8
――その後。
少ししてから警察が到着。女子大生は当然御用となったわけだが……女子大生の後を警官と共に着いて行く男は、ギロリ、オーナーの作ったオニギリを頬張る少女を睨めつけ、吐き捨てた。
『絶対に……! お前は忘れないぞ……!』
『もぐ? (ごくん)あー、残念。僕らの間にはもう【縁は無い】よ』
そんなこんなで。
コレが、あたしと鋏の出逢いの日の出来事。まぁ――今日の飲食店での事も含め――そんな出来事ですら、鋏と巻き込まれた中では【地味な事件の部類】だけれど。
話はもう少し続き……
ペンションでの事件の翌日。オーナーの車で駅まで送って貰ったのは、あたしと鋏だけ。二人きりになってしまったのだ。
『で、この後どうする? どこ行こっか?』
『なんで一緒に行動する前提なんだよ。あたしは……このまま帰る』
『京都に? 東北には行かんの?』
『なんで当然のように色々把握してんだ気持ち悪りぃ……お前にゃ関係ねぇだろ、帰れ』
『僕……今家には帰れない身なんだよねぇ』
『……なんだよ、厄介な事情でもあんのか?』
『姉妹と喧嘩して家出中なんだ』
『帰れよ!』
その後も鋏はしつこく絡んで来て、結局、何故か一緒に東北へと行く事に。
『ほらほらバスが来たよっ(ムギュ)』
『お、おい、馴れ馴れしく腕組むんじゃねぇよ』
何故か早くなる心臓。
地元京都でも、あたしを師匠だの先輩だのとやけにベタベタ慕って来る後輩女共がいたが、ここまで動揺はしなかった。
異性など論外で、尾裂狐の家の男達に比べたら外の男はナヨナヨと情け無いという思いしか無くって……なのに、同姓相手にこんなに焦るなんて。あたしにそっちの趣味は無い、と、この時は必死に自分に言い聞かせていた。
電車を乗り継ぎバスを乗り継ぎ……数時間後、着いたのは、杜の都仙台。
『美味しい牛タンの店に案内したげるぜッ』
『……詳しいみたいだが、お前、やっぱこっちの人間なのか?』
『ひ、み、つ』
この時の鋏と来たら矢鱈自分の事を話したがらず、理由を訊ねれば、その方がミステリアスなキャラっぽいから、という適当な返答で……本当に、それ以外の理由は無かったのだろう。結局――それからの三日間で知れたのは、名前と【本当の性別】くらいだった。(ホテルの大浴場の女湯にて判明。あたし以外誰も騒がなかった)
『ねぇイナリ、僕まだ家の方に帰り辛いから、どっかの安アパート借りて暮らそうぜ』
はじめに提案して来たのは鋏。あたしの春休みの終わりを来週に控えたその日のお昼、そんな事をラーメンを啜りながら話す鋏に、あたしは。
『……んな事言っても簡単に借りられるもんじゃねぇだろ。未成年だから親の承認必要だし、それ以前にそろそろ帰ってこいって、家の奴らもうるせぇし』
『なに、ビビってんの? このチキン野郎! ママのお尻にキスしな!』
『何で欧米風な煽りなんだ』
『じゃあ家の承認あれば良いんだね?』と鋏は何処かに電話し始める。
『もしもし? あ、狐花(こんか)さんおひさー。今君んとこのイナリちゃんと一緒なんだけどさー、うん、理由は聞かず仙台のどっかのアパート確保してくれなーい? うんボロいのでも良いから。うんじゃあ決まったらまた電話で、うんはいよろしくー(ピッ)』
『……おい。何でお前今、普通にウチのお袋と話してたんだ。知り合いなのか? ダチ感覚で連絡先交換出来る相手じゃねぇぞ?』
『ひ、み、つ』
そのままトントン拍子に始まる同棲生活。意外にも特に事件は起きず、ゆっくり、時間が過ぎて行く。
少しだが、鋏も自分の事を話してくれたりした。肝心な事は言わなかったが……『あの日可愛い服着てたのは、家出の時間違えて妹の服持って来たから』とか『あの日爆弾を解体出来たのは、自分には繋がりを断つ力があるから』だとか、よく分からない話だったが……鋏の一部に触れられたような気がして、悪い気はしなかった。出逢った時の警戒心はどこへやら。
――漠然と、永く続くと思っていた気分屋との生活。その終わりは……始まりから一週間後……伝えていなかったあたしの春休み最後の日に、唐突に、迎えた。
朝起きると、隣に居ない同居人。机には、らしい、あっさりとした書き置き一枚で、『ちょっと家に帰る』と、その一文だけ。
ちょっと、と書いてはいたが、帰って来ない事は、あの男と過ごしたあたしには解っていた。
部屋を飛び出すあたし。頭の中はゴチャゴチャで冷静さを失っていて……ただガムシャラに走った。名前と顔しか知らず、携帯の番号も知らない同居人。そいつに、ただ、文句を言いたいが為に走った。
思えば。当時のあたしは、実家の事や将来の事で色々悩みがあったから気分転換に旅に出た……と思っていた。が、実際は、【探し物】をしていたのだと、走りながら気付く。
幼少期から、あたしは何かを探していた。人なのか、物なのか、場所なのか……雲のように形も無く触れられない何かを、闇雲に求めていた。
そうしてそのモヤモヤは……あの日長野であいつに会って以来、感じなくなっていた。
――走って走って走り続けて……あたしは肩で息をしながら、【その場所】で足を止める。
何故そこで? と問われれば、今ならば【縁に導かれたから】と答えられる。
そこは、やけに混んでいた。見渡せば、成る程、その日は【祭の日】らしくって。
『……あら? もしかして、イナリ? 春休みだからって京都からわざわざ【五色神社】まで来たの? 裸足で? 凄いわね』
『お前、ユエか? 何だお前そんな巫女装束何か着て……、ああ、そういや【神社の娘】って言ってたな』
ユエの親とウチの親同士が昔からの仲だというのでその関係で彼女との面識はあった。確か更に上に姉が居るとは聞いていたが……ん?
