第9話 並んで答えて××順ゲーム!

「並んで答えて、××チョメチョメ順ゲーム!!」

 会場から歓声があがった。

 ヤレドとエノスが下段に降りてくる。

「チョメチョメ順ゲーム?」ナンセンスなタイトルに雪永が眉を顰める。

「皆さんにはとある順番で並んで頂き、それが何の順番なのか当てて頂きます」

 ヤレドとエノスに背後から肩を掴まれ、言根が悲鳴をあげ、中井谷が肩を強張らせた。

 危害を加えるつもりはないらしい。彼らは「お並びください」と言って、八人の位置に誘導する。

「例えばこれは背の順」

 ケナンの言葉通り、八人は小さな言根から長身の風坂まで綺麗に並んでいた。

「大は小を兼ねるのか、小は大を凌ぐのか、はたまた中間こそ順当か。それでは本番、行ってみましょう!」

 色とりどりのライトがぐるぐるとステージを照らす中、八人はアンドロイドに誘導されて戸惑いながら並びだす。さながら椅子取りゲームやフルーツバスケットでもしているようなポップな雰囲気が演出されているものの、緊張の拭えない表情の人物もやはり見受けられた。

「さあ、八人の若者が並んでゆきます。彼らの表情に浮かぶのは困惑。己の立場がまだ分かりません」

 実況解説のようにケナンが早口に言う。

「この位置なーんだ!?」

 子供向け番組のようにアンドロイドたちが手ぶりをつけて声を揃えた。

 八人は顔を見合わせる。

 言根、風坂、須和、中井谷、九条、斎藤、雪永、柏原の順だ。

「偏差値とか?」そう口にしたのは九条だった。

 ブーッとはずれである音が鳴る。

「資格取得数」

 風坂が遅れを取り戻すように手をあげたが、またもブーッと音が鳴る。はずれだ。

「ちなみにこちらから少ないほう」

 そう言ってケナンが示したのは、言根のほうだった。

「……年収?」

 八人の顔ぶれを観察していた斎藤がぼやくと、ピンポンピンポンと正解音が。

「えええ! だって……! うそォ!」

 中井谷は言根とは真逆の位置にいる柏原を見る。どう見ても二十代の中でも年若いではないか。

「それでは端から」

 エヴァが美しく微笑んだ。自己申告制らしい。

 促され、言根は首を竦めて口元をもにょもにょ動かす。

「ゼ、ゼロ」

 囁くような声も高性能のマイクがしっかり拾い上げ、ステージに彼女の年収が申告された。

「無職」と九条が鼻を鳴らすので「すみません、ごめんなさいぃ」と言根は頭を抱える。

 会場の視線が彼女の隣に立つ風坂へと向き、彼はごくんと唾を呑んだ。

「五十六万六千円。……将来のために学業が優先だ。仕方ないだろうッ」

「百二十万くらい」風坂の焦燥に気遣う様子もなく、須和がさっさと答える。

「おれ百四十万! アッ、ごめんなさい」中井谷が誇らしげに胸を張り、須和に睨まれて即座に謝罪した。

「五百万は超えるけど」九条が言う。

「一千万に届くか届かないか」斎藤も続いた。

「えーどれくらいだろう、分かんない~」

 きゃぴりと困ったように笑うのは雪永だ。こてんと首を傾げる彼女に、エヴァが言う。

「情報は頂いております。千二百万ほどですね」

「へー! そうなんだ。あたしスゴイ!!」

 最後の柏原になり、彼女は「私個人の利益だけということかしら?」と確認するように言った。

「他に何があるんだ」と風坂。

「二千万弱」

 思わぬ数字に、ええっ、はあ!? と皆が声をあげた。須和ですらどこか驚いた顔をしている。「君、何者なの」斎藤が気味悪いものを見るように、年若い彼女を凝視した。 

 柏原が口を開く前に「さっそく意外な展開となりました!」とアダムの声が被さる。言葉を遮られたことを知りつつ、柏原は素直に口を閉じた。

「さあさあどんどん行こう。さあ、並びなおして! ……さて、その間にケナン。ひとつ聞いてもいいかい」

 八人が再びアンドロイドに翻弄されるのを目の前にしながら、アダムは深刻そうな顔でケナンに声をかける。

「もちろんどうぞ」

「人間は執拗なまでに年収を気にするきらいがあるけれど、それは何故だと思う?」

「やはり即物的かつ目に見える、間違えようのない明らかなものだからでは?」

「違いない。最も金銭なんてのは、我々アンドロイドからしたら至極どうでも良いものなんだけど!」

「我々はまだまだ人間には及ばないらしい」

 アダムとケナンは顔を突き合わせてそう談義すると、突然弾けたように笑いだした。ハーッハッハッハッハ! とあがる声に中井谷たちは呆気に取られる。二体は周囲も気にせずひとしきり笑うと(正確には笑ったふりだ。アンドロイドなので)、飽きたように、ハアとため息をついた。一秒前の楽しそうな雰囲気の気配もないような表情だった。

