ホラー映画の幼女が魔王と結婚することになりました。


石畳の上を、小刻みな足音が響く。狭い歩幅に合わせてふわふわと揺れる金糸、全身を映しても小さな影。そんな愛らしい少女の背後を、悲鳴が駆け落ちていく。


「アイリス様!」


呼び止められ、振り向いた彼女の青い瞳がぱちりと瞬いた。そう、10歳にも満たない容姿の、少女の名はアイリス。ホラー映画界にて幼女を務める、生粋の文化人である。


「本日の定例会議の開始時刻が早まったことはご存知ですか?」

「ええ、すぐに行くわ」


そして、数多のホラー映画で活躍してきた彼女は現在、縁あって魔王城にてその才能を発揮している。そんな彼女の役割とは、単なる愛玩的存在でも、いち従業員でもない。


「それでは魔王城勇者対策会議を始めます。アイリス様。どうぞよろしくお願いします」


彼女の役割は、人間達の魔王城攻略を阻止すること――即ち、魔王城のコンサルタント業務である。


「対策室第3区画から報告です。当区画での勇者パーティ撃退数は先月より10%の上昇、昨年同月よりも約3倍となりました」


魔王城で働く従業員が、今月の報告を始める。


「また、先月に人間対策用に導入した幽霊鮫が城の外へと逃亡しました。また人間に擬態する昆虫に関しても、同じ理由で処分を余儀なくされました」


そして会議室の中心で、連絡事項に熱心に耳を傾けるのはアイリスである。彼女が首を傾げると同時に、ゆったりと曲線を描く金糸が揺れる。


「まあ。鮫の彼らは、水があればどこにでも行けるのだったわね」

「ええ。虫は増えすぎが原因かと思います」

「難しいわね。幽霊鮫は機動性が良いし、虫は繁殖力が高くてとても良いと思ったんだけど…。肺呼吸もできるらしいし」


第3区画の専門は動物・虫によるパーティ壊滅。鮫も虫も、両方とも彼女が発案した。しかし自身の案が失敗に終わっても、アイリスに焦りはない。その背を押すのは確かな実績。彼女はのんびりと微笑む。


「とりあえず、水エリアの補填としてホラー演出専門の研究所に半魚人の発注をしましょう」


そして少し考えた後、そっと付け足す。


「ちょっと掃除は大変になるけど」


その後も今月の業績が次々と発表される。右肩上がりの数値を聞いていたアイリスが、ふと気付いた。あたりを見回し、鈴を転がすような声を発する。


「ところで、勇者たちを自滅に追い込むことを主軸に立ち上げたばかりの新区画。調子はどう?」


パーティ内で潰し合ってくれれば、こちらの手間も危険も最小限で済む――アイリスの指示で設置された新部署である。先週からテスト運用が開始された。彼女の質問を受けて、担当者が立ち上がった。


「死霊は楽ですね!呪文を聞かせたり唱えさせさえすれば、死霊が憑依し辺りの人間を襲いにかかる。また傷つけられた人間も感染し、まだ無事な人間を襲う。そうやってネズミ算式に死霊が増えていくので」


そこでふと声が低くなった。担当者は続けて、問題点を口にする。


「ただ、回収に来たスタッフが噛まれる事案も発生していまして…」

「あら。なら、回収班にはチェーンソーを持たせて。死霊もチェーンソーには敵わないから」


目の前の課題にアイリスは動じず、てきぱきと指示を出す。そんな彼女を見ながら、この城の歴史を知る古株の魔族達は思うのだ。


(魔王・ロードリック様からアイリス様を紹介された時は驚いたけど…)


アイリスは侵略寸前だったこの魔王城を救う為、魔王に召喚されて現れた。しかしながら、その可憐な姿のせいで、誰も人間対策のアドバイザーだとは思わない。


そして、普段浮いた話のひとつも聞かないロードリックが、幼女を連れ歩いている姿はなかなかに衝撃的な光景であった。隠し子説に誘拐説、果ては恋人だなんてとんでもない噂もあったものだ。


(ふふ。いま思えばとんだ杞憂でしたね)


