第19話 変態後輩と助っ人

「……ふぅ」

「どうした、あからさまに何か聞いて欲しそうなため息吐いて」


 つい先日彼女持ちになったロリコンこと、翔也が俺の前でこれ見よがしにため息を吐いてくるのがオブラートに包んだ上でクソウザい。


「いや、実はね……今日は真穂ちゃんが手作り弁当を作ってくれるって言うんだよ!」

「そうか。ってことは今日は先輩と飯か?」

「そういうことになるね、ごめん」

「別にいいけど? 俺は気にしないぞ」


 まあ、そりゃ彼女が出来たばかりの彼氏としては優先順位は彼女になるだろうし。

 ……これはしばらく1人飯になるかもな。


「あー真穂ちゃんが可愛すぎて……僕はなんて幸せ者なんだろうね……ロリコンで心から良かったと思うよ」

「別にロリコンじゃなくても咲良先輩、普通にレベル高いから周りの男がほっとかないだろ」


 出来れば、幼馴染みの口からロリコンで良かったなんて単語を聞かずに済む人生を歩みたかったもんだ。


「むぅー、わたしを差し置いてどこの女を褒めてるんですかぁ」

「どわっ!? お前いつからいたんだよ!?」

「せんぱいが別の女性を褒めてるところからですかねぇ」

「1番最悪なタイミングで来てくれたもんだな!」


 こいつ良くも悪くも人目を惹くから、クラスに来られるとすげえ注目されるんだよな……とにかく居心地が悪い。

 ひとまず、廊下に移動して話を聞くことにした。

 

「それで、何の用だ? 用事も無いのに来たわけじゃないんだろ?」

「はいっ。実はですね……今日ちょっと帰りが遅くなりそうなので、それを伝えに来ました」

「何かあるのか?」

「実はですね……部活の助っ人を頼まれてしまいましてぇ」


 あー、こいつ運動神経もいいんだっけ?

 

「……でも、お前が受けるなんて意外だな」

「お世話になってる友達からの頼みなので、断れなくて」

「分かった。それだけか?」

「えっとぉ、あとはせんぱいの顔を見に来たのとぉ、出来れば応援に来て欲しいってことと……それからぁ」

「思ったより用事がいっぱいあるな!?」


 用事って普通1つじゃねえの!? 何個も抱えてくるケースとか稀過ぎだろ!


「……はあ。見に行けばいいんだろ?」

「は、はい。そうですけど……どうしたんですか? てっきり断られるかと……」

「どうせ見に行くまで何度もクラスに来るつもりだろ?」

「あはは、さっすがせんぱい! わたしのことは何でもお見通しってことですね? もしかして下着の色なんかも?」

「そんなもん見えてたまるか!」


 ってか見えなくてもライトブルーのって知ってるしね!

 こいつがいつも裸でベッドに潜り込んできて、その度に俺がこいつに投げ渡してんだから!


 部活の助っ人を見に行くという約束をして、満面の笑みで手を振る奏多に見送られて、俺は自分の教室に戻った。

 ……翔也は既に先輩のとこみたいだな。


 やれやれ、あとは飯を食うのと……話を聞きたげにしてるクラスメイトと木刀を構えてる奴らをどうあしらうかだな……。


 あ、そう言えば奏多の奴……何部の助っ人なんだ?


◇◇◇


「ナイッシュー! さっすが司!」

「あっちゃんもナイスパス!」


 あの後、奏多にLINEを送るとバスケ部の助っ人だということが分かった。

 ……そういや、女バスが今日放課後に他校と練習試合するって噂で聞いたような気がする。

「ふーん……あいつマジで運動神経いいんだな」


 奏多の動きは他の部員と比べても全く遜色無く、むしろ奏多の運動神経の良さが際立って見える感じだった。


 パスを受け取り、レッグスルーやクロスオーバーなどの技を駆使して、次々と相手を抜いていって、自分で決める時はしっかり決め、アシストまでこなしてみせる。

 ……なんだあの変態ハイスペックかよ。


「やっべ、奏多さんマジ可愛くね?」

「というか、胸が揺れてエロいよな」

「それな! 俺の見立てではC~Dぐらいと見た」


 試合を見ろよ。

 ……あいつの事なんて変態としか思ってないが、なんかこう……そういう目で見られるのは……ムカつくんだよ。

 体目当てだけみたいで。


 ――あ、目が合った。


 試合中だってのに、俺に向けて余裕のVサインをしながら、笑顔を弾けさせる奏多。

 ちゃんと試合に集中しろよ、ケガすんぞ……。


「おい今奏多さんが俺に向かって手を!」

「バカ言え! 俺にだろ!」

「いやいや、お前らにはぬか喜びさせちまったな。俺に手を振ったせいでな!」


 どうでもいいけどこいつら幸せそうだな。


 そんな事を思っていると、奏多がまたジャンプシュートを決めて体育館が盛り上がる。

 ……ん? あいつ……?