五色、神社?
『そ。で、今日はウチの例祭の日でね、大忙しなわけよ。さっき【数日家出をしていた主役】も帰って来て、余計にバタバタしてんの』
主役が……家出を?
『あ、もうメインの五色神楽が始まるみたいね。貴方も神楽殿まで見に来る? 忙しいんだけど、参拝客の案内って名目でサボれるし』 その時のユエの含み笑いは、【誰かさんの名残】を感じさせた。
曖昧に頷いたあたしは、ユエについて行き……そうして、見つける。
神楽殿に、一人の巫女。
袖と丈の短いミニ巫女装束を着て左手には【黄緑赤白青の細長い布】を、右手には【桜色のハサミ】を持ち優雅に舞っている。
周りの客も言葉を失う程に、目を外せない程に、惹きつけるその姿。
神楽神楽とは本来、神を楽しませる為に巫女が踊るという神事だ。なのに。あいつは、まるで自分が楽しむ為に動いているようで。
『あれは……あいつは、何だ?』
『ん? 件の主役よ。『踊るのやだ!』って理由で家出してた我儘な、ね』
『……そういう意味じゃなくって』
『ああ。【縁切り神社】であるウチの【神様】よ』
――ユエ曰く。
五色神社には少し前まで、【鋏】という名の一本のハサミがあったらしい。それはここの御神体。縁切り神社の御神体。
そのハサミは、祈れば、良縁から悪縁まで凡ゆる縁を切ってくれるという。数百年前からあるこの神社を支えた、【いわく付き】の本物。
が、ある日そのハサミは唐突にその力を失い、中身の無い、脱け殻のハサミとなった。
しかし……中身は、意外な所へと【移住していた】のだ。
『つるぎ様が居なくなった翌日――今あそこで踊ってるあの子が丁度生まれたの。【つるぎ様の力を宿して】、ね。そうして、あの子はつるぎ様の名を引き継いだ』
『……、今の話は、本当か?』
『ふふっ。この神社に訪れた人みんなにこの話はしているわ。【そういうストーリー】があった方が、色々と面白いでしょう?』
『嘘だ、とは言わないんだな』
『話は微妙に違うけどもね。あら――その顔。成る程、貴方だったのね。ここ数日、私の【兄に】振り回された可哀想な人は』
『…………』
『あんまりあの子を見ない方が良いわよ。目でも合って、魅入られたりでもしたら大変だわ。ほら、浦島太郎とか輝夜姫とかの昔話でよくあるじゃない。――【世の理から外れた者】に関わると、戻れなくなるわよ』
あたしは……鋏から目が離せない。ふと。鋏が踊りながらこちらに気付いて――パチリとウィンクをした。
『あらら。どうやら手遅れだったようね』
すぐ隣から、ため息が聞こえた、気がした。
「ムニャムニャ……あー、来てくれたんだーイナリー」
ハッと、あたしは意識を起こす。昔話を思い返していた途中で、半分夢の世界に入っていたようだ。
「見て見てイナリー、この神楽の振り付け即興なんだよームニャムニャ」
……なんだこいつ、まさか、あたしと同じ夢を見てるってのか? ……こいつならあり得るなと思いつつ、乱れた鋏の布団を戻す。
あの日。何故、鋏はあたしに『目を付けた』のか。
こいつがあたしに構ってくる理由を、未だにあたしは解っていない
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