アイリスは優秀だった。ホラー映画時代の情報や人脈を駆使し、斬新且つ時には残虐な発想で勇者達を撃退。長年魔族達の諦めと悲哀に満ちていたこの魔王城を、見事人間の悲鳴が轟くホーンテッドハウスに作り変えたのである。


今も、人に化けることができる地球外生命体の導入を推し進める仕事熱心な彼女を見ながら、彼らは当時の疑惑を鼻で笑う。


(それに、いくら色恋沙汰と縁のない魔王様とは言え、まさかこのように幼い少女と関係を持つだなんて、そんな恐ろしい異常性癖があるわけ…)


「そういえば、私。みんなに報告したいことがあるの。聞いてくれる?」


その日の会議の終了間際。アイリスは思い出したように切り出した。


「ええ。もちろんです」


彼らの答えに、彼女は恥ずかしそうに微笑む。そして小さな両手を合わせ、純真無垢な笑顔で続けた。


「私、ロードリックと結婚することになったの!」


広い会議室いっぱいに、嬉しそうな、とても嬉しそうな声が響き渡る。しばらく無言の時間が続いた後、部下のひとりが口を開く。その場に居た全員が確信した、ただひとつの疑惑を――


「ろ…ロリコッ」






「みんな驚いてたわね…」


魔王城の中では、攻略に来たパーティが導入したばかりの地球外生命体と戦う音が響く。地球外生命体の頭部だけが分裂してシャカシャカと元気に走っていく様を見送りながら、アイリスはひとりごちる。


(それはそうよね。私だって、まさかRPG界の魔王と婚約するなんて思ってなかったもの…)


皆が驚いたのは地位が原因ではなく見た目の問題だったのだが、アイリスは気付かない。そっと胸に手を当て、逃げ回る勇者達の悲鳴が響く空を見上げた。


(ロードリックは私の夢を実現してくれたひと…)


かねてより、彼女の夢はお嫁さんであった。それを叶えてくれた婚約者を思い浮かべる。頭の両脇に生えた角に、大きな体、王らしく威厳のある喋り方。


(何か、彼が喜ぶものをプレゼントしてあげたい…!)


こうして、ホラー映画の幼女であるアイリスの、サプライズプレゼント作戦は始まったのである。






「ロードリック!」


そしてその日はすぐにやってきた。今日も今日とて抜群の悲鳴が響き渡る魔王城、その最高層に位置する魔王の執務室には、出張から帰ってきたばかりのロードリックの姿があった。


「アイリス」

「ロードリック、採用説明会はどうだった?」


どれだけ機械化や効率化が進もうとも、勇者達を撃退するにあたって、魔族の従業員の存在は必要不可欠である。主に清掃スタッフの入れ替えも激しい。そうした理由から、魔王城は定期的に人材を募集している。そしてそんな説明会の場で、魔王として演説をして来たロードリックは、自慢げに口を開いた。


「今年の倍率は高くなりそうだ」

「まあ!と言うことは…」

「ああ。安定した給料、高い安全性、各分野の専門性が評価されてな、今となっては魔王城は人気の就職先らしい」


そこで言葉を切った。ロードリックはしんみりとした表情で口を開く。


「少し前まで魔王城で働くことは『特攻隊』だの『やりがい搾取』だの、散々な言われ方をしていたものだが…」


余裕のなかった時代を思い浮かべ、彼の瞳はどこか遠くを映す。繰り返し押し寄せる勇者達を、従業員、時には魔王であるロードリックが体を張って阻んできたものだ。今となっては、懐かしい思い出だ。当時の苦労を一通り思い起こした後で、共同経営者の少女へと視線を移した。


「それもこれも、アイリスのお陰だな」

「ふふ。ありがとう」


にこにこ純粋な笑顔を浮かべるアイリスを見ながら、ロードリックはひとりごちる。


(初めて会った時はどうしようかと思ったが…)


