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――――。


……ん? なんか眩しい。


閉じた瞼越しにも部屋の明るさが感じ取れる。もう朝になった? と目を開けようとするも、何故か体の自由がきかない。もしや金縛り? でも金縛りの時特有の、波打ち際にいるような耳鳴りもしないし……

なんて思っていたら、「おい鋏、起きろっ」 その声と共に、勝手に、瞼が開いた。

まず視界に入ったのは天井。和室の天井。しかし、泊まっていた旅館のそれとは違う気がする。

そして、同時に、一人の少女が眠る僕を覗き込んでいる。

「おう、起きたか」

春の香りがするような桜色の髪、中学生のような小柄な体型、傲岸不遜さを表した切れ目。人ならざる可愛らしさを持った美少女が、そこにいた。


「ふぇぇ……【つるぎ様】ぁ、ここどこぉ? 僕たちキャンプ場にいた筈なのに……」


そんな弱弱しく可愛らしい声を漏らすのは、『僕』。今のこの地の文の僕とは別の僕。勝手に、僕が喋り出した。

同時に、僕はその僕の声を聞いて、現状を把握する。可愛すぎる僕の声と、この視点の高さの具合から……今の僕が『幼い』という事が分かった。


つまりは――彼女が目の前に居るという事実と僕がショタな事実から――これは『夢』である。正確には『八年前』のとある夏の日の夢。証明完了。


「ふむ。どうやらどこぞの島に拐われたらしいな。つるぎも油断しておったわ」

テヘペロとおどけるキュートな彼女。だがこの神様が抵抗もせず僕を危険に晒す筈が無い。『あの結末』を知らない筈がない。今なら解る。彼女はわざと僕を『拐わせた』のだ。

「……先程から、どなたと会話しているのですか?」

「ヒェッ!?」


突然の声に、ショタ僕の方がビクリと跳ねる。


「申し訳ございません。驚かせてしまいましたか」

「……えっと。お姉さん、だあれ?」

背後で正座していたのは、浴衣を一枚だけ羽織った少女。長い黒髪に白い肌というシンプルさなのに、どこか妖艶を感じさせる美少女。

少女、という表現は、今の僕だからこその呼び方だが、当時の僕には偉く大人びお姉さんに見えてドギマギした記憶がある。実際は、当時のツムグと同じ、二つだけ年上の十歳の少女だったというのに。

「私は、この家の者です。貴方がたが先程こちらに運ばれるのを見て、気になって来ました。それはそれとして……貴方は……なにか今までの子供達と違う空気を感じます」

グイッと、顔を近づけて来る少女。自然、浴衣は緩み、年の割には発育の良い胸元がこんにちは。今僕の体の自由が利くならば手を伸ばしていた所だが、生憎当時の僕はヘタレなむっつりスケベ。少女の瞳に映る僕の顔は真っ赤だった。

「くくく……そんなに乳を揉みしだきたいのであれば素直に手を伸ばせば良いものを」

「そ、そんなつもりないってばっ」

「また、どなたかとお話を?」

「き、気にしないでっ。えっと……ぼ、僕は別に普通の男の子だよっ。おかしな所なんてないよっ」

「そうですか……、……それは?」

「え? ただの携帯電話だけど、なに? あ、ここ圏外か……」

「携帯電話。その小さな物は、電話、なのですね」

「もしかして、知らないの? この時代に?」

コクリと頷く少女。それも仕方がない。当時の彼女は、携帯電話はおろかゲームやテレビといった、外界に繋がる物全てを遮断されたまま十歳まで生きてきたのだから。


それからショタ僕は――自分の置かれた状況などそっちのけで――得意げに外の世界を少女に語る。アニメや映画、漫画の話だったりと……人見知りな僕だったが、何故か彼女とは吃らずに会話が出来た。少女は口数こそ少なかったが、僕の話にコクコクと可愛く相槌をうっている。今でこそ分かるが、彼女のこの顔は、わくわくしている時にする顔だった。


「ううん……」

と。『もう一人いた少女』が目覚めようとしていたのを黒髪の少女が気付き、「ではまた」とそそくさと部屋を出て行った。襖を締める際の、彼女の名残惜しそうな顔。確かのこの時の僕も、同じ様な顔をしていた筈だ。

