというと、なんと無事なのだ。全くふらついていない。それどころか、足元が覚束ない私を見て笑っている。



 おのれ、覚えてなさい。

 


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