藁にもすがる思いで召喚し、現れたのは幼女。当時は驚き、絶望すらしたものだ。今はどちらかと言えば、主に価値観の違いで絶望している。


「けれど…私にも分からないことはあって…」


アイリスの瞳が物憂げに揺れる。その小さな口から、ふうと息を吐いた。


「魔王城で働く従業員の福利厚生の一環として、社員旅行を設けたのだけれど、それがなかなか不評で…」

「む。まあ、今時の魔族は勤務先で仲良くなることを嫌がるとも聞くしな」

「そうなの…」


肩を落とした彼女は、しょんぼりと続ける。


「一生懸命考えたのだけど…。『食人族が同伴!アマゾン奥地大自然ツアー』とか『誕生日には何度死んでも大丈夫!無限臨死体験』とか」

「……」

「流行りのタイムリープまで入れたのに…。やっぱり、無難に『首無し騎士と行く!首斬りの旅inアメリカ』の方が良かった?」

「それはない」


不評の理由が分かってしまったロードリックは、静かに首を横に振る。感じている価値観の違い、その溝が更に深まった気がした。


「社員旅行に関しては、まあ…我の方で適当に考えておく。アイリスは人間対策に専念してくれ」

「ええ…。ありがとう」


魔族と幼女じゃ分かり合えないこともあるものね、と少々寂しい気持ちになりながらも、アイリスは納得する。


「アイリス」


そんな彼女に、ロードリックは姿勢をただして話し掛けた。


「我らの結婚のことで、話したいことがあるのだが…」


今更だ。多少の価値観の違いで、ロードリックの愛は冷めない。頬を染めながら提案する彼の、その手には厚みのある冊子が握られている。アイリスも嬉しそうに声を出した。


「まあ!奇遇ね!」

「何…?まさか、君も我に話が…?」


貴方から、いいや君から、など微笑ましいやりとりを重ねた後、話はアイリスの方から切り出すことが決まった。ロードリックが冊子を一度隅に置いたのを確認して、もじもじと指先を弄りながら、彼女は口を開く。


「私ね、貴方に贈り物があるの」

「えっ…」

「大変だったわ。私、幼女でしょ?男性とお付き合いしたことなんて無いから、色んな人に話を聞いて、魔王の貴方が喜びそうな物を探してきたの」


そこでアイリスは言葉を切った。白磁のような頬を染め上げて、目の前の婚約者を見つめる。


「ロードリック。他ならぬ貴方に、喜んでほしくて」

「アイリス…」


ロードリックの心が、感動に包まれる。それでも彼にも魔王として、そして男としての矜持がある。悟られるわけにはいかないと、ごほんと咳払いをして切り出した。


「そ、それで、魔王の我にふさわしい贈り物とは一体何だ?」

「ええ!私にはちょっと重くてここには持ってこられないから、地下に保管してあるのだけど…。なまものだから早めにどうするか考えてほしくて」


(なまものか…。そんな重く手間がかかるものを…大変だっただろう)


「食べるのが楽しみだ」


手作りの大きなお菓子かな、と期待に胸を膨らませる。そんなロードリックに向かって、彼女は言った。


「人間!」


時が止まる。そのことに気付かないアイリスは、とびきりの笑顔で続けた。


「生きた人間よ!」

「…え?」



さて。婚約者へのサプライズプレゼントを用意するにあたって、アイリスは労力を惜しまなかった。この為にわざわざ地元へ戻り、聞き取りを重ね、ロードリックが欲しいものを予想した。そしてその肝心の聞き取り対象は、なるべくロードリックに立場が似ている者を参考にすべきだ。


魔王と言えばRPG界の悪役である、と彼女は聞き及んでいた。ならば彼女の地元ホラー映画業界で話を聞く対象はただひとつに絞られる。それが――ホラー映画の悪役だった。


(彼らが共通して欲しいものはただひとつ…)


アイリスは知った。数多の悪役達の背徳感と欲求を満たし、それでいて実用的で汎用性の高い贈り物。


(それが、人間…!)


