第11話  羨ましい

 魔法。それは世界を創造した神が、生きるために人に齎した力の一つだ。


 その昔、まだ神々が住まう天上の世界しかない時代、大いなる全能の神は何もない下界に緑豊かな大地を造り、そこに色鮮やかな花々と、多種多様の動物たちを解き放った。

 大自然の中で繰り広げられる動植物たちの営み。生まれ、生きて繁殖し、命を終える。それは尊く美しいが、数百年も眺めていると、変化が欲しくなった。

 次に神は人を作った。自身で考え進化するよう”知恵”を授けて。

 神の期待通り人はより良く生きていけるように知恵を絞り、発展し、数を増やしてゆく。簡素だった生活は少しずつ便利に進歩し、暮らしやすく変化していった。

 そして人の集団は、ある程度増えると散り散りになり、住処を変える。飼い慣らした他の動物を使って長い道程を行き、辿り着いた土地で新しい生活を繰り広げるのだ。

 そんな人の営みを眺めているのはとても楽しかった。しかし彼らの中には知恵を悪事に使うものも出てきて、調和を乱すようになってきた。

 それに人には他の動植物とは違い、命を脅かす存在がいないため、神が予想していた以上に数が増えすぎた。このままでは先に解き放った花々は踏み荒らされ、動物たちは捕食され尽くしてしまうだろうと懸念した神は、人に相対する存在として魔獣を作り、住処として森を選んで彼らを放った。

 魔獣は神に与えられた鋭い牙と爪で人を狩って食べ、テリトリーを守るために侵入してきた人々を殺した。

 神の思案通り徐々に人の数が減っていったが、今度は思惑を外れた行動をとる魔獣が現れるようになった。

 魔獣は腹も減らぬのに人を襲い、人々の集落を壊し、無駄に命を刈る。一気に数が少なくなった人は魔獣を恐れ、隠れ住むようになり、以前のようなのびのびとした営みは見れなくなってしまった。

 ガッカリした神に、ある日一人の少年が祈りを捧げた。


『神様。神様。どうか家族を守るため、ボクに魔獣を倒す力をお与えください』


 毎夜繰り返される熱心な祈り。その祈りは九十九日続いたが、百日目の祈りはか細いものだった。

 少年は魔獣に襲われ、今にも命が尽きるであろう今際の際に、精いっぱいの祈りを捧げた。


『神様…神様…。ボクはきっと死んじゃうけど、これからみんなが生きていくための力を…、魔獣に負けない力を、与えてあげてください…』


 最後の力を振り絞って捧げた祈り。命の灯が消える瞬間、神はとうとうその祈りに応えた。


⦅其方の望みを聞き入れよう。人にはもう一つ力を与える。魔獣に対抗できるよう、神の力の欠片を授けよう。ただし欠片にも数に限りがある。欠片が選んだ数人のみが力を使うことが出来る。そして其方もその一人だ⦆


 生きて魔獣を退けよと告げると、神は少年の傷を瞬く間に癒し、力の欠片を授けた。



 *



「こうして神直々に力を与えられた少年や欠片に選ばれた数人によって人々は魔獣に対抗できるようになり、希望を得た人々は知恵を使って強力な武器や防具を開発し、今現在に至ると言うことさ」

「…」

「婆さん、それ創世録だろ。最後はちょっと端折りすぎてねぇか?」


 ジューンが長い話を終え、呆けているフィンににかっと笑った。


「まあ難しい話はともかく、欠片を得た人が結婚して子供が出来てを繰り返し、魔法を使える人が多少は増えはしたが、そんなのほんの僅かだ」

「じゃ、じゃあ、ギルさんとイドさんって、すごい人…なの?」


 恐縮と尊敬の念が入り混じったまなざしで見つめられた二人は、互いに視線を交わし肩を竦めた。


「すごくはないな。俺たちを含めた多くは相性の良い属性は一つで、それ以外の属性はほとんど使えない。しかし王城の魔導研究室の室長くらいになると保有魔力は膨大だし、使える属性も複数だ」


 血が濃いからなというギルの呟きを拾い、フィンは小首を傾げた。


「血が濃い? 血に濃いとか薄いってあるの?」


 みんな同じ赤色なのに?と言うと、大人三人は苦く笑った。


「違うよ、フィン。色の濃淡じゃないんだ。この場合の濃さは欠片に選ばれた者の血の割合なんだ。どの国も王族が一番濃い血をもっていて、王族に近しい者、貴族も爵位の高低に差はあるが、ほとんどの者が魔力を保有している」


 子供だからと難しいことをはぐらかしたりせず、ジューンはちゃんと説明してくれる。


「んー? オウサマが一番魔力が多くて、キゾクは魔法がいっこ使える。…キゾク……貴族?」


 覚えたことを声に出して確認しているうちに、フィンはあることに気が付いた。

 そろりと視線を上に向けると、ギルとばっちり目が合ってしまった。


「ご、ごめんなさい! あの…貴族様とは知らなくて、わたしいっぱい失礼なことを言っ」


 慌てて頭を下げてこれまでの非礼を謝るが、途中でわしっと頭を掴まれてそれを遮られてしまった。


「やめてくれ。さっきも言ったけど俺たちはすごくないんだ」


 だからこれまでのままでいてくれと頼まれ、フィンはおそるおそる彼らを見上げた。


「本当? 怒ってない?」

「怒ってないよ」

「わっ」


 ぐしゃぐしゃと髪を搔き乱すギルの手から、フィンは急いで逃げ出した。

 安全なジューンのそばに移動し、乱された髪を手櫛で直しながら何かを考えこんでいたフィンは、ギルに向かいちょっと羨ましいと告げる。


「なんだ、フィンは魔法が使いたいのか?」


 ふふんと悪戯っぽく訊ねるギルに、フィンはこくんと頷いた。


「だって魔法でお水が出せたら、反省室に入れられた時にお腹が空いても、お水を飲んで我慢できるでしょ?」





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