第17話 スマホを手にしたアホとやっぱり変態な後輩

「……誰だ? この番号」


 長い長い1週間を終え、ようやく明日から土曜になり、世間が待ち望む休日に入る。

 その前日の夜のこと。

 特にやることもなくぼうっとしていたらスマホに着信があった。


「間違い電話か? だったら放っとけば切れるか」


 そう思っていたけど、体感時間で2~3分は経ったっていうのに一向に切れない。

 ……はぁ、出るしかないか。


『――はい、もしもし。雨宮ですけど、どちら様ですか?』

『――もしもーし!? お兄ちゃーん!?』

『……どちら様ですか?』

『お兄ちゃん!? 雫のこと忘れちゃったの!? お兄ちゃんの最愛の妹、雫だよ!?』


 うるさっ……!


『……ああ、なんだ我が妹か。名乗りもしないような不届き者だったからてっきり詐欺か何かかと思った』

『酷いよぉ!』

『はいはい。で、雫はなんで知らない番号からかけてきたんだ?』

『聞いて驚くといいよ! 雫はなんと!』

『――あ、お前スマホ買ってもらうって話だったな』


 そう言えば雫を家に帰す為に俺が親父に打診したんだった。

 ……親父じゃないけど、このアホにスマホとか持たせて大丈夫か?


『なんで分かったの!? お兄ちゃんえすぱー!?』


 ……やっぱりダメかもなぁ。


『誰でも分かるわ! ってか何でわざわざ電話かけてくるんだよ。用が無いなら切るぞ?』

『はーい! ……じゃないよ、お兄ちゃん! せっかくスマホを買ってもらって初めて電話をかけてるんだよ!? 雫の初めてをそんなに雑に扱わないでよぉ!』

『聞いてる人が誤解しそうな言い方はやめろどアホ! 特に親父に聞かれたらどうすんだよ! 親父そこにいないだろうな!?』

『お父さんならリビングでテレビ見てるよ? え? なーに? お父さん? ……仕送り減らす? だってさお兄ちゃん!』


 よくねえよ!? というか俺悪くないし!

 理不尽すぎねえ!?


『……やっぱバイトすっか』

『はいはい! 雫もバイトしてまた絶対そっちに行くね!』

『お前の年齢で出来るバイトはねえっての』

『大丈夫! ネットで調べたらお話聞くだけでお金が貰える――』

『――絶対やめろ! それやったら2度と口利かねえからな!?』


 アホに文明の利器を渡すとこうなるって! やっぱり親父の判断は正しかったのかもしれない……!


『――俺だ』

『誰だ!?』

『親の声すら忘れたのかお前は』

『あ……親父か……雫と話してたら急に男の声になったから』

『雫ならトイレに行った』


 急に声変わりを迎えたのかと思ったわ! 

 ……いかん、雫のアホが移ったか。


『雫を誑かしたのはお前かバカ息子』

『誤解にもほどがあるぞ!? 雫の頭が残念なのは親父だって知ってんだろ!』

『だが、そこが可愛い』

『クソッ! この親バカが!』


 その愛情を少しでも息子の方にも向けて……いや、やっぱいいわ。気持ち悪い。


『用がないなら切るぞ? 俺は今から家族団らんの時間なんだ』

『かけてきたのは雫! ってかその団らんの中に息子がいない件について!』


 ……マジで切りやがった! 

 あ!? 仕送りを減らすことについて聞くの忘れてた!


「せんぱぁい、お風呂上がりましたよー」

「……ああ」

「どうしたんですか? なんだか元気が無いみたいですけど」


 首にタオルをかけた奏多が俺の隣に腰を下ろす。

 ボディーソープとかシャンプーの匂いが混ざったいい匂いが部屋中に広がった。


「いや、俺の家族はどうして揃いも揃ってアホなんだろうって思ってな……」


 母さんはよくあの2人を相手にして平然としていられるよなぁ。

 けどツッコミを入れたりじゃなく、軽く流すんだよな……ぱねえ。


「個性的でいい家族じゃないですか」

「振り回される息子と兄の身にもなってくれって話だ……」

「……そういうのちょっと憧れます」

「え?」


 奏多が何かを呟いたけど、小さすぎてただし聞き取れたか分からない。

 一瞬だけ表情も陰ったような気もするけど、瞬きの合間にいつもの笑顔に戻ってしまった。


「いいですよねー将来そんな家族を築きたいものですねー。ちらっ」

「やめろ、こっち見んな。あと口で擬音を言うな」


 ……ちゃんと向き合う、か。

 俺、朝起きたら子供が出来ちゃいましたーとか言われるかもしれないんだぜ? ははっ、受け止めきれねえー。


 ――ぴこん。


「ん? LINE?」

「誰からですかぁ?」

「アホ」


〈遂に雫もLINEデビューだよ! 大人の女の仲間入りだね!〉

〈この程度で大人の女を語るとか片腹痛えわ〉


 なんだこいつ。

 世界中の大人の女性に謝ってどうぞ。


「せんぱいせんぱい。大人の女性ならここにもいますよー」

「成人になって出直せ後輩」

「……もしかしてせんぱいって年上好きですかー? 部屋に隠してあった本もそのタイプが多かったですし」

「別にそういうわけじゃ……おい待て、今なんつった!?」


 聞き逃したらいけない単語が混じってた気がするぞ!?

 あれはクローゼットの奥深くの段ボールに封印してあるはずだ!


「あ、別にわたしそういうのに偏見ないですし、むしろ年頃の男性なら当たり前のことですから! でも、もうわたしがいるから必要ないですよね? せんぱいの性欲は全部わたしが受け止めます!」

「だから脱ごうとするな! 服の前を開けるな!」

「明日は休みですしー……たっぷり楽しめますね、せんぱい!」

「話を聞けぇ!!!」


 あーもうっ、雫からのLINEの通知もクソうるせえし!

 後輩は相も変わらず今日も平常運転でど変態だし!


 普通って……こんなに難しいものだったんだなぁ。

 普通を望む、俺の騒がしくなってしまった日常は、今日も変わらず通常運転だった。

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