「ラインナップは結構凝ったのよ?魔族の討伐で私腹を肥やした政治家とか、貴方を困らせて止まなかった勇者とか、あと…あ、女性だけは入れてないわ。貴方には…私だけで十分かなって」


アイリスは意気揚々と説明する。最後にそっと可愛い独占欲を覗かせるのも忘れない。


そんな彼女に、ロードリックは静かに言った。


「返してきなさい…」

「えっ!?」


今度はアイリスが驚く番である。


「どうして!?新鮮な人間の特選セット230kgなのに!」

「お歳暮みたいに言うな!」


予想外の贈り物にロードリックの頭はパニックである。人間か~そりゃあ重くて手間もかかるよね!なんて頭の妙に冷静な部分で思いながら、何とか言葉を発する。


「り、理由は色々あるが、冷静に考えて、捕まるだろう!」

「大丈夫よ!殺人犯のおじさんに教えてもらったわ!『ボデーを透明にするんだよ』って!死体を跡形もなく綺麗に片付ければ事件化しないわ!」

「ヒエッ」


とても怖いアドバイスの出現に、変な声が出てしまった。アイリスは両手を握って、とても嬉しそうに続ける。


「さっき食べるのが楽しみって言ってたわよね?もしよければ、食人にたしなみのある精神科医の先生を紹介するけど…」

「止めて!」

「すごく美食家よ」

「良いから」


ロードリックが頑なに拒否をしていると、アイリスの表情が曇った。不思議そうに首を傾げる。


「あ。もしかして、自分が食べることには興味がないの?」

「あ、ああ。まあ…」

「あら。ごめんなさい。と言うことは…分かったわ!」


そう言って、アイリスはぽんと手を打った。その様子にとても嫌な予感に襲われるロードリックに、彼女は生き生きと口を開く。


「人間を人間に食べさせる方が好きなのね!大丈夫、一定数いるおじさんだわ」

「一定数いるの?」

「そうね、加工してパイや饅頭に混ぜて豚や牛として出せば、気付かれにくいから人間も喜んで食べるって話よ!」


あまりに怖い事実に、ロードリックの思考は停止する。とりあえずしばらくは誰かが作ったものを食べるのは止めようと思った。


「他に何がいい?人間同士を繋げて輪を作りたいとか、人間をセイウチに改造したいとか、何十年か監禁しておいた後に急に外に出す目的が分からない行動がしたいとか。色んなおじさんが夢見たことが、何でも叶うのよ!」


アイリスは両手を広げて、嬉しそうに語り出す。その瞳にあるのは、婚約者に喜んでほしいという純粋且つ思いやりに溢れた恋心である。そんなとても可愛いアイリスを見て、そこでロードリックは我に返った。


「あ、アイリス。気持ちは嬉しいのだが…人間はちょっと…」

「あら…?」


(おかしいわ…。ちっとも嬉しそうじゃない…)


一方その頃、アイリスも戸惑っていた。ロードリックの様子が、喜びとは正反対の反応に見えたからだ。


(おかしいわ…まさか…)


その理由をしばらく考えた末に、頭の上で電球がちんと光る。


「はっ…!」


そこで彼女は気付いてしまった。この新鮮な人間の特選セット230kg(常温保存)には死角がある。決定的、それでいて致命的な欠点が。


「ギャルね…」


室内に、小さな声が響く。その単語を認識してしばらく経ってから、ロードリックは瞬きを返した。


「…は?」

「分かっていたわ…。ホラー映画において、幼女以上の圧倒的な人気者…」


声色は低くなり、アイリスの可愛らしい顔には悔しさが滲む。唇を噛み締め、彼女は言った。


「それが、ギャル…!」


ホラー映画のギャル。それは主に、蠱惑的な乳房と臀部を持つ若い女性のことである。往々にして露出度の高い格好、もしくは劇中において一糸纏わぬ全裸になることがその特徴である。


「このギフトセットにギャルが入ってないから不満なんでしょう!」

「ふ、不満な点はそこじゃない!」


ロードリックの言葉を、アイリスは聞いていない。桜色の唇をぐうと噛む。ぷるぷる震えながら先を続ける。


「ロードリックはそんな人じゃないって信じてたのに…!貴方も、白黒のピエロに扮してギャルを真っぷたつにしたいのね!?不潔よ!」

「不潔とかそう言う問題なの?」

「それとも逆!?フルチンの状態で覚醒したモデルに銃を持って追いかけ回されたいのね!?」

「ふ、フルチンとか言うの止めなさい!」


そっと嗜めるが、引き続きアイリスは聞いていなかった。その頃、彼女の心にはとても強い悲しみが落ちていたからだ。


(どうせ私なんて、色気の欠片もない幼児体型だもの…)


幼女なので致し方ない。しかしアイリスの中に、同じ女としてギャル達には並々ならぬ想いがあったこともまた、事実であった。婚約者が絡めば尚更である。怒りに任せ、彼女は口を開く。


「ロードリックなんて、おっぱいに釣られて凄惨な拷問にかけられ見世物にされればいいんだわ!それか種目的の性交の末に、地球外生命体に殺害されればいいのよ!」

「な、何てことを言うんだ…」


あまりに具体的な案に、止めるロードリックの声も小さくなる。とりあえずギャルに付いて行くのだけは止めようと思った。


(い、いや、そうではない!)


