第2話  居場所がない

 ドサッと木の皮で編んだ大きな籠が地面に落ち、洗ったばかりの洗濯物が井戸端の地面の上にこぼれ出た。


「あ~あ~、フィン何やってんのよ! せっかくキレイに洗ったのにまた汚れちゃったじゃない!」


 急いで拾い上げたが洗濯物はすでに泥だらけで、もう一度洗い直さなければならない状態だ。


「ご、ごめ・・・」

「もうっ、アンタのせいなんだからアンタが洗い直しなさいよね!」


 そう言って建物の中に入って行ってしまったのは、同い年のメアリー。ややくすんだ長い金色の髪を二つに結び、手伝い先である仕立て屋でもらった鮮やかな赤い色の端切れで作ったリボンを飾っている。ちょっと気が強いお洒落な女の子だ。

 幼い頃は一番の仲良しで、何をするにもどこへ行くにもいつも一緒だったのに、手伝いに出られる年齢が近づくにつれてメアリーはフィンと距離を置くようになり、最近ではあからさまに目の敵にしてくる。

 今フィンが洗濯籠を落としてしまった理由も、洗濯の際にスカートの裾が少し汚れてしまったことにばかり気が向いていたメアリーが、物干しに向かおうとしたフィンとぶつかったからなのだが、さもフィンだけの責任のように攻め立てたのだ。

 洗い直しを押し付けられたフィンは深く嘆息すると、もう一度井戸に戻り水を汲み上げる。せめてもの救いは先日ロープが掛けてある滑車が新しいものに替えられ、少し水汲みが楽になったことだろうか。

 暫く雨続きだったが今日は久しぶりの晴天で、絶好の洗濯日和だ。この日洗濯当番のメアリーとフィンはシスターにあれもこれも洗うように言われ、朝からずっと井戸端で洗濯物と格闘し続け、やっと最後の一籠が終わったところだった。

 これが終われば少しは自由な時間ができるから、繕い物をしたり、散歩に出掛けたりできるはずだったのに…。

 予定していた楽しみを諦めて洗濯物を洗い直し、漸くすべてを干し終えた時は結構な時間が経っていた。

 たらいや洗濯板を片付けて中へ戻ると、食堂兼集いの間でもあるホールでは優しい笑顔の老院長コリンナが、まだ五歳に満たない幼い子供たちにクズ魔石の選り分けを教えていた。


「ほ~ら、よく見てごらんなさい。こっちの石とこの石、ちょっとだけ光り方が違うと思いませんか?」

「あ! ホントだ! これはツルツルのところがピカピカしているだけだけど、こっちは中の方がゆらゆら揺れて光ってる感じ!」

「ルル、これも! これも中に青いゆらゆらが入ってる!」


 クズ魔石は裕福な庶民の家で着火や明かりとして用いられることが多く、それほど高くはないものの雑貨店に売りに行けば必ず買い取ってもらえるため、孤児院の子供たちはよく拾いに行く。そして拾ってきた石はコリンナや年長の子供が魔石かそうでないかを確認するのだ。

 子供たちは新たな発見に目を輝かせ、そんな姿を見守る院長もとても嬉しそうに微笑んでいる。


「そうよ。トムもルルもよくわかったわねぇ。偉いわ」


 褒められてエヘヘと照れ臭そうに笑う二人の頭を、院長はシワだらけの小さな手で優しく撫でる。するとトムやルルよりも少しだけ年下のジニーが、ぴょんこぴょんこと跳ねながら、自分もわかったと主張する。


「ボクも! ボクもわかったよ!」

「そう? じゃあジニーも偉いわね」


 同じように撫でてもらい、とても満足そうに笑っていた。

 フィンは自分にもあんな頃があったなぁと懐かしく眺めながら、邪魔をしないように足音を忍ばせてホールの端を通り過ぎた。

 ホールは賑やかだったが、この時間の孤児院は比較的静かだ。大きな子供はみんな小遣い稼ぎに出ているし、まだ稼ぎに出られない中ぐらいの子供たちは裏の畑の世話やシスターのお手伝いをしているから。

 自室…と言っても四人部屋だし二段ベッドなのでとても狭いけれど、自分のテリトリーである場所に戻ってきたフィンは溜息を吐いてベッドに腰かける。本当なら今日は薬屋を営んでいるぽっちゃりおばあちゃん店主のジューンから手伝いを頼まれていたのだが、前日になってアマンダから洗濯当番の変更を告げられた。


『先方にはサリアからあなたが行けないことを伝えてもらいますから、あなたはしっかりと院内の当番を頑張りなさい』


 有無を言わせぬアマンダの言いつけに、フィンは頷くしかできなかった。

 正直、とてもがっかりした。体が小さく力が無いフィンにとって、ちゃんと手伝いができる数少ない場所の一つがジューンの経営する薬屋だ。仕事内容は簡単なもので、町はずれの森や草むらで薬草を積んだり、店番や掃除をしたり、薬の調合をするジューンの助手をしたり。

 誰でもできそうな仕事内容なのに、なぜかジューンは必ずフィンを名指しで依頼してくれるので、フィンもその日を楽しみにしていたのだ。


(今回は胃薬を作るって言ってたのに…)


 助手としてそばにいると、自然と薬草の名前や効能、配合率などを覚えるし、ジューンは書き留めている薬のレシピも惜しみなく見せてくれる。店の裏手に狭い薬草園があるため、植物の育て方にも詳しくなった。

 知らないことを知るのはとても楽しく、毎回ジューンの言葉一つ一つに耳を傾け、見逃すことが無いよう手元を真剣に見つめている。


(次に依頼が来るのはきっと来週だ。それまでの間、他のところで頑張らないと)


 小さくて古いお店の割に手伝い賃はそれなりに良くて、フィンの稼ぎのほとんどはジューンの手伝いでもらったものの一部だ。他所ではクビになることが頻繁のフィンにとって大事な収入源でもあるため、手伝いを断ったことはなかった。


(しょうがないよね。次行ったら、今日の分も頑張ろう!)


 気を取り直したフィンはすっくと立ちあがり、菜園の世話を手伝うべく部屋を出て行った。





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