第31話 変態後輩と猫耳メイド

「あー……いよいよ暑くなってきたな……しかも湿度が高いジメジメ系のやつ……」


 6月に入って、梅雨が本格的に近づいてきているのが天候とか気温でなんとなく目に見えるようになってきた。

 ちょっと買い物に出ただけで、汗が首を伝って下に流れ落ちていきやがる……。

 俺は少しイラッとしながら家の扉を開けた。


「お帰りなさいませっ! ご主人様!」

「すみません、間違えました」


 開けたばかりの扉をそっと閉じた。

 家に帰ってきたと思ったら、俺は暑すぎて帰る場所を間違えたようだ。

 ……だってそうだろ? 家に帰ったら……。


 ――俺は深呼吸をしてからもう1度扉を開けた。


「お帰りなさいませっ! ご主人様!」


 さっきと寸分違わず、満面の笑みを浮かべた変態の後輩がメイド姿で立っていたら……誰だって1回は間違えたと思うだろ?

 しかも……!


「なんだよその格好!? ってか猫耳!?」


 普通のメイドでも珍しいってのに猫耳とか情報過多過ぎるだろ!


「あ、犬耳とかの方がよかったですかっ? すぐに準備を!」

「違う! 俺は耳の種類の話をしてるんじゃねえ! なんでメイド服を着てるかが聞きたいんだよ!」

 

 というか犬耳も準備されてんの!? 備えすぎだろ!

 その前になんでメイド服なんて物が家にあるのかも気になるし!


「注文していた物がようやく届いたんですよー! どうですかっ?」

「……脱げ。なんか落ち着かん」

「きゃっ♪ こんなお昼から脱げだなんて……せんぱいったら大胆♪ でも、せんぱいがそう望むならっ!」

「違えよ! 全裸になれって言ってんじゃねえ! メイド服なんて見慣れてないから視覚的違和感がやばいから落ち着かねえんだよ!」


 そういった意味ではむしろメイド服より全裸の方が見慣れてて安心感があるぐらいではあるけど!

 

「……で、注文してたとはいえ……何でまたメイド?」

「わたしの忠義を形にしてせんぱいに本格的なご奉仕をしてあげたいと思いまして。くふふっ、年下の可愛い後輩がメイド服を着て尽くすってせんぱい的にはどうですかっ? グッときませんかっ?」

「それ自分で言わなきゃちょっとはグッときてたかもな!」


 打算的が過ぎてもう狙ってるようにしか思えなくなったわ。

 改めて奏多のメイド姿を上から下まで眺めていく。


 確かに見た目がいいし、ミニスカと猫耳と太ももまでの白のニーハイであざとさがマシマシだ。

 俺じゃなかったら騙されてころっといってるだろうな。

 

「おっ? 何ですか? やっぱり欲情しましたかっ!? 更にはこれ、ガーターベルトなんですよ? ほらほらぁ!」

「ちょっ、バカ! スカートをたくし上げるな! 見えるだろうが!」

「見せてるんですよぉ♪」

「やめろ! 迫ってくるな!」


 こいつ変態から痴女にジョブチェンジしたのか!? そうなんだな!?


「では、せんぱい! 早速ご命令を! なんなりと!」

「じゃあ焼きそばパン買ってこい」

「何でですかぁーっ! それじゃただのパシリじゃないですか! メイドってそういうものじゃないでしょっ!?」


 命令しろって言われたから命令したのに……。

 文句の多い奴だ。


「他って言われてもなぁ……」

「ありますよねっ! えっちなこととか性的なこととか!」

「頼める幅が狭いな!? メイドってそういうものでもないだろ! 本職の方々に失礼だろうが!」


 お前のようなメイドがいてたまるか! これだから変態は!


「とにかく! 何かご奉仕させてくださいよぉ!」

「……いつもとやってること変わらなくね?」

「えー?」

「だってお前、基本的に料理ちゃんとしてるし、掃除もこなしてるし……言いたくはないけど、言われなくてもいつも俺に尽くしてるようなもんだろ」

「なるほどぉ……つまり、せんぱいはわたしのことを既に立派な専属メイドだって言ってるんですね?」

「全然違うな」


 同じ日本語で話しているのに、意思の疎通が難しすぎない?

 何だこいつ宇宙人か?


「んー……じゃあ耳かきしましょうか?」

「はぁ?」

「ですから耳かきですっ! ほらほら、こっちに来てくださいっ!」


 奏多はソファに座って、自らの太ももをポンポンと叩く。

 急に何だよ? 耳かきぃ?

 ……はぁ。ま、これ以上変態的なこと言われても疲れるだけだしな……それに比べればまだマシな方か。


「……耳かきが終わったらちゃんと着替えろよ? それが絶対条件だぞ」

「はいっ。お任せくださいっ」


 俺は諦めて、奏多の太ももに頭を乗せて横を向く。

 うわっ……何でこんな温かくて柔らかくていい匂いすんの? やっぱり宇宙人なのでは?


「はーい、いきますよぉ?」

「お前耳かきの経験は?」

「魚の口から割り箸をぐりぐり突っ込んで内臓を取り出す感覚と似てますよね」 


 おっと、俺の鼓膜がピンチだぞ?


「……やっぱやめてもらっていい?」

「大丈夫ですよぉ、じょーだんです。何回もお姉ちゃんのをやってあげたことがあります」

「心臓に悪い冗談はやめてもらおうか」


 こいつは本音で喋ってる時も変態的なセリフで心臓に悪いけど、冗談を言っても心臓に悪い。なんなら、時折反則級の笑顔を浮かべるのも心臓に悪い。

 俺……こいつといると心臓に負担かけてばっかじゃねえか。


「どうですかぁ?」

「……まあ、悪くない」

「そうですかっ、わたしの太もも悪くないですか! 嬉しいです」

「耳かきじゃなくて太ももの話かよ!」


 クソッ……! 否定してやりたいところだけど……太ももの感触もマジでそこまで悪くないってのがまたムカつく!

 絶対言わないけどな! 調子乗ったらうざいし。


「ふんふ~ん♪」


 心地のいい鼻歌が耳に届いてきて、俺はしばらくその不思議な温もりに身を委ねることにした。

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