――春休みの時だった。


当時、実家のある京都に住んでいたあたしは、ふと一人旅行がしたくなり、高速バスでなんとなしに東北を目指していた。

だが途中、長野県某所のパーキングエリアにてバスに乗り遅れてしまい(普通は待ってくれるらしいが)、後続のバスを待つのも面倒臭くなって、止む無く、本当に止む無く、携帯で調べて一番近くにあったペンションで一泊する事に。(パーキングエリアで一夜は嫌だった)

そのペンションは、冬になればスキー客で賑わう人気の宿のようで、食事も美味しくリピーターも多い所らしくって……いや。

あたしは必死にビジネスホテルを探したのだ。そんな『いかにも事件が起きそう』な場所よりかは、静かなビジホをと探したのだったが……結局どこも満室で、そこしかなかったのだ。

――何故、毎度こんなに気を遣わなければいけないのだろう。何が【探偵体質】だ。あたしは……だから昔から運命論だとか縁だとか占いだとかいう胡散臭い言葉やモノが嫌いだった。未来は憂鬱だった。

忙しない日々こそ尾裂狐の女の運命、と母は言っていたが、到底納得は出来なくって……でも……こんな悩みも、後に【些細なもの】と思えるようになって気にしなくなるのだけれど。

……話を戻そう。

宿に居た人間は当時十人ほど。カメラマンやサラリーマン、大学生の男女、中年夫婦のオーナーに二十代の従業員らなど年代は様々で……私は極力その者らとの交流を避けた。が――嫌な予感は的中するもので、案の定事件は起きた。

突如、玄関近くの談話室で見つかった【バラバラ死体】。騒ぎ出す宿泊客と従業員達。あたしの見た感じでは欠員は無い。つまりは知らぬ誰かの死体。

あたしは即座に言った。『こんなん付き合ってられっか! あたしは部屋に籠るっ!』と。例え、犯人が今居るこいつらを皆殺しにして部屋に来るなら逆に返り討ちに出来る自信はあったし、何より、事件に関わりたくなかったのだ。

だがそうは問屋がおろさず、あたしの存在を知っていたらしい女従業員が、『この子あの有名なJK探偵だ! どうにかして!』と縋って来た。この展開を避けたかったってのに……もう犯人の目処はついていたが……事件などどうでも良い。

この状況からどう脱しようかと、あたしが推理よりも頭を巡らせていた、その時だ。


あいつは現れた。


突如、カランと揺れる玄関の鈴。皆がそちらに目をやる。誰かが呼んだであろう警察、ではなく、その訪問者は、リュックを背負った一人の【少女】だった。

甘い香りを放っていそうなミルクティー色の綺麗な長髪、男受けの良さそうなおっとり目元(悪く言えば無気力で眠そうな)、女らしいフリフリのガーリーな服を纏った、場違いな程に美しい少女。

少女はチラリ、この談話室を血生臭くさせているバラバラ死体を一瞥し、第一声。

『さっき予約の電話した五色でーす、夕飯今からいけますかー?』

『えっ』 オーナーの中年男性が動揺した顔で訊き返す。場に居た者達は思ったろう。少女は現状をドッキリか何かだと勘違いしているんだ、と。

が、あたしはここで、即座に警戒心を強めた。少女は勘違いなどしていない。あの目は【慣れている】者の目。そして【匂い】だ。目の前の少女からは【あたしと同じ匂い】を感じた。

あたしと同類。カタギとは程遠い匂い。既にあたしの中では殺人犯など蚊帳の外。

『いや、夕食どころでは……というか、その服についてる白いのは、まさか、雪?』

『はぁ。季節外れな春のドカ雪っすね。車も動けないレベルで積もってますよ』

『じゃ、じゃあこのペンションに閉じ込められたって事!? 警察も遅れる!? やだ! おうち帰りたい!』と泣き喚く女子大生は側にいた同じ大学の男にしか相手にされず、

『ならお客様は、どうやってここまで……?』

『そんなん今はいいじゃないっすか。夕飯頂きたいんすけど。お腹ぺこちゃん』

『……先程も申し上げました通り、この通り今は夕食を作れるような落ち着いた状況では……せめて警察の方が着き次第に』

『えー。まじな殺人事件なんだぁ、ツイてないなぁ……あ、なら、【犯人がハッキリすれば】落ち着けるって事で?』

そう口にした少女は、チラリ、あたしを見た。……なんだ? こいつもあたしを知ってんのか? あたしに仕事をしろ、と?