「用意できました?」

 八人はそれぞれの顔を見つめ合う。

 端から雪永、須和、柏原、九条、風坂、斎藤、言根、中井谷の順である。

「この位置なーんだ!?」

 アンドロイドたちは再び、お決まりのポーズと掛け声を揃えてみせる。

 雪永は自信たっぷりの笑顔で手をあげた。

「知名度!!」

 ピンポンピンポン。

 彼女が端にいることは誰もが納得の結果だ。

「こちらは情報媒体に取り上げられた回数を集計しました。雪永妃咲さん、八百三回」

「うっそ、全然もっと出てるっしょ!」

 中井谷仰天し、まるで友達のような感覚で彼女に声をかける。

「……私なんてこんなもんですよぉ~!」

 雪永は笑顔を張りつけて答えた。

「須和明弘さん、五百八十九回」

「ええ?」

「はあ?」

 結構な回数にまた数人がどよめく。

「ひょっとして芸能人?」

「見たことないね」

「スポーツ選手とか」

「にしちゃあ爽やかさが足りない。アッ、ごめんなさい」

 須和は誰の言葉にも答えなかったが、中井谷の言葉にだけは睨みを効かせた。懲りない男はすぐに謝罪していた。

「柏原五子さん、五十二回」

 ここでガクンと回数が減る。それでも五十という数字は結構な数だろう。年収二千万ならば、一般人というわけでもあるまい。九条は「そこそこの知名度?」と隣の柏原を睨むように見つめた。

「九条千鶴さん、二十四回」

「上々でしょう。あんたらの数がおかしいのよ」九条はフンと鼻を鳴らした。

「風坂治虫さんと斎藤保一さんが十回。言根花さん、三回」

「小学生の頃の絵画コンクールで入選した時だと思います……」

「中井谷武蔵さん、二回」

「うそ。そんなもん?」

 言根より下の時点で回数が二回以下であることは確実であったにも関わらず、中井谷は随分ショックを受けたようだった。

 会場中からの視線を感じ、中井谷はギクリと肩を強張らせ、取り繕うようにへらりと笑う。首に縄をかけられた錯覚に、背筋が凍る。

 幸か不幸か再び並び替えが始まり、視線が八人へと散った。

「注目されればそれは価値か? 人間はそこに価値を置きがちだよね、エヴァ」

「そうですね」アダムに呼ばれ、エヴァはこっくり頷く。

「こんな話がある。とある男がひったくりを捕まえて地元新聞の記事で讃えられた。小さな記事だったが周囲の人々は彼を持て囃した。それに嫉妬した友人が『俺だって簡単に新聞に載ることができる』と飛び出していったんだ!」

「それで?」

「後日彼は、宣言通りより大きく新聞の記事に載った。そして胸を張って『ほらみろ、俺はお前より有名になったぞ。なんせ銀行強盗をしてやったからな』そう面会所で言ったのさ! プヒャー……ッ、……ッ!」

 自分のジョークに声も出ない程に抱腹絶倒しているアダムをエヴァは無表情で見守る。なんて面白いジョークだとばかりにアダムはエヴァの様子を見たが、彼女がなんの反応もしていないと気づき、そしてまた同じように八人の人間も会場中の審査ドロイドもただアダムを見ているだけだと認識すると、何事もなかったかのようにスッと姿勢を正した。

「ハァ。準備OK? いってみよう」

「この位置なーんだ!?」

 端から言根、須和、九条、風坂、斎藤、雪永、柏原の順である。

 数を重ねると大体真ん中にいる者(つまり平均的ということだ)と、端のほうにいる者(なにがしか極端ということだ)の傾向も見えてきた。

 次第に音楽と照明とアンドロイドたちのノリに乗せられてきた八人は、いつの間にか肩の力が抜けてきた様子だ。

「フラれた数」九条の答えに不正解の音が鳴り、「でもちょっと近い」とヤレド

が言う。

「フッた数?」雪永が続いたがまたも不正解音。

「正解は物心がついてから涙を流した回数でーす!」

「ワオ、ロマンチック!!」

 エノスの解答にアダムが胸を打たれたように叫び、頬を赤らめた。

 思わぬ答えに八人は戸惑い、そしてネックチップの埋められた首筋に触れる。

 監視社会の今、肉の中にあるそれは僅かな身体の変化も読み取り記録しているのだ。情報の無断開示は法律で許可されていないが、マジカルナンバー7に登壇する際には個人情報の明け渡しは許可されている。最初からプライベートなどあったものではないのだ。

