第45話  裏を取る(★)

 旅路は順調だった。

 ギルバートの護衛に選ばれたのは、ダヴィデ率いる騎馬隊の第二分隊で、これまでにも幾度となく行軍を共にしているため、気心の知れた彼らとの旅はとても快適だ。


「殿下、明日にはベイクウィッド領の中央の街、プルーペルに入ります」


 先を急ぐため、道中は宿を取らず天幕を張って休みを取っていたが、城を出て三日目の夜、ギルバートたちは夕食後に地図を開き、今後の旅程を確認していた。

 

「オクトール辺境伯が商人に聞いたという古い邸は、確かこの…」

「ええ、このベイクウィッドの郊外、オクトールとの領境にほど近いムットの外れ…この辺りでしょうか?」


 カンテラの頼りない明りの下、ギルバートは地図上をグイードの言葉通りに指先で辿り、バルティスの言葉を思い出しながら予測した場所をトントンと叩いた。


「本来なら奇襲をかけたいところだが、ヤツが人身売買を行っている確たる証拠がない今、捕らえたところで罪には問えないしな」

「はい。とりあえず明日の午後にはムットに到着しますから、宿を申し込むふりで邸を訪ねましょう。さすがに王太子の頼みを断ることはしないでしょうし、邸内に入れれば何かしらの情報が得られるかもしれません」


 フィンも一緒にいると推測する、ジョルジュが滞在しているだろう邸にどう入り込むかを話し合っていると、些か言い難そうにダヴィデが割って入った。


「殿下、そのことなのですが、実は先ほどベイクウィッド子爵の遣いの者が参りまして、明日、是非とも昼餐に招待したいとのことですが…いかがいたしましょう?」

「昼餐? ベイクウィッド子爵には連絡していないのか?」

「いえ、そんなはずは…。王都からオクトールまでの道程で通過する各領には、前もってその旨を連絡し、急ぎ故派手な歓迎セレモニーや持て成しの宴などは一切受けないと通達いたしました」


 行く先々には先触れを向かわせ、パーティーなどには一切参加しないと告げてあるはずだ。なぜなら一つでも招待に応えれば、他の招待にも平等に応えなければならなくなる。

 目的地へ少しでも早く到着するため、ギルバートはどんなに非常識だと咎められても、野営での行軍を決行したのだ。


王族こちらの言い分を無視しての招待か。良い度胸だな」

「調べたところ、現ベイクウィッド子爵の長女は、エロジ…トランティオの愛妾として召し上げられたそうですから、公爵と縁ができたと気が大きくなっているのでしょう」


 「小物ならではって感じですね」と、穏やかな笑顔で皮肉を言ったグイードに、ギルバートとダヴィデはちょっとだけ引いた。


「と、とにかくその申し出には否と答えよ」


 考えるまでもなく断るように命じたが、それをダヴィデが止めた。


「少々お待ちを。このまま子爵の誘いを断れば、何かを察知して、ジョルジュ・ケーマスへ報せを送るやもしれません。邸を貸すような関係なら、何かを知っている可能性もありますし、招待を受けてみるのもではないかと」

「うまく鎌をかけて、口を滑らせろと?」

「ギルバート殿下の腕の見せ所ですよ」


 涼しい顔でプレッシャーをかけてくるグイードを睨みつけ、ギルバートは先を急ぎたい気持ちを抑え、提案に乗って昼餐の招待を受けることにした。



 *



「ベイクウィッド子爵。本日はわざわざ私たち・・のために、食事の席をご用意いただきありがとうございます」

「いやあ、これはこれはギルバート殿下! 勿体ないお言葉です! こちらこそ、この度は突然の招待にも拘らず、招待をお受けくださって、誠にありがとうございます!」


 子爵邸に到着したのは、約束した時間の四半時前で、邸の外まで自ら迎えに出ていたベイクウィッド子爵は、見るからに上機嫌だった。

 頭部の寂しさを補うためなのか、やけに立派な口ひげを生やし、段々畑のような腹をセンスを疑う派手なデザインの服で包み込んだ、高慢そうな印象の中年男だ。

 国王の名代という立場のギルバートに対して、礼儀もそこそこにやたらと馴れ馴れしく話し掛け、強引に邸の中へと案内する。


「殿下の遣いが歓待は受けないとの報せを持ってまいりましたが、いやいや、王族の方が我が領地を訪れるというのに、挨拶ひとつしないなどという無礼はできませんからな。まあ些か準備が追いつきませんで、ご満足いただけるかはわかりませんが、我が家の精一杯の心尽くしを味わっていただけたら幸いでございます」


 仮面のようなよそ行きの笑顔を張り付けたギルバートに、一人話し続けるベイクウィッド。周囲で様子を見守る家人たちの方がよほど常識を弁えているようで、ハラハラと気を揉んでいるのが伝わってくる。

