30
やりたい放題奉仕され、『服の補修』と同時にローション塗れの体を拭いて貰って落ち着いた後……
お茶を飲みながら、
「ふぅ。そういえばモガミ。君、『この島の歴史』はどこまで調べた?」
唐突に。そう訊ねる彼に、「どうしたんですか急に」と疑問を投げ返す。
「別に、ただの興味本位だよ。なんかこの島の黒い過去っぽいのありそうじゃん。実際、どんな記録が残ってるのかなって」
((そう、ただの興味本位。どれだけ『調べたか』って確認も込めてね))
続けて彼は、そう心の声を漏らす。私に読まれているとわかった上で、わざと。
「……、まだ全て調べ終えた訳では無いですが」と私は前置きして……
――八年前のこと。
世間ではその頃、児童の行方不明事件が多発していた。それは、紐解けば全て誘拐事件。とある新興宗教団体の犯行である。
誘拐される子供達には共通点があった。『人ならざるモノが見えたり』、『超能力が使えたり』、『未来が見えたり』と……特殊な力を持った子供達ばかりで、拐い、よからぬ目的に使おうとしたようだ。
そんな悲劇も、最後は尾裂狐家が終止符をうった。宗教団体の拠点となったこの島に駆け付けた尾裂狐に、拐われた子供達の大半は助けられた。しかし、犠牲になった子供もゼロではなく……現在でも、心の治療を続ける者も多いという。
「ふーん。そんな物騒な事件がねぇ」
「……鋏さんは、この事件を知っていたのでしょう?」
「勿論」と。
お茶菓子をパクパクと口に運びながら、とぼける事すらやめて、
「というか、僕もその時に参加してたからね、宗教団体潰し」
「……年代的に、その時の貴方は七、八歳では?」
「うん。色々あって僕も巻き込まれちゃってさー。神を拐うなんて不届き以外のなにものでもないっしょ? だから完膚なきまでに潰したさ。それなりに印象に残るイベントだったよ」
((良い意味でも、悪い意味でも、ね))
……彼の心の声は、いつも核心を隠す。
そんな事、狙って出来る事では無いのに。
『チリンチリン』 開いた窓の方から涼しい風鈴の音が聞こえる。夏にはまだ早いというのにこの島の気候形態は無茶苦茶だ。
「ああ、そういえばこの島の四季が無茶苦茶なのも、あの宗教団体潰しの時の名残だったかなぁ。色んな力を持った子達と大暴れしたからね」
「……信じ難い話ですね。そんな、漫画や小説の話じゃあるまいし」
「テレパシスト(読心術使い)の癖して何言ってんだい」
「……だから。前から説明するように、私のは……相手の声色や顔色から判断しているだけの代物に過ぎません。ツムグもそう言っていましたし」
「あいつは僕の以外の『そういうの』は基本認めないからなぁ。……で。君が気になってるようだから言っとくけど」
「え」
「君はこの島の事件に色々と引っ掛かりを覚えているだろう。『求めていた答え』を得られるんじゃ無いかって。その直感は、『正しい』」
……まさか。答え合わせをしてくれるというのだろうか。
「ならば……何か知っている事があるのなら……」
「まぁ教えないんですけどもね」
「……どうして」
彼は、こんな時にこんな意地悪する相手では無い。何か、理由がある。
「君は。もしその『真実』が、『悲しい真実』だったとしても。決して『立ち直れないような真実』だったとしても、聞いておきたい?」
「……はい。覚悟は、出来ています」
「だからダメ」
「……」
「いいかい? 僕は女の子おもいのナイスガイだぜ? わざわざオキニな相手を悲しい顔にさせると思う? させるとしても僕関連の悩みでさせたいね」
「……けれど。それでも、私は。その話を聞かなければ、前に進めません」
「うーん話が平行線だねぇ」 腕を組みながらウンウンと唸る彼。こんな軽いノリだけれど、これでも私の為に、真剣に考えてくれているのだ。
「ああ、そうだ。なら間を取ってこうしよう。君の求めていた答えの、『良かった部分』だけ教えるってのは、どう?」
「良かった部分?」 暗いと断言される真実にも、光明があったという事か? 私は、その提案に頷く。
「よしっ、一回しか言わないよ? ――僕が、君と初めて出会ったのはね。実は、『この島での事件で』、なんだよ」
「……、……」
それは。つまりは。この島での過去の事件に。私も巻き込まれていた、という意味か?