「あちらが回数になります」

 示されたのは客席の頭上にあるモニターだ。また自己申告らしい。

「七百二十四回。な、泣きすぎ、ですよね」

 言根はしゅんと肩を落とし、涙を浮かべる。記録更新一歩手前だ。

 モニターに表示された名前と数字が変わる。

 皆はそれを見て、名前の主である男を見た。

「…………」

「なあに、恥ずかしくて言えないの」

 九条は獲物の弱点を見つけた蛇のように口角を吊り上げる。

 しかし須和は、怯えるでも苛立つでもなく「四百八十二回」と数字を口に出した。

「あは、泣き虫だ」

「人はみかけによらないな。アッ、ごめんなさい」

 鋭い視線を向けられ、中井谷はさっと視線を足元へ落とす。本当に懲りない男である。

「私は、二百九十五回。ま、人生いろいろあるからね」

 九条はどこか気まずげだったが、すぐに開き直るようにふんぞり返った。

「百十三回。ほら、映画とか観ると泣いちゃうでしょ」

 中井谷は自分の数字を読み上ると、それが須和に比べて少なくても随分多いように思えてきた。言い訳のように理由を付け足したが、誰かがそれに興味を持った様子はない。

「……九十七回。少ないほうだろ」

 風坂は動揺を抑え込むように眼鏡を指で押さえた。

 完璧な人生を歩んだつもりの彼でも、涙の回数までは制限できなかったようだ。

「八回。ほら、アイドルは笑顔が基本でしょ」雪永はにっこり笑う。

「一回」

「一回?」

「そう書いてある」

 異常な数に周囲は仰天したが、当の本人である柏原は平然とした面持ちだ。その調子を見ているとまるで自分たちがおかしいような気さえ七人はするのだった。

「泣かないことが強いのか、涙の数だけ強くなれるのか。どうです、少しは彼らの姿が見えてきたのではないでしょうか。個性とは他者なくしては成り立たない。それなのに人と比べてはいけないなんて言うのだから、人間てのは不思議な生き物です。……それではラスト!」

