第12話

 いつの間にか電話は切れていた。

 見えない何かに押し潰されそうだった。


 ……怖い


「くそっ!」

 声に出して立ち上がる。

 何でこんな気持ちになるのか。自分で自分が分からない。

 働かない頭で無理矢理考える。

 玲が夢を見た。俺も夢を見た。ただそれだけのことだ。何をこんなに恐れているのか――。

「こんなこと……もうやめてやる」

 そうだ、俺が彼女を捜さなければいけない理由は何もない。こんなことなら仕事をしていたほうがましだ。

 すぐに会社に電話をかけた。

「あ、お疲れ様です。九州はいかがですか? もう桜は咲いてますか?」

 受け付けの女の子の言葉で、自分は出張中になっていることを思い出した。

「ん? ……んあ……桜……ん……まあ……えっと――」

「どうしたんですか? ……電波悪いのかしら?」

 何とかごまかし、課長に取り次いでもらった。

「もしもし? あの……俺もう」

「中川君。私が最初に君に頼んだとき、何て言ったか覚えているかね?」

「え……っと、たしか……必ず見つけろ。逃げるな――って」

「……うん……まあ、間違っちゃいないが、省略しすぎだな」

 あの時はよく分からず、とりあえずうなずいておいたんだった。

「もう一度だけ言う、よく聞くんだ。いいかね」

 少し間をあけて、ゆっくりとした口調で話し出した。

「これは――彼女を捜しだすのは、君にしかできないんだ。あの時言った『君自身で見つけだす』というのは『君自身を見つけだす』ことでもあるんだ」


 俺……自身?


「今日で二日目か。彼女の友達に接触したあたりかな」

 

 なぜ……なぜ知ってるんだ

 もういやだ


「この先もっと辛くなるだろう。わけの分からない感情に振り回されることになるだろう」


 わけの分からない感情?

 今だってなにがなんだか分からないのに

 これ以上――これ以上はもう……


「決して逃げ出さないことだ。現実から目をそむけるな」


 現実……夢――


「今逃げたら君は一生……いや」

 課長は言葉を濁した。

「とりあえず今日はゆっくり休んで、明日彼女の母親のところにでも行ってみてはどうかね」

「……はい」

「うん。しっかり休んで、しっかり……夢を見るんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る