第30話 変態後輩と知る努力

「なあ、翔也……?」

「どうしたんだい、大地? そんな濁った目をして……まるで夜遅く帰ってきたうちの父親みたいな濁り方だよ?」


 え、マジで? 今の俺、そんなに人生に疲れてそうに見えるか?

 まあそんなのは些細なことだ。というか理由もハッキリしてるしな。

 

「はい、翔也君! あーんしてください!」

「あーん……うん、美味しいよ。真穂ちゃんが食べさせてくれるお陰かな? いつもの倍は美味しく感じられるよ」

「本当ですか? 嬉しいですっ」

「……あんたら一体何をやってんの」


 俺が目を濁らせながら翔也に話しかけた理由……それは――。


「え? 可愛い彼女にあーんしてもらってる?」

「カッコいい彼氏にあーんをしてあげてます?」

「そんなもん見れば分かるんだよ! 俺がツッコミたいのは何で翔也の膝に先輩が乗って食べさせ合ってるのかってことだ!」


 ――翔也とその膝に乗った咲良先輩がバカップルしながら飯を食っていたからだ。

 

「大地が話があるからって言って、わざわざここに来たんだろ? 僕たちはご飯を食べる時は大体いつもこんな感じだよ」

「そうだな! 明らかに俺がこの空間においては邪魔者だな!」


 ここは咲良先輩の所属する写真部の部室で、部員は先輩1人の為、実質この部室は先輩のプライベートルームなわけだ。

 そんなバカップル専用ルームと化した写真部の部室にどうしてわざわざ来たのか。

 決してバカップルを見に来たとか、そんな理由じゃなくて……。


「それで相談とは何ですか? 雨宮くんには普段からお世話になってますし、出来る限りのことは協力しますけど……」

「僕も、大地にはたくさん助けられてるからね。真穂ちゃんと同じく、協力の手は惜しまないよ」

「友達想いな翔也君……カッコいいです……!」

「後輩に優しい真穂ちゃんも素敵な女性だよ」

「翔也君……」

「真穂ちゃん……」

「人のこと出しにしてイチャつかないでくれない!?」


 相談する相手間違えたかな……でも、俺の交友関係だとこの2人が1番関わってるんだよなぁ……仕方ないか。


「話っていうのは……奏多のことだ」

「奏多さんの? 遂に子供でも出来たのかい?」

「縁起でもないこと言うな! ……俺、あいつと暮らし始めて2ヶ月経つけど、あいつのことよく知らないんだなって思ってさ」


 それは薄々気付いてはいたけど、一昨日の未来さんが帰った後の奏多を見て、はっきりと自覚してしまった。

 

「許嫁云々だとか、あいつが変態だとかは一旦置いておいて、俺は奏多司のことをちゃんと知る努力をしないといけない。どの道、いずれはあいつに対して答えを出してやらないといけないからな」

「まあ僕にあそこまで言ったんだからね。自分だけ変態だからって理由だけで逃げ回るわけにもいかないよね」

「……ああ。あいつのことをちゃんと知った上で、俺はあいつに対しての答えを見つける。奏多のお姉さんとも約束したからな。ちゃんと見てるって」


 翔也は咲良先輩の頭を撫でながら、俺の話に耳を傾けている。

 ……いつもだったらツッコミを入れてるところだけど、今は我慢だ。


「……2人は、お互いのこと全く知らないまま付き合い始めただろ? どうやってお互いのことを知った?」

「そうですね……やっぱりちゃんと話し合いをしましたね」

「そうだね。何が好きなのかーとか、そういう話は自然と出てきたし、何を知ろうとか、直接意識したことはないかな……気が付いたら、自然と相手のことを知っていたよ」


 自然とか……なんか今更感があって、気恥ずかしくて聞き辛いんだよな。

 

「大丈夫だよ。まず知ってることを考えて、知りたいことを聞けばいいんだから」

「そうですよ! 奏多さんなら、きっと快く話してくれますよ! 逆に雨宮くんが今、奏多さんのことで知ってることはないんですか?」


 あいつのことで知ってること……?


「……俺、あいつの誕生日も血液型も知らないけど……何故か3サイズだけは知ってるんだよな……」

「……頑張って」

「……ファイトです」


 慰めがとても胸に染みた昼休みだった。

 前途多難だ……。


◇◇◇


「なあ、ちょっと話があるんだけど……」

「はい! いいですよ! 結婚しましょう!」

「まだ何も言ってねえよ! 何でプロポーズ前提で話を進めた!」


 翔也と先輩に相談した日の夜。

 日にちが経ったらどんどん聞き辛くなりそうだと思った俺は、すぐに行動に移して奏多と話すことにした。


 いきなり脱線しかけたけど……。


「ぷろぽーずじゃないなら……はっ!? わたしを差し置いてどこの女を孕ませたんですか!? わたし絶対にせんぱいと離れてなんかあげませんからね!? 来世でも一緒です!」

「別にどこの女も孕ませてないわ! ってか今世でも一緒になってないのに来世の話を持ち出すな!」


 ダメだ……どんどん話が脱線していく!

 やっぱ変態のことをまともにしろうだなんて無茶だったか……!?


「……あー、その……お前さ」

「はい」

「誕生日いつだ?」

「はい? 誕生日、ですか?」


 ふわりとした亜麻色の髪を揺らしながら、奏多は首を傾けてきょとんとした。

 くそっ、たかが産まれた日を聞くだけなのになんでこんな恥ずかしいんだよ!


「お前と暮らし始めて……2ヶ月ぐらい経つけど、俺はお前のこと何も知らないんだよ。許嫁になるなんて未来がこないにしても、ちゃんとお前のことを知るべきだと思ったんだ」


 むしろ知っているのは、結婚しても知るかどうかも分からない3サイズだけだ。

 というか知ってても何も得にならねえんだよ。


「わたしはせんぱいの誕生日も血液型も、身長も体重もスマホのパスワードも知ってますけど……そうですね、せんぱいにわたしのことを改めてちゃんと知ってもらうべきですよね」

「待て! 今聞き捨てならない単語が聞こえたぞ!?」


 誕生日や血液型はともかくとして、身長や体重なんてパーソナルすぎるデータが割れてるのもおかしいけど……それより何でスマホのパスワードまで割れてんの!?


「……えへっ☆」

「可愛い子ぶって誤魔化そうとするな! 誤魔化されないからな!」


 変態後輩のことをちゃんと知ろうとしたら、知りたくもない事実を知ってしまった。

 やっぱちゃんと向き合おうとするのも難しいのか……?


「わたしは8月7日生まれの獅子座で血液型はB! 好きな物はせんぱいと甘い物全般! 嫌いな物はせんぱいを誑かす女と苦い食べ物と虫ですっ!」

「お……おう、そうか……好きな物と嫌いな物には必ず俺が関与してるのがなんともお前らしいな……」

「やだなーっ。褒めたって、せんぱいへの愛情しか出ませんよっ?」

「クーリングオフさせてもらう」

「返品不可ですっ」


 バカなやり取りは置いといて、俺は今日……ようやくこいつのことをちょっとだけ知ることが出来たのだった。

 ……あとでスマホのパスワード変えておくか……。

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