19
授業から抜け出し、ついでに目に入ったイナリを引っ張って来て、ブルジョワ達が集まる場所まで辿り着くと……そこは初等部の学舎で。
なんとなしに廊下の窓から教室を覗くと、そこではモガミが取り仕切って初等部生らに何やら発表をさせていた。
教室の後ろに大人達が並んでいる所を見ると、どうやら授業参観のようで……発表の内容も、親の仕事内容を説明し、『自分も立派に継ぎたいですっ』と締め括るというほのぼのしい内容。
どの坊ちゃん嬢ちゃんも良いとこの家柄らしく――この学園は何故だか金持ちに人気――やれ貿易会社社長だの商社社長だの警視総監だの広域暴力団組長だの某国の王だのと、親がバラエティに富んでいて……
そんな中で、見知った幼女を見つける。
幼女の発表によると、彼女の親の会社は最近力を伸ばし始めた食品会社らしく、農業漁業畜産などの製造や加工、販売まで幅広くやっているようだ。
恥じる事無い立派な家柄……だが、やはり周囲と比べるとスケールはそこまで大きくは無く。
結果。
周りの子供達、しまいには大人達までもクスクスと笑い出す始末。幼女は俯き出し、後ろにいる母親も申し訳無さそうな顔になって……。
「そしたら鋏の奴、教室に殴り込んだんだよ。『オラオラ愚民ども神のお通りだぁ!』とか叫びながらな。まぁあたしもイラついてたとこだったが」
「急遽、病欠した担任の代わりに私が授業を受け持つ事になったのですが……その時に限って問題を起こさないで下さい」
「問題とは失礼ね。僕らはただ子供達の参考にと流れに乗じて家業を紹介しただけだよ」
皆が注目する中、尾裂狐家の名前を出した、途端、大人達が皆青ざめる。
尾裂狐家。
この世界で地位を手に入れ裏にも表にも通じた者に、この組織を知らぬ者は居ない。
寧ろ知らない方が身の為とまで言われる嫌われぶり。
名を聞けば、鬼も逃げ出すと忌避される一族。
警視総監でも組長でも国王ですら目をそらすアンタッチャブル。
目を付けられたが最後、組織どころか国ごと地図から消される(らしい)。
『あ、かみさまだー!』と気さくに声を掛ける幼女に、『おひさー』と気さくに返す僕。
それで十分。
大人達が――幼女の家とこいつらには繋がりがあるのだ、と――気付くには十分過ぎる遣り取り。
先程の愚行を思い出したのか、青ざめた顔に滝のような汗を流し出す。
これでもう、今後幼女が馬鹿にされる事はないだろう。
僕らと深く関わった以上、もう幼女の家は身内も同然。
尾裂狐は、身内を貶す相手には容赦しない。
「――と、まぁそんな感じでガキどもの授業を冷やかしてたわけよ。回想終わり」
「……もう。尾裂狐の名前持ち出して周り脅すなんて、ツルちゃんたら大人気なくない? イナリちゃんも便乗してないでさー」
「……あたしだって、極力家の名前は出したくなかったんだよ」
「甘い甘い、半端な言葉の応酬は時間の無駄。大人には権力という暴力を振りかざすのが一番なんだよ。逆に、子供の前だってのに、それでビビるようなあの大人達が僕は情けないと思うねっ。僕ならカッコつけても売られた喧嘩は買うぜ」
「……皆が鋏さんのように強くはないのですよ」
『男は度胸、何でも試してみるもんさ』って名言が大好きな僕だが、誰の言葉だったか。
「鋏、脱線してないでその子の感謝の言葉を受け取りなさい」
「そうだった。楽しかったねー幼女ちゃんっ」
「うん! かみさまのおかげでみんなからソンケーのまなざしもらったよー。そんでっ、ママがこのまえのこともふくめてオレーしたいんだってー」
「まじかー。でもなー、いくら奥さんの頼みとはいえ、円満な家庭を壊すわけにはなー」
「ツルちゃんどんな勘違いしてるの!?」
「? ママはコーキューなおにくとかシンセンなおさかなとかおやさいいっぱいオクルーっていってたよー?」
「なるほど、流石食品会社。一杯貰えるんなら……、ふむ、成る程。それだ」
「んー? ま、いいや! ねぇかみさま! こんどのやすみにでーとしよ!」
「唐突だなー」
おっと、デートという言葉にヒロイン三人の纏う空気が変わる。幼女相手に大人げないな!
「ごめんねー、今度の休みは無理かなー」
「えー! わたしがたのんでるのにー!」
「君お姫様の素質あるなぁ。ま、デートはまた今度ね、約束」
膝を曲げて目線を合わせながら小指を差し出すと、幼女は不満気に頬を膨らませつつも僕に小枝のような指を絡めた。
同時に、デートを断ったほんのお詫びに、僕は幼女ちゃんにもう一つのモノを小指を伝って絡ませる。それは、キラキラと輝く【金色の糸】。
「いいかい? ママにも言われてるだろうけど良い事をしたら良い事が帰ってくるんだ。神様が言うんだから間違いない。それを忘れないでね」
「んー? うん!」
指を離すと、幼女ちゃんの小指からバッと金の糸が拡散し始め、あらゆる方向へと飛んでいく。
「お話は済んだ様子ですね。では、そろそろ失礼しまょうか」
モガミは幼女ちゃんの肩に手を置き、廊下へと連れ出す。
「ばいばいかみさまー」 パタパタ手を振りながら、幼女ちゃんとモガミは生徒会室から去った。
と。直後に、廊下の方からバタバタと騒がしい足音が扉越しに聞こえてきて。
『あ、ままー!』
『……申し訳ございませんが、保護者の方といえど、校内を走り回るのは』
『す、すいません! そ、それで、あの、急なんですけど、この子と一緒に早退してよろしいですか!?』
『理由次第です。何か?』
『ウチの会社にいきなり! 大企業の方々が新規の仕事の依頼を寄越してきたようで! 対応の為に帰らないとで! するとこの子をまた迎えに来れそうになくて!』
『……わかりました。担任の方に私が言っておきます』
新規の仕事の依頼、それも大企業からの。幼女ちゃんの家の会社にとって、これほどの良き縁の巡り合わせはそうそうあるまい。
金の縁糸は幸運へと繋がる道筋。彼女はまさに、家にとってラッキーガールとなった。
「あんた、また何かしたわね」
疑問ではなく、確信で問うて来る妹に、「もちろん」と返す僕であった。
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