だが、少女は直ぐにあたしから目線を移し――未だ泣きじゃくる女子大生を見て、

『だったら、犯人この人だよ』 と。場の時間を止めた。


……驚いた事に、あたしの付けた犯人の目星もその女で……先に口を開いたのは、側にいた男。

『き、君は何を? マイが犯人、だって? 冗談はよしてくれ、彼女はずっと俺と一緒に居たんだ』

『はぁ』 少女は一息吐き、


『メンドイんで一気に説明するけど――そこの死体がそのマイさんで、ここに居るのは双子の妹のメイさんだよ。巧妙に女性の死体と分からないようにバラバラにしてる。動機は貴方、お兄さんをモノにする為だろう。言い争いからの衝動的な犯行だね、痴情のもつれってやつ? で、別の場所でバラしてここまでバッグで運んで来た訳なんだけどこのままじゃいずれバレるってんで、この後このペンションごと爆破して証拠隠滅するつもりだったようだ。勿論お兄さんとそこのメイさんだけが生き残れるよう上手く動いてね。お誂え向きに、大学では爆弾くらい容易に作れるような数学系の分野を研究してたんでしょ? 木を隠すなら森、死体を隠すなら死体の山にってワケ。全体的にガバガバな計画に見えるけど、自分達が疑われぬよう上手くに隠蔽出来る準備も整っていたようだね。僕という存在が居なければ完璧だったろう。さて、質問は?』


……。再び、談話室の時が止まる。なんなんだ、こいつは。

全てが口からのデマカセ、で無いのは女子大生の引き攣った表情から読み取れる。それに、あたしの推理――女子大生のバッグや体から火薬と血の匂いを感じていた――と照らし合わせても矛盾は無い。だが……本当になんなんだ?

この場に来たばかりのこいつがしたのは、推理なんかじゃない。この場で得られる情報だけでは辿り着けない答え。

例えるなら【推理小説を後ろから読んでいたような】、そんな芸当をして見せた。漫画やドラマなら苦情が来る展開。【過去視】か何かを使って?

いや、こいつのは、もっと反則的な……。

『で、デタラメだ。マイだろうとメイだろうと、そんな酷い真似が出来る女の子じゃないっ、初対面の君に何が分かる!?』

『【視ればわかる】、って言っても通じないよねぇ。なら、手っ取り早く』

『バッグを見ればいい。だろ?』

あたしは、気付けば少女に口を出していた。この件には関わるつもりは無かった筈なのに……気付けば、行動に出ていた。

『ん、そうそう』と少女は頷き、それが女子大生のモノと分かってたかのように談話室テーブルの側にあるバッグへと近付いて行って『ダメ――!!』

部屋に木霊する叫び声。女子大生は駆け出し、大きめのバッグを拾って胸に抱え込む。

……最早、この行動が【自白】のようなものだ。

『はい、そんなワケで犯人カクテー。オーナー、夕飯お願いしまーす』

少女の気の抜けた声は、しかし誰も取り合う様子は無く、

『待てや! つ、つまりはこの女、ホンマにワシら全員を爆破するつもりだったってことかいな!? とんでもないアマやで! シバいときたいとこやが、今んとこは警察来るまで縛るだけで勘弁しといたるわ!』