 神妙な面持ちからパッと笑顔に変えたアダムの前に、八人が再び並んでいた。

 中井谷、言根、斎藤、雪永、風坂、柏原、九条、須和の順番である。

「この位置なーんだ!?」

「笑った回数」

 ブーッ

「怒った回数」

 ブーッ

 柏原と風坂の解答はたて続けにバツを貰った。

「もう少し具体的な行動です」

「アルコールで失敗した数!」

 ブーッ

「もう、全然分かんないよ!」

 中井谷の解答も当たらず、見当もつかない並び順に雪永は地団駄を踏んだ。

 もう誰も解答する気配がないことを察し、アダムは「正解は……」ともったいぶって自分に視線を集中させる。

「人の命を奪った数でーす!!」

 しん、と静寂に似た何かが八人を包み込んだ。

 音楽は変わらず軽快に流れ続けているはずなのに、まるで鼓膜が音を拾えなくなったかのように。

 アダムの言葉を理解するのに数秒要した。互いが恐怖と疑いの目で見つめ合い、視線を逸らす。

「では端からお答えください」

 他の問題の時と全く調子の変わらないままエヴァが促す。

「ぜ、ぜろ」中井谷が答えた。

「ゼロ」と言根がか細く言う。

「ゼロ」斎藤が数字に見合わぬ重苦しい声で言う。

「ゼロ」雪永が戸惑いで震える声で言う。

「ゼロ」風坂が警戒によって張り詰めた声で言う。

「ゼロ」柏原は平坦な声音で言う。

「……ゼロ」九条は息を吸ってから、声が震えぬようにまっすぐ声を飛ばした。

「本当に?」

 すかさずアダムが問いかける。

 その言葉を聞き、七人は九条を凝視した。

 会場中の視線を集めても、彼女は背筋をピンと張ったまま前を向いて答える。

「……まだ人の形もしていなかった。殺人罪にはならない」

 アダムはそれ以上言及はしなかった。

 彼女の一言に大体の事情を察し、気まずげに俯く者や安堵に胸を撫でおろす者もいた。

 しかしまだひとり九条の隣には男が立っている。須和だ。

「…………」

 須和は黙り込んだままだった。

 九条が、零と一のどちらに数えられたのかは定かではないが、少なくとも須和も一と数えられる可能性が大いにあるのだ。

 彼が姿を見せた時から感じられたその本能的な恐怖の正体がそこにあるのではと、中井谷や風坂や言根は固唾を飲んだ。

「正直に」

 まるで自分だけ緊張感とは別のところにいるような調子でアダムがせっつく。

「分からない」

 須和が言った。

「分からない? 自分のことでしょう」

 九条が目じりを吊り上げる。自分は勇気を出して答えたのに、この男だけはぐらかすなんて真似は許せるわけがなかった。

 隣でキィと声があがっても須和は面倒そうに「保留」とまた曖昧なことを言う。

「保留だ? どういう意味だよ」

「ちょっと、正解はなんなの!」

 焦燥した風坂と九条は振り返り、上段のアンドロイドに尋ねる。

 エヴァが形の良い唇に弧を描いたまま口を開いた。

「法的にはゼロ。彼自信の認識としては十三人」

「じゅうさ……っ」

 言根が貧血を起こしかけた。

 どよめきが広がり、七人は須和から離れる。

「今回は法律より本人の認識を重視して並んで頂きました」

「大量殺人じゃないか!!」

「でも法律的にはゼロって」

 戦慄と戸惑いの渦の中でも平然とした様子の柏原は、混乱を収めようとするかのように皆に声をかけた。

「堕胎も数に入るなら必ずしも殺人とは限らないわ。たとえば、患者の命を救えなかったお医者さんだとか」

「俺が医者に見えるか?」

「絶対違うと思うよ……」

「あら」

 全く見当違いの言葉には流石に須和も口を挟まずにはいられなかったようだ。中井谷もこっそりと指摘してやると、柏原はぱちくりと瞬きをした。

「以上、××順ゲームでした!」

 強制的な空気の入れ替えに、人間たちは口を噤むしかない。

 須和が十三人殺しているという認識の正体に戦々恐々としながらも、アンドロイドに逆らうこともできずに彼らは素直に並ぶしかなかった。

「さあさあ、どうだい審査ドロイドの皆、そしてモニター向こうの皆さん。たったこれだけでも、君たちの中で既に印象深い人とそうでない人が浮き彫りになってきたんじゃないかな? お次はランダムコーナーのラスト! さあ、ルーレットスターッ、トッ!!」

 愉快な音楽に潜めるように風坂は息を吐き出す。

 坂を転がり落ちるように時間と状況が過ぎてゆく。アンドロイドは自分たちが冷静になる時間を与えるつもりなど毛頭ないのだ。自分で自分をコントロールするしか、冷静でいる道はないのだ。

「次のコーナーは! "あなたは何者? ワンフレーズ紹介!"に決定! イエーイ!」

 アダムが煽ると観客席からもイエーイと声が飛ぶ。言根がその音量に跳びあがった。

「冗談じゃないわ。殺人鬼と同じステージなんて……!」

 須和の隣に立ったまま位置を大きく動くことのできない九条が、顔を赤くしたり青くしたりしながら爪を噛んだ。須和とは反対位置で九条の隣にいる柏原は「まだ殺人鬼と決まったわけじゃないでしょう」と宥める。

「絶対そうよ。だって、ほら、そういう感じじゃない!」

「人を見た目で判断するのは良くないわ」

「その通り!」

 口を挟んできたのはヤレドだった。

「けれど、内面は外見に現れるという研究も多数発表されています。もしも人間が一冊の本であるならば外見は表紙。そこに魅力がなければ、誰にも手に取ってもらえず、中身を読んでもらうこともない」

「……」

「美しく着飾ったあなたならよくお分かりのはず!」

「フン」

 雪永は笑顔ですかさず手をあげ「あたしはあたしは?」と主張する。

「あなたもまた可愛らしい」

「アハ」

 ヤレドは九条に向けた表情と全く同じ顔で言った。

「さあということで、次のコーナー行ってみよう!」

「その前に一旦CMです」

「どっひゃあ~!!」

 エヴァの笑顔と共に他四体のアンドロイドが大仰にスッ転ぶ場面を、撮影ドローンが引きで捉えたところで、モニター画面はコマーシャルに切り替わっていった。

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