第3話  嫌われ

 その騒ぎは大きな子供たちが戻ってきた夕方に起きた。

 メアリーとフィンが小さな子供たちと取り込んだ洗濯物を畳んでいると、どすどすと靴音を鳴らして帰ってきたサリアが、開口一番にフィンを怒鳴りつけた。


「ちょっとフィン! どういうことなの⁉ 薬屋じゃあ手伝い賃にたったこれっぽっちしかくれなかったわよ!」


 波打つ赤毛をポニーテールに結い上げたサリアは、テーブルの上にもらってきたお金を叩きつけるように広げると、目を吊り上げてフィンを睨む。


「え? サリア、ジューンさんのお店の手伝いに行ったの?」


 アマンダからは、フィンが行けないことをサリアが伝えるとしか聞かされなかったため、フィンの代わりにサリアが手伝いに行ったとは思っていなかった。

 重労働ではない上、楽しくて手伝い賃も良い好物件を知られてしまったと一瞬気持ちが重くなったが、そんな心配に反し、サリアは髪色にも負けないくらいに顔を真っ赤にして、更に文句を続ける。


「せっかく手伝いに行ってやったのに、全然ありがたがってる感じじゃないし! 一日中藪で草取りよ! しかも摘んできた草を見て「これは違う。これも違う」ってほとんど捨てちゃうし! 手伝い賃ははした金だし!」


 サリアがもらってきたお金を覗き込んだ大きな子供たちは、一様に顔を顰めた。


「うわぁ、少ね~」

「たったこれっぽっち?」

「これじゃあ一日無駄にしたようなもんだな」


 みんなに同情の眼差しを向けられたサリアは、味方を得たとばかりにフィンを更に攻撃した。


「アンタみたいな役立たずでもできるし、手伝い賃もかなりいいって聞いたから、わざわざへナードさんのところを断って行ってあげたのに!」


 役立たずと言われて少なからずショックを受けたが、それよりも気になったのは、


「ジューンさんのところの手伝い賃が良いって、誰から聞いたの?」


 大概子供たちは手伝い先でもらった賃金の額を教え合うことはない。誰でもより金払いのいいところへ手伝いに行きたいし、条件のいいところを横取りされたくないからだ。

 唯一すべてを把握しているのは院長とシスターのアマンダだが、子供たちがいがみ合うような不穏の種を蒔くようなことはしないと思いたい。


「なっ! ど、誰でもいいでしょ! とにかくこれはアンタのせいだから! 今後へナードさんとこの手伝いにあたしが頼まれなくなったら、アンタ、責任取んなさいよね!」

「え⁉ そんな、なんでっ?」


 理不尽極まりないセリフに驚いて訊き返すが、サリアは腕を組んで当たり前でしょ! と吐き捨てた。


「アンタの代わりに行ったんだから、アンタの責任じゃない。わかった!?」


 罵声を浴びせても怒りが治まらないらしいサリアは、畳み終えた洗濯済みの衣服を鷲掴み、フィンに向かって投げつけた。


「ああっ!」


 そしてお金を乱暴に掴むと、再びどすどすと靴を鳴らして部屋を出て行った。

 青褪めた顔でサリアの後ろ姿を見送るフィンは、そばで作業をしていたメアリーが冷めた目でじっと見ていたことに気が付かなかった。



 *



 連日雨が続いた雨期が終わりを告げ、漸く太陽が活躍の場を取り戻した頃、いつもよりも少し早くジューンから手伝いの依頼があった。


「是非フィンに来てほしいそうです」


 食堂で朝食の配膳を手伝っていたフィンに、アマンダは苦々しい表情を隠すことなくそう言った。


「今日ですか?」

「そうです。先ほどピーターさんが農場へ向かう途中でこちらに立ち寄って、伝言していったのです。ジューンさんからあなたへの依頼を頼まれたと」


 町はずれにそこそこ広い農場を持つピーターは、頻繁に孤児院の男の子たちに力仕事を頼んでくれる上、よく売り物にならない屑野菜を孤児院に分けてくれるので、彼が持ってきた伝言を無視することはできない。


「あなたにも予定はあるでしょうから無理にとは言いません。なんでしたら鍛冶屋の手伝いに行くディックに薬屋に寄ってもらってお断りしても…」

「いいえ! 今日は何の予定もないので、お手伝いに行ってきますっ」


 意気込んで依頼を受けると告げると、アマンダの眉間のシワは更に深くなった。


「…そう。では食事をとったら行ってきなさい」


 忌々し気に横目で睨まれ、喜びに膨らんだ気持ちが急激に萎む。以前からアマンダはフィンに対して好意的ではなかったけれど、最近は嫌悪を示す言動があからさまで、他の子供たちにも隠す素振りすらない。

 アマンダの視線に怯えてフィンが体を縮込めると、それに満足したのか彼女はツンと顎を持ち上げ食堂を出て行った。


(どうしてあんなに嫌われてるんだろう?)


 それはアマンダが修道院から赴任してきた五年前より、フィンが抱き続けている疑問だ。

 他の子供たちには優しく笑顔で接しているのに、フィンにだけはただの一度も微笑みすら見せない。

 しかもアマンダの気持ちが伝染したのか、仲の良かった子供たちも一人また一人と少しずつフィンとの距離を置くようになり、近頃は嫌がらせや悪口をするようになっている。

 こんな状況が孤児院を出る十五歳まで…あと三年も続くのかと思うと気が滅入るが、くよくよしていても仕方がないと、いつものように気持ちを切り替えた。


(そうだよ。久しぶりにジューンさんに会えるんだもの)


 きっとまた新しい薬のレシピを教えてもらえるはずだと、有意義になるだろう時間に想いを馳せるのだった。





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