「ん……ツル、ちゃん?」

それから入れ替わるように起きたもう一人の美少女。お目めをコシコシしてて可愛い。

「カサネちゃん、大丈夫? どこも怪我してない?」

「ん……大丈夫だよっ。ツルちゃんも平気みたいだねっ。なんか、話し声が聞こえた気がしたけど……?」

「き、気のせいじゃない!?」

必死に否定する僕。カサネは独占欲が強くて嫉妬深かったからだろう。

「そう……で、ここ、どこだろう?」

「つるぎ様がゆーには、僕たちどこかの島に連れていかれたって……」

「もぅ、またツルちゃんたらつるぎ様って。そんな人は居ないよっ」

「う、嘘じゃないもん! つるぎ様は居るもん!」

「うむ、いるぞ」

涙目で訴えるショタ僕と頷くつるぎ様。そう、つるぎ様は居る。確かに僕には見えていた。僕だけに、見えていた。

産まれて来る僕を生かす為に僕と一つになった五色神社由来の縁の神つるぎ様。元々、彼女は誰にでも見えるハサミの擬人化的存在だったが、僕との同化により、僕だけに見える存在となっていた。先に産まれた姉のツムグはつるぎ様を知っているが、僕と同世代のカサネや妹のウカちゃんは容姿さえ知らない。

え? ハサミの擬人化に突っ込みどころ満載だって? 神様なんだからそんくらい余裕よ。

「と、兎に角、ここから逃げないとっ。ツルちゃんやカサネのパパも心配するしっ」


「心配には及ばないよ、カサネ」


と、和室の襖越しから声。続けて襖がスッと引かれ、その奥からは、「ぱ、パパ!?」 居たのは、柔和な顔付きの一人の男。

「ここはパパの知り合いが多くいる宿でね。他にも君らと同世代の子供達が多く居る楽しい場所なんだ。突然ですまないね、急に招待したくなって。後でキャンプ場にいる皆も呼ぶから安心していいよ」

「そ、そうなのパパ?」

憶えているのは、同じくキャンプ場にいたこのカサネパパが僕らにチョコをくれた事。それを食べた僕とカサネは急に眠くなって……大方睡眠薬でも入っていたのだろう。少し考えればカサネパパの言動は怪しさマックスなのだが、いかんせん当時の僕らは幼いアホの子。大人に従うしかない弱い存在。

「ふん。肝心の部分をボカしておきながらよく言うわ」

ポツリ、呟いたつるぎ様の声は結局僕にしか聞こえない。しかしショタ僕の表情の変化で、つるぎ様の現役時代を知るカサネ父は察したのだろう。

「鋏君。つるぎ様はお怒りかな? けれどまぁ、静かに見守って貰えるよう伝えておいてよ」

「都合の良い事ばかりを……鋏、ここは頷いておけ」 ショタ僕はその言葉で頷く。当時の僕はつるぎ様の言葉は絶対。頼り過ぎていた。何かあるたびに彼女に判断を仰いだものだ。

「お昼前に連れて来ちゃったもんだから君達お腹空いてるだろう? ご馳走を用意してるよ」

ついてくるよう手を仰ぐカサネパパ。幼い僕たちは訝しみつつも手を繋いで後を追う。

「そういえば、いつの間にかカサネ達、服も変わってるね」

「うん……僕が甚兵衛で、カサネちゃんは浴衣になってる……」

「ああ、それはだね、この場所では男の子は甚兵衛、女の子は浴衣を着るルール? みたいなものがあるんだ。別に鋏君は浴衣でも良かったんだけどね」

「ふええ……僕男の子だよぉ?」

『ふひひ、鋏は相変わらず可愛いのぉ』 ショタ僕の困り顔を見て興奮し出すつるぎ様。依存する僕も僕だったが、彼女の過保護過ぎる愛も相当だった。

ひと気を感じず、窓も一切無く外の様子が伺えない、まるで監獄のような広い日本家屋をしばらく歩いているとカサネパパがとある部屋の前で足を止める。他の部屋とは違い、襖のつくりが――金などもあしらわれていて――豪華な感じがする。


「さあこの部屋だ。中では人も待っているから、適当に挨拶してくれ。かしこまらないでいいよ」

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