 ちなみに嫌がらせを込めて部隊の半数を護衛として伴ってきたため、その者たちは家人たちが大急ぎで用意した別の広間でそこそこ・・・・の持成しを受けているはずだ。

 ギルバートが食堂に案内され勧められた席に着くと、あまり時間がないと伝えてあっただけあり、すぐに食事は始められた。

 グラスに注がれたのは甘い香りがする果実酒。ポムルの香りが初めて会った時のフィンを思い出させた。


「ギルバート殿下が我が家においでくださった幸福に、乾杯!」


 賓客であるギルバートを置いてきぼりに、気持ちが高揚しているベイクウィッドは声高に乾杯の音頭をとり、一気にグラスを呷り飲み干す。見かけによらず酒に弱いのか、見る見るうちに彼の顔は真っ赤に染まった。


「ああ! 今日の酒は格別に美味い! さあ殿下も遠慮せずどんどんやってください」


 傍に控える執事の窘めるような視線も気にせず、ベイクウィッドは給仕にお代わりを注がせると、再び一気に空けた。

 料理はオードブルから始まり、スープ、魚料理と進む。舌の肥えたギルバートにはまあまあといった感じだが、子爵家で出される料理にしては、それなりのものであることはわかる。

 やがて肉料理が運ばれ、それに合わせたワインが注がれる。ベイクウィッドは既にかなり酒が回っており、延々と中身のない話を喋り続けている。そのほとんどが自分がいかに優秀な領主であるかという自賛と自慢話であった。


「そうそう、とうとうライハルト殿下にも婚約者ですか。だがそれがオクトールの娘とは予想外でしたな。彼の令嬢はまだ赤子だったと記憶しておりますが…」

「それが? 王族や貴族の婚姻にはあまり年齢は関係ない様に思いますが」

「ま、まあそうですな。そうそう、殿下はご存じでしょうか。我が家の長女マルティナは、トランティオ公爵のお目に留まりましてね、今は立派にお役目を果たしていることでしょう」

「お役目?」


 意味を理解できなかったと見せかけて訊き返せば、彼は残念そうに顔を顰め、力無く首を横に振った。


「ええ。私はしがない子爵ですからな、身分差からマルティナは正式な妻にはなれず、愛妾として公爵の元へ行ったのです」


 苦悩するポーズで額を抑えた指の間から、こちらの表情を窺っているのがわかる。

 自身の力不足を悔いているように聞こえるが、マルティナが養女であることは既に調査済みのため、ギルバートの耳には白々しく聞こえた。

 しかしせっかく彼が話の切っ掛けを作ってくれたのだからと、ギルバートは少々揺さぶりをかけてみることにした。


「確かトランティオ公爵には現在九人目の奥方がおられ…」

「いやいや、それがつい先日離縁されたそうです。~~~くっ、あと少し早ければ、マルティナが十人目の妻になれたかもしれないのに、惜しいことをしたものです」


 そう呟いて握り締めていたグラスを一気に呷り、男の顔は更に赤くなった。

 トロンと淀んだ目つきでギルバートを見ると、ベイクウィッドはニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべ、突拍子もないことを言い出した。


「殿下。我が家にはもう一人娘がいるのですが、その子はマルティナとは比べものにならないほど、美しく愛らしい完璧な淑女でして」

「姉妹なのにそれほどに違いが?」

「いえいえ、実はマルティナは養女でしてねぇ。どうしてあんな娘しか用意できなかった・・・・・・・・のか…。本当ケーマスにはガッカリです」

「ケーマス?」

「旦那さま!」


 さすがに執事が慌てて止めたが、酔いで歯止めが利かなくなったベイクウィッドはそれを一睨みして黙らせた。


「ええ。ケーマス、ジョルジュ・ケーマス。彼はいい男です。トランティオ公爵家から娘を愛妾にしてやると通知がきた時、いい案があると言って養女の話を私に教えてくれたのですよ。他家もそうしてるから大丈夫だと、若い女なら誰でもいい公爵には実子でないことなどバレはしないと。しかもたかだか子爵位の我が家が、公爵家と繫がりを持てるのだから、これ以上の方法はないと言ったのです」


 そしてその通りにしたところ、確かにトランティオはすんなりマルティナを妾にし、特に文句なども言ってこなかったという。


「その代わり、ケーマスには斡旋料と手数料だと言って結構な額を払わされましたし、時々協力することを約束させられ、ましたけど…ね」

「協力とは?」

「まあ、簡単なことでふ…。教会や孤児院への慰問に、彼を連れてったり、別荘を、貸ひてやったり…?」


 話しているうちに酔いがかなり回ったのか、だんだんと呂律が怪しくなってきた。ふら~ふら~と頭が揺れ始めたと思った直後、ガシャーンと豪快な破壊音を立ててベイクウィッドはテーブルに突っ伏した。


「だ、旦那様! ギルバート殿下、主が大変なご迷惑をおかけしまして、申し訳ございません!」


 真っ青な顔いろの執事をはじめとした使用人たちが、皆一斉にギルバートに向かい頭を下げる。


「よい、顔をあげよ。気分が悪いので私は中座させてもらうが、通達を無視した件と無様な姿を晒して私を不快にさせた件については、後日、子爵本人へ何らかの罰を与えるから覚悟しておけと伝えてくれ」

「…必ず、お伝えいたします」


 恐縮する家人に見送られてベイクウィッド邸を後にしたギルバートは、去り際に執事に確認した郊外の別荘である邸へと、急ぎ向かうのであった。





 

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