 俺は一瞬違和感を感じたが、試合はそのまま続き、うちの学校の勝利で終わった。

 ……はぁ、面倒だな。


 試合後の奏多の様子を見ると、さっき感じた違和感が勘違いじゃないことに気が付いてしまい、俺は頭を掻いて、喜ぶバスケ部員たちを見続けた。


◇◇◇


「お待たせしましたー、さあ帰りましょー!」

「……ああ」


 奏多がバスケ部の部室から制汗剤の匂いを漂わせて出てきたので、俺たちはようやく家に帰り始める。

 部活をやってる連中はこんな時間まで練習してるんだな、毎日疲れそうだ。


「大活躍だったな」

「いやーせんぱいが応援に来てくれてると思うと張り切っちゃってぇ」

「お前の胸が揺れてエロいって男子共が話してたぞ」

「あははー、せんぱいじゃないのでどうでもいいですねー」


 相変わらずのほほんとした笑みを浮かべながら、全く動じないな。

 こいつには羞恥心ってもんがないんだろうか……。


 ……そんなことはさておきだ。


「なあ?」

「はい? なんですかぁ? あ、もしかしてやっぱり下着の色が気になる感じですかぁ?」

「――お前、足捻っただろ?」

「えっ? あ、そんなことないですよぉ?」


 誤魔化したつもりかよ……でも、一瞬奏多の目が捻ったであろう右足にいったのを俺は見逃さなかったからな?


「さっきのジャンプシュート以降、なんかお前の動きがおかしいと思って見てたんだよ。顔には出てなかったけど、やっぱ気のせいじゃなかったか」


 相手のディフェンスの陰になって着地の瞬間は見られなかったけど、ぎこちなさは感じていた。 


「あはは……こんな形でせんぱいに注目してもらえるなんて不本意過ぎますね……」


 さっきまでいつもと変わらなかったように見えた奏多の笑顔が引き攣った。

 もしかして、歩くのもきついぐらいなのか?


「おい、足見せてみろ?」

「せんぱいもしかして足フェチですか? またせんぱいの性癖を知ることが――」

「――いいから」


 ちょうど近くにあった公園のベンチに座らせ、靴下と靴を脱がせる。

 真っ白な肌だけあって、右のくるぶしの赤い腫れが特に目立った。


「……っ!」

「バカ、我慢すりゃいいってもんじゃないだろ」

「……すみません、カッコいいところ……見せたかったんです」


 それで我慢してもっと悪化させてたら世話ないっての……仕方ないか。


「ほら、とりあえずおぶってやるから乗れ」

「え!? いや、その……わたし今汗臭いですし……」

「お前がそんなん気にするタマかよ……いいから」

「は、はい……失礼します」


 奏多の匂いと制汗剤の匂いが一気に俺を包んで、背中には温かな体温と確かな柔らかさが伝わってきた。


「……重くないですか?」

「別に。これぐらいなら軽い部類だろ」


 でも……鞄どうすっかな……?


「……奏多、必要な物はポケットに入れるぞ。財布とかスマホとか、学生証もだ」

「どうしてですか?」

「鞄はここに置いて行って、お前を家に置いたら取りに戻ってくる。めんどくさいけどそれが1番確実だ」


 おぶったばかりの奏多をベンチに下ろして、重要な物をポケットに入れてから再度おんぶした。


「えへへ、せんぱいの背中……大きくてあったかいですねぇ」

「そうか? 体温は人並みだし、ガタイだって平均だぞ」

「そういうことじゃないですよぉ……ねえ、せんぱい」

「なんだ?」

「――大好きですよ」

「っ!?」


 耳元で呟かれたせいで、いつもより……ぞわっとした。

 

「……お前なぁ」

「あはっ。ところで、せんぱい?」

「今度はなんだよ?」

「今、わたしの胸が背中に当たってることについての感想は?」

「ノーコメントだ! この変態め!」


 なんかもう全部台無し感がやばい……。

 その後、逆セクハラをしかけてくる奏多を家に置いて、俺は鞄を取りに戻った。


 ついでになんか弁当でも買って帰るか……あの足じゃ今日は料理なんてさせられないからな。

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