21

【幕間】


▼ 蘇芳家 ▲


どすっどすっどすっ と、さっきから二階がうるさい。

「ったく。ガキども、旅行前だからって少し騒ぎすぎだろ? 怒鳴り込んでやろうか」

「まぁまぁいいじゃないですか。明日からカサネが居なくなって逆に静かで寂しくなるんですから」

呆れる俺に対し、クスリと微笑む家内。

「それに、イナリちゃんも居るカサネの部屋にあなた、怒鳴り込みに行けますか?」

「うっ……そりゃあお前いくらお嬢でもこっちは大人だし、言う時はビシッとだな……」

「まぁ、イナリちゃんは素直だし普通に謝るでしょうね。でも、あの部屋にはもう一人、鋏ちゃんが居ますよ?」

「……わかってるよ」

怒鳴った所で、あの悪ガキが素直に耳を傾けるなんて事は無い。夜食でも作らされるのがオチだ。

「ふふ。カサネ、すっかり恋する気持ちを『取り戻せた』ようですね」

「ケッ、俺はカサネを鋏にやるのは認めねぇからな。尾裂狐でも手を焼く五色と親族になった暁には、胃が穴だらけになっちまう」

「あなたったら……素直じゃありませんね。これがカサネの一番の幸せだと、理解しているでしょうに」

「……ふん、何の話かわかんねぇな。(プルルル)あ? ったく、こんな夜に電話か?」


家内の追求から逃げるように立ち上がり、電話機の所へ。


「はい、蘇芳ですが。……もしもし?」

何も聞こえない。いや、僅かながら、息遣いは聞こえるが……。

「もしもし? イタズラなら切りますよ?」


『――、――、――』


その電話は、イタズラでは無かった。

電話先の相手は、ぼそりと名乗る。相手は俺の知る名の男だ。もう、聞く事の無いと思った声だった。一瞬で込み上げる怒りで体が熱くなる一方、芯の部分は冷えているという気持ち悪い感覚。

「……俺から話す事は何も無い。もう二度とかけて来るな。本当に『あの子』を想うならな」

一方的に俺は受話器を置く。振り返ると、家内は不安そうな顔をしていた。電話の相手に、察しがついているのだろう。

「もしかして……」

「ああ。カサネの親父からだよ。『本当の』な」

明日から、あいつらはきつね島に行く。

これは、全て偶然か? 鋏の奴、何が『視えて』いる?

ったく、頼むぜ。

頼むからカサネを悲しませるようなオチにしないでくれと、俺は願うしか出来ない。


▼ とある宗教団体本部 ▲


「皆に集まって貰ったのは他でも無い。例の準備が整った事を報告する為だ」


薄暗い会議室にて――仮面を付けた代表の男の報告に、同じく仮面を付けた幹部達が「「「おお……」」」と歓喜の声を漏らす。幹部達の国籍も様々で、それぞれが国の伝統的な仮面で素顔を隠していた。

「そう。我らの悲願……『ホームの奪還』。今は尾裂狐の連中に不当に占拠されているあの島だが……明日明後日の土日、行動に出るつもりだ。加えて。どうやら、明日は【神】も島の方に舞い戻られる御様子だ」

「おお……神が……」「お会いするのは何年振りだろうか……」「我らの団体が完全復活するには必要な方だ」

口々にそう呟く幹部達は、表の世界で『大女優』、『代議士』、『一流大学教授』、『有名アーティスト』などという立派な肩書きがある。そんな者達が、明日、積み重ねてきたもの全てを平然と投げ捨ててまで作戦を決行しようというのだ。まさに、狂気の沙汰。

「明日の為に、多くの強力な呪具を用意している。――皆の者。作戦の成功の為、結束を固めようではないか。ミーガミガ!」

「「「ミーガミガ!!!」」」

仮面の者達は、片手に持ったワイングラスを一斉に掲げる。


我ら【希望の会】の、漆黒の夜は、深まっていく……。


▼ 海外某所 ▲


 リィリィ。鈴虫が寂しく鳴いている。


月あかりと、教会から漏れる赤い炎だけが光源の、夜中の時分。

「偉大なる神の一族に牙を向ける異教徒め!! 神の裁きを受け――ッッ!? か、体が重」

「人々を苦しめる神になど存在意義はありません。沈みなさい」

最後の一人となった残党を片付け、ようやく一息。改めて周囲に目をやる。

焦げ臭さ、埃っぽさ、血の鉄臭さが混じった空気……わたくしが仕事をした後の現場はいつもこうなってしまう。

「カミグチ様……! ありがとうございますありがとうございます! これで我々は! この地を数世紀も縛り付けていた邪教から漸く解放されます……!」

「長、頭を上げてくださいまし。此度の事はわたくしにとってはただの仕事。いえ……殆どが自己満足と愚かな使命感ですわ」

言っても、村の人々は何度も感謝の意を口にする。埒があかないと判断したわたくしは早々に仲間達と共に村を離れた。

その帰路の道中。

「ふふ、今回も流石の仕事の早さだったね、ウカ。伊達に【ゴッドイーター】の二つ名を掲げていない」

「あらゆる魔術も近代兵器も! ウカ様の前では妨げにすらなりませんね!」

「【組織】でも話題だよ。齢は一四と若いが、全てを束ねる次期ボスは君だろう、と」

仲間達の賞賛の声がむず痒い。

「しかし……君が下した、あの教祖どもの亡骸はどういった流れでああなったんだい? かたや落雷でも浴びたように黒焦げ、かたや何百年も歳をとったかのようなミイラ化、かたや壊れた人形のように身体がグニャグニャに」

「ちょっと! デリカシーがないのですか! ウカ様が仕事の内容を話したがらないのを知っているでしょう!」

あの現場は、一般人が見れば一生ものの心の傷になるであろう凄惨な光景……しかし、わたくしはもう、慣れてしまっていた。いや、慣れたのではなく、どこか大事な部分が麻痺しているのだろう。

「いいんですのよ、気になさらないで。……あの者達は、自らの持つ呪具の恐ろしさを知らな過ぎたのです」

何世紀もあの宗教の中で受け継がれ、あの地の支配の中心となっていた呪具達。しかし呪具達も、自分達が正しく運用されぬ事に嫌気がさしたのだろう。

わたくしに『呪具が通用せず』奴らが怯えた途端。呪具達はその力を奴らに思い知らせた。今まで苦しめて来た者達の恨みを浴びせるように。

「あの者達は呪具をただの便利な道具としてしか見ていなかった。呪具にも意思があるというのに」

「なるほどなるほどー! 呪具達は強者であるウカ様を待っていたのですね! 呪具は使用者の精神力で動くモノ! 心が折れた者がその力を暴走させ自滅したという話はよく聞きます! 流石ウカ様です!」

「そ、そんなに褒めちぎらないでくださいまし」

わたくしなど、『あの方』に比べればまだまだだというのに。

「あややー? ウカ様、何をニコニコしてるんですー?」

「ふふ……いえ。明日から久々の休養を頂けるので」

あの方の事を考えるだけで、胸がドキドキと高なる。

あの方の前でだけは、今でもわたくしは、『普通の女の子』に戻れる。

明日――わたくしは一人帰国する。あの方に、会えるのだ。

ポツリと、仲間達に聞こえぬよう、わたくしは呟いた。


「待っていて下さいまし――イナリお姉様」

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