今まで顔を恐怖に染めていた関西弁の中年サラリーマンが、一転、鬼の首を取ったようにイキイキとし始め、女子大生へと迫る。

『ん? なんや兄ちゃん、そこどいてくれや』

『……こ、これは何かの間違いだっ。マイもメイも、何か事情があって……!』

『兄ちゃん、気持ちはわかるが今は緊急事態や。その女とゆっくり話したいんやったら明日、警察署の中でやってくれ。む、なんや、手放さんかい』

『指一本触れさせないぞ!』

取っ組み合う男と中年サラリーマン。オーナー夫妻や従業員、犯人の女子大生ですらオロオロする中……ある意味この現状を作り出した張本人たる少女は、【嘲笑っていた】。

そのあまりの身勝手さは、人間の争う醜い姿を嗤う【傲慢な神】をイメージさせた。


――と。急に、もつれ合う雑音が消えたなと視線を戻すと、


『な……! に、兄ちゃん血迷ったか!? そんなんワシに向けるなやっ!』

男は、側にあったスキーストックを握り締め、中年サラリーマンに向けていた。

『れ、冷静になれや! その女の為にそこまでする価値があるんか!? いずれは兄ちゃんも邪魔になって消されて』

『何も知らないお前がこの子を語るなああああ!!』


男は思いっきり、腕を伸ばしストックを突き立てて――――――キンッ。


……、……中年サラリーマンの悲鳴は響かず、代わりに聞こえたのは、鋭い金属音。同時に ヒュン とこちらに飛んだ来た【ソレ】をあたしはキャッチする。

……スキーストック、の、先端。

あたしは見た。というか目で追えたのはあたしくらいだろうが……男が中年サラリーマンに突き立てる、その刹那、少女が間に割り込み、スキーストックを【手で払いのけた】のだ。

飛んで来た先端をよく見る。

【綺麗な切断面】。

名刀とでも対峙すればこのような結果を招くだろう。

規格外の少女の【手刀】。

『な、なんや知らんが、おおきに、嬢ちゃん』

『これ以上ごちゃごちゃされると更に夕飯食べられなくなりそうだからね』

まだ諦めてなかったらしい。

『……ああっ。思えば、全部お前のせいだ。お前が来たから! お前が来なければ!!』

男は、懲りずに先端の消えたスキーストックを、今度は少女に向けて、

『――【動くな】』

流石のあたしも、もう他人事では居られない。

あたしの【絶対的命令】により、男はおろか場に居た一般人らが ピタリ 動きを止める。


ドスン。あたしの命令により、硬直した女子大生の腕の中から落ちるバッグ。


……カチ、カチ、カチ……何やら、何かを刻むような嫌な音。

『アチャー。バッグに入ってる爆弾、落ちた衝撃で作動しちゃったんじゃない?』

当たり前の様に動いてる少女――この力はあたしと同等かそれ以上の者には効かない――に対してあたしの驚きは少なかったが、爆弾が作動、という言葉には多少の焦りを覚えた。少女は跼み、バッグを開け、【メロン大の銀の球】を取り出した。パッと見た感じ、ただの目覚まし時計か何かにしか見えないが……。

『見た目で侮っちゃいけないよ。こんなんでも、このペンションを吹き飛ばす威力はあるようだ。あ、デジタルタイマーの表示だと……あと一〇秒でドカンね』

『か、貸せ! あたしが外にぶん投げてやる!』

『そんな事しないでも、機能を【断ち切れば】いいんだよ。えいっ』

『――ッ!?』


少女は爆弾を床に置き【チョップ】した。――ストンと、綺麗に真っ二つに分かれる爆弾。


何してんだ! と叫びたくもあったが、反射的に両腕で体を護る。……、……、……爆発、しない?

『ウンガイイナー、ちょうど上手い具合に【繋ぎ】を切れたようだねー』

少女が棒読みで何かを言っているが……あの形状の爆弾が経験上、ぶった切るだけで止まるなどあり得ない。普通は、下手な刺激を与えただけでドカン、だった筈。


この少女は【何を切った】んだ?

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