第20話  対等の証

「どういうことだい? ジョージとかいう奴が、フィンを養女に望んでいるんだろう?」


 ジューンが眉間のシワを深くして訊き返すが、ギルたちはウッと言葉に詰まりうろうろと目を泳がせた。ジューンの腕の中からフィンもそんな二人を不安げに窺っていると、ギルとイドは視線を交わし、観念したように漸く重い口を開いた。


「えーと…あのだな、我々貴族の間では、トランティオ公爵はかなり有名なんだ。とある理由で」

「だからその理由とやらをお話よ」


 些か苛立ち始めたジューンが先を促すと、引き継ぐようにイドが話し出す。


「トランティオ公爵は現在御年七十五とかなり高齢なのですが、数か月前に離縁された奥様は二十三歳と若く、その差五十の開きがございました」

「貴族の世界はよくわからないが、政略結婚ならアリなんだろう?」

「そうですね。ここまで年齢差があるのは珍しいですが、ないこともありません。ですが、その前の奥方は二十五歳で離縁、そのまた前の奥方は二十二で離縁だと言ったらどうですか?」

「は?」


 ジューンの顔が毛虫でも見たかのように嫌悪に歪んだ。


「これまでに公爵が正式に結婚した回数は九回。妾は数えきれないほど入れ替わりましたが、そのほとんどが十代半ばから二十代前半です」

「な…」


 嫌悪から怒りの形相に変わるジューンに臆することなく、イドは話を続ける。


「下級貴族の中には娘を妾に要求され、涙を呑んで要求に従った…いえ、従わざるを得なかったという者もいるそうです。―――なので少々悪知恵の働く者は公爵の悪癖を利用し、仲介して金を稼ぐ者もおりますし、年頃の娘を持つ親は、自分の娘を差し出さずに済むようどこからか少女を養女として引き取り、公爵家から打診が来ると、その養女を嫁がせるのです」

「あれでトランティオは貴族界では影響力があるからな。実の娘を差し出さずに済む上、公爵家と縁が結べるとなれば、誰もがその方法を選ぶだろう」


 簡単に言えば、替え玉のための養女だと告げられ、フィンの顔は青褪めた。


「…わたし、そのお爺さんのお嫁さんになるの?」


 絶望に震えるか細い声で訊ねると、ギルは気の毒そうな目でフィンを見た。


「いや、正式な妻として輿入れさせるなら、庶民から養女を探していると言っても庄屋や商店の娘を選ぶだろう。孤児院から引き取るとなると、それほど教育に金や時間を掛けなくてもいい”妾”が妥当だと思う」

「妾なんて冗談じゃないよ‼」


 フィンは『メカケ』の意味が解らなかったが、激昂したジューンの様子で良くないことだと悟った。

 鬼の形相で憤るジューンに、ギルは神妙に頷いた。


「わかっている。俺たちだって命の恩人でもあるフィンをそう易々と腐った輩に渡すつもりはないさ」

「…なんか策はあるのかい?」

「いや。だが今ギルドを通じて、いろいろと情報を集めさせている。そもそもそんな質の悪い奴らと孤児院…特にアマンダとかいうシスターがどんな繫がりなのか、領主とジョージがどんな関係なのかもわからないと動きようがないだろう?」


 大人の話は難しくて、フィンには半分くらいしか理解できなかったが、どうやらギルたちがいろいろと調べ、フィンがジョージの元…否、見知らぬ貴族の家に養女に行かずに済むよう尽力してくれることはわかった。だから、


「だからフィン。そう泣いてばかりいるな」


 絶対に何とかしてやるからと、剣ダコだらけのゴツゴツした大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられたフィンは、シャツをたくし上げて目元を拭うと、キッと睨むようにギルを見上げた。


「うん! わたしももう泣かない! アマンダさんにも負けない!」

「よし、その意気だ」


 ぎゅっと握った拳でパンチを繰り出すと、彼はにやりと笑って、同じように拳をぶつけてきた。



 *



 散々泣いて話を聞いてもらったフィンは、その後いつも通りしっかりとジューンの手伝いをし、いつもと同じ時間に薬屋を後にした。

 帰りがけ、ジューンがギュッとフィンを抱きしめ、どうしても耐えられなくなったらここに逃げておいでと言ってくれた。青年二人は孤児院まで送ると言いだし、恐縮したフィンが慌てて断ったが、ジューンの送ってもらえとの後押しで、結局送ってもらうことになってしまった。


「ありがとうジューンさん」

「いいんだよ。それより、気を付けてお帰り」


 手を振ってジューンと別れ、三人は歩き出す。


「ギルさんとイドさんもありがとう」


 両側に畑が続く田舎道、山吹色に染まる景色の中、みんなに勇気をもらったフィンが笑顔でふたりにお礼を言うと、ギルにまたわしわしと乱暴に頭を撫でられた。


「悪いことにならねぇように俺たちも頑張って調べるから、お前も負けずに頑張れよ」


 乱れた髪を手櫛で整えながら見上げると、橙色の顔のギルがにかっと笑った。


「うん!」

「それとな、俺のことはギルでいい」

「私もイドでお願いします」


 照れ臭いのかギルは頬をポリポリと掻き、イドはそんなギルを楽しそうに横目で見ていた。


「ギル…さん? イド…さん?」


 いいと言われても年上だから呼び捨てにするのは抵抗がある。つい小声で”さん”付けしたら、ギルは子供のように口を尖らせ、「ギ ル だ!」と言ってフィンを睨んだ。


「お前はハティをやっつけるくらい勇敢だ。俺は相手を対等と認めたら愛称で呼び合うのは当然だと思っている」

「ギルの持論ですけどね」





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