ロードリックが気付く。彼女とは、これまで何度も価値観の違いを感じてきた。ホラー映画出身であるアイリスには、はっきり言わないと伝わらない。彼女のことだ。今後も彼の手に大いに余る、大変なものを贈り物にする可能性がある。


「アイリス!」


だからロードリックは、素直な気持ちを言葉にする。


「我はギャルにも人間にも興味はない!だから、その…贈られても、困るのだ!」

「えっ…」


唐突なカミングアウトを受けて、アイリスの顔の表情が、驚愕に変わった。ふらりと一度仰け反り、呆然と呟く。


「そんな馬鹿な…。たくさんのおじさんから人間は煮ても焼いても楽しめる最高の贈り物だよって聞いてきたのに…」


彼女の発言に、ロードリックは激しく首を横に振る。そしていちばん聞きたかったことを聞いた。


「そ、そもそも、なんでおじさんばかりに聞いてるんだ!」

「え?」


アイリスからは、きょとんとした表情が返ってくる。彼女はそのまま、純粋な顔で続けた。


「おじさんのことはおじさんに聞くのがいちばんかなって」

「……」


ロードリックの心に、アイリスが先に感じた以上の深い悲しみが落ちたことは言うまでもない。


「そんな、人間が駄目だなんて…」


静かに傷つくロードリックを横目に、アイリスはむうと唇を噛む。


「なら、貴方は、一体何なら嬉しいって言うの!」


今回用意した贈り物は、鉄板だった筈なのだ。婚約者の予想外の反応は、彼女を更なる深みへと連れていく。


(ロードリックは魔族の王…。やっぱりもっと衝撃的で過激なものじゃないと満足いかないのかも…)


「ロードリック」


アイリスが顔を上げ、彼を見た。青の瞳を煌めかせて、真剣な表情で語りかける。


「言って。どんなものでも準備するわ。私、貴方の婚約者だもの」

「アイリス…」


彼女の決意に嘘は無い。たとえどれほど難しくとも過酷だろうとも、プレゼントを用意する覚悟はある。他ならぬ彼が喜ぶのであれば。


(7つの大罪を表現した人間の死体でも、テレビ局が喜んで買う過激で非人道的な映像でも、バスケットに入った双子のお兄さんでも――!)


「……」

「ロードリック?」


アイリスと目が合ったまま、ロードリックは黙り込む。その間、壁にかけられた時計の針が時を刻む。長い針が一周回りきり、アイリスがしびれを切らしはじめた頃。ロードリックから小さな声が発された。


「揃いの…指輪…」


その場の時間がぴたりと止まる。しばらくその単語を頭のなかで反芻させたのち、アイリスは口を開く。


「…え?」


ロードリックが先ほど“一旦置いた”冊子が目に入る。よく見ればそれは結婚指輪のカタログであった。『憧れの』とか『幸せいっぱい』とか世間一般の乙女が喜びそうな文字と、可愛らしい指輪の写真が並ぶ。


「…あら?」


さて。ここで我らが魔王の紹介をしよう。


ロードリック。数多の魔族を守り束ねる魔王城を受け継いだ、現職の魔王である。

そして彼個人としての趣味はアフタヌーンティー。中学時代の部活は園芸部。苦手なものは脂身とホラー映画。最近のショックな出来事は、持ち前の怖い顔のせいで甥っ子に恐れられ号泣された体験、これに尽きる。


そして現在絶賛欲しいものは、結婚相手とお揃いの素敵な指輪。そんな、ちょっと乙女なおじさんである。

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ホラー映画の幼女が魔王の元に召喚されました。 エノコモモ @enoko0303

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