27
――それから。
薄暗い洞窟の中……外のシトシトな雨音と、パチパチ弾ける焚き火の音をBGMに、カサネとツルちゃんは語り合う。
話題は尽きなかった。それだけの思い出を、二人で共有して来たから。
そう。ツルちゃんと一緒に居たのは、いつもカサネだった。カサネだけだったのに……高校生になった途端、この子と来たら――。
「はい、ハチミツ紅茶淹れたよ。ヒグマがさっきハチミツ分けてくれたんだ」
どこの黄色いクマだ……。そんなクマや狐らだが、今は焚き火の前で安心したように寝息を立てている。
「あ、ありがと。えっと、コップは一つだけ?」
「今更間接キスぐらい気にすんなよ、あの時は歯ブラシ共有してたろ」
「や、やめてよその話っ。……(すんすん)ぅ、うん、変な物は入れてないねっ」
「失礼なヤツだな、ここでその力(鼻)使うとか。やるならそんな小手先使わないで堂々と盛るよ」
「まず盛らないでよ!」 自分の鼻を信じてないわけではないけれど、おっかなびっくりしつつ紅茶を口に含む。……温かくて甘い、カサネの好きなハチミツ紅茶。すぐに胸がポカポカして来て……、……このぬくもりは、果たして紅茶だけが原因なのか、自分でもわからない。
「しかしま。コレだけ元のカサネとの齟齬が無いとなると、ツムグに報告する事無いな」
「……未だに、カサネ自身が別世界の自分と入れ替わってるなんて、実感無いよ」
「ま、それも仮説だけどねー。あの時あの場に居た五色三兄弟だけが別世界に来た可能性もあるっていうし。兎に角。この先どうしたいかってのはカサネ次第だよ。色々とこっちの勝手に巻き込んで勝手過ぎるけどもね」
「ツルちゃんの勝手には慣れてるけど……、カサネは――」
どう、したいのだろう。
ユエちゃんが言っていた。『カサネが本来居た世界は、鋏を独占してた世界だったかもしれない』と。
カサネは本当にそんな世界の出身だった? ……だったなら……、……でも……。
「そろそろ体もあったまったっしょ? ヒグマの話だと、奥に面白いのがあるらしいよ」
「え?」
こちらが色々と考えてる途中だというのに、いつも通り、唐突に行動を始めるツルちゃん。カサネは立たせられて、洞窟の奥へと誘導される。
ひんやりと冷たい空気の中を歩き進めて行って……そこに辿り着く。
「――宇宙だ」
広い場所に出た、と思った瞬間、宇宙が飛び込んで来た。
満天の星空。青白い宙。こんな、昼前に見られるワケがない光景が目の前に。
「すごい――綺麗……」
「語彙力ねぇなぁ」
「だ、だって! なにこれ!? なんでこの部屋の天井だけキラキラしてんの!?」
「ツチボタル。ヒカリキノコバエってもいうかな」
ホタル? ――え。ハエ?
「ま、まさか……」「うん、幼虫。この光、全部 ム シ」
ッッッッッ――!!!! 声にならない叫び。咄嗟にカサネの口を手で塞ぐツルちゃん。
「おいおい流石に虫が驚いてボタボタ落ちて来る光景は僕も見たくねぇぞ。まぁ、落ち着け」
カサネがコクコク頷くと、すぐに手を離して、
「普通は、オーストラリアとかニュージーランドでしか見られないっぽい虫らしいんだけどね、ここは余程特殊な場所らしい。四季を味わえるこの島ならではだね」
「も、もぅ……前以て言っててくれてれば……」
「サプライズにならないでしょ、わかってないなぁ」
「感動と悲鳴のハイブリッドなサプライズはやかまし過ぎるよ……」
改めて、落ち着いた状態で宙の星こと虫を見る。まぁ、間近で実際の姿を拝まないで済む事を考えたら、そこまで怖がらなくてもいいか。虫という嫌悪感は全くゼロでは無いが……この幻想的な光景は、気持ち悪さより断然勝る。
「ホラ、よく見たら幼虫の下から糸が出てるのが分かるでしょ? あの光で他の虫を誘き寄せて、その粘糸に絡ませて捕食するんだって」
「……自然の生き物ってのは凄いもんだね。誰にも教わらずそんな事が出来るんだから」
「うん。そんな幼虫の期間を半年から一年は過ごしてさ、成虫になった後は、長くて数日以内に雌雄で出逢って産卵しなきゃなんだから更に大変さ」
「何で数日以内に?」
「成虫は一週間と生きられないから」
「……、セミと似てるね」 少し切ない気持ちになるのは、人間の勝手なエゴだろう。
「セミは一週間以上生きるし、まだ口があるから良いよ。このホタルは口が退化するから更にハードモードだぜ。――でもさ」
宙を見上げるツルちゃんの表情は、薄暗くてよく分からない。けれど、多分、見えてもいつも通り、カサネには何を考えてるのか理解出来ない表情をしているのだろう。
「でも。人の寿命の何百何千と濃縮された数日の寿命でする恋ってのは、どれほど濃厚なものなんだろうね」
「……」
それは――とても、とても尊くて清くて打算の無い、美しい何かだ。
それに比べて……うう……十五年以上も何も出来ていないカサネと来たら……。
「ねぇ。カサネは僕の事好きなんでしょ?」
「え!? そ、それは……ぁぅぁぅー」
「僕も好きだよ」
「!?!! ッッ!? な! いきな! ……ぁ、アレでしょ! フレンズ的な意味でしょ!?」
カサネがワタワタ動揺する姿を見たいが為の言葉だ。深い意味なんて無い――そう思ったのに、彼の顔は真剣なもので、
「いんや? エッチしたい対象としてだよ」
「反応に困るなそれ!!」 で、でも……体がカッカッと熱い。肌寒さなんて何処へやら。
「ぅー……そ、それは、いつ、から? カサネの事を……その……キッカケ、は?」
「教えない」
「なんで!?」
「どうせカサネは『覚えてない』だろうし」
「むーっ、そ、そこまで記憶力あほじゃないよぅ!」
「たいしたキッカケじゃないよ」と、ツルちゃんはクスリと笑った。
――ああ。
その顔を見て、カサネはやっぱりツルちゃんが好きなんだなって、再確認。
前に、イナリちゃんと『なぜ好きになれないのか』なんて会話してたのが嘘みたい。
カサネの選択次第では、また、独り占め出来る……
そう欲が湧いた途端――ゾッと鳥肌。
気付いてしまったのだ。もしも……もしも、カサネ以外の子も同じ様な――。
「……」
ねぇ、ツルちゃん。貴方は、そうなったら、どんな気持ちになるの?
どんな表情になる? 多分、いや絶対。
それを見てしまえば、カサネは――動けなくなる。
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