いや。そんな記憶は、私には無い。
そもそも……私には『中学生の時より前の記憶自体無い』。
私の実家、山形に居るのは義理の両親だ。彼らは一切、私を引き取った経緯を話してくれなかったけれど……最近になって、というか、鋏さんと出会った後、何てこと無い話のように『ウチは五色の親戚筋だから』と漏らした。
これらは全て、偶然で片付けていい話か?
考えれば。目の前に居るこの相手は、ヒトの『記憶操作など自在』な男だった。
私は……過去この島で酷い目に遭ったが、それを、彼に助けられた、記憶を消された……? 導き出したその答えに、胸の突っかかりがスッと落ちた感覚。
「ふふん。この真実は君の暗い真実を一蹴するくらいに明るい真実だったね。なんせ、僕らの出逢いのキッカケだぜ?」
「……何故そこまで自信満々なんですか」
「とりあえずまぁ、これでひとまず君の長年の悩みの大半は解消されたね。これからは好きに生きられるよ。ゴールした気分はそりゃあ爽快なものだろうね」
ゴール。好きに生きられる。
その彼の言葉で、肩が軽くなる感覚。
そうか……私はもう、悩みも無くなり、自由になったのか。
「モガミはさ、内にあるその力をどうこうしたいって考えた事ある?」
「……どうこう、とは?」
「世の為人の為に役立てたいーとかいうそういうすうこーで聖人的な考えはあるのかって話」
それを考えた事は……一度や二度ではないけれど……。
「例えば、探偵してるイナリとかはその『命令する力』で容疑者に自供させたりなんだりとフル活用してるね。カサネは過去視(サイコメトリー)ならぬ過去鼻なんていう立派なもんを宝の持ち腐れにしてるけどもさ」
「……鋏さんも、その『縁切り』の力を最大限に活用していますよね」
彼の家、五色神社は昔から縁切り神社として有名で、一般的な縁結びの神社の真逆とも言えるその異質なセールスポイントは、他と一線を画している。
縁切り、と聞くと悪い印象を持たれるかもだが、縁には悪縁も含まれており、それを切って貰いたいと願う人は後を絶たないらしい。
例えば大病、例えば悪質なストーカー、例えば事業がうまく行かない者……そのような人達が、藁にも縋る思いで神社にやって来るという。
誰もが、不幸とは無縁になりたいのだ。人は、結びたい縁より、切りたい縁の方が多いのだから。
「僕のは異能とか超能力者云々とかいう付加価値じゃなくって僕自身が神秘の結晶だからね。君達とは格が違うのだよ格が」
「そんな偉そうに言われても……」
「でもまぁ、君の力も僕ほどじゃないけど使い所は多いよね。良い事でも悪い事でも」
「……悪い事には使いませんよ」
「君はさぁ、もっと自分勝手になっても良いと思うんだよねぇ。確かに君は年上教育実習生巨乳お姉さんっていう素晴らしい属性を持ってるけど、それだけじゃん? 外連味がないというか、雑味がないというか。とにかく真面目過ぎ」
「いや、属性なんて言われても知りませんが」
「ポーカーの世界大会を荒らすとか、宗教の教祖にでもなって荒稼ぎするとか、性欲のままに僕に夜這い仕掛けるとか」
「最後のは能力関係ないでしょう」
「ツムグぐらいやりたい放題していいんだよ。代だってのに遊ばないでどうするの」
「……」
「ま、僕はどう転がっても君を応援するよ。二人で犯罪組織でも創って皆を敵に回すのも楽しそうじゃない?」
「……、そんな野望はありません」
そう、口では突っぱねる私だが……何もやりたい事のない私を、彼は全てを肯定してくれるというその言葉に、つい口元が緩んでしまう。
幸せだと、心が温かくなる。私が、こんなに幸せでいいのか、と。同時に。私がこんなに幸せになっていいのかと、出所不明な『罪悪感』に、心が冷めていく。
「まぁ。どう足掻いても、今後君が幸せになる事は無いんだけどね」
「え……」
「君は、僕と『不幸』になる道しかないんだから」
――ああ。
それなら、何も心配は無いなと、私の中にあった不安な気持ちは霧散した。
彼が語る未来は、確定した道筋。
それ以上は望まない。それ以上は求めていない。
彼と過ごす不幸な未来は、さぞや居心地のいい世界だろう。
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