第11話

 不思議なくらい冷静に目が覚めた。

「…………」


 ――今の夢

 なんだか前に見たことがあるような……

 いや、そんなはずはない

 俺は元々夢なんか見なかったんだから


 きっと会社近くの川だし、その前の夢で姉が死んでいたのもあの川だったからそう思ったのだろう。

 台所へ行き、冷たい水で顔を洗う。

 それにしても、何で急に夢を見るようになったんだろう。それも人の死ぬ夢ばかり。


 でも――夢の中の俺って何だかかっこいい

 頭がよく冷酷な殺し屋っぽくないか?


 現実とは正反対である。

 仕事は任せられない、人の話は聞いてない。何より物事を真剣に考えるなんてことはほとんどない。

 よくいえば明るくマイペース、悪くいえばいいかげんでふざけた人間。

 俺の口癖は、「まっ、いいか」だ。

「そういえば……」


 なんで課長は俺に頼んだのだろう

 同僚だからか、それともよほど暇そうに見えたのか――


「まっ、いいか」

 考えてたらお昼近くになってしまった。急いで由香との待ち合わせ場所へ向かう。

 見覚えのある女性がベンチで弁当を食べている。

 近付いて行き声をかける。

「あの……俺……えっと玲の――」

「中川さんですね。お久しぶりです」

 明るい様子になぜかホッとする。

 並んで座り、何から聞こうか考えていると由香から話を向けてくれた。

「私、土曜日にメールしたの。お花見の計画を立てようかなと思って」

 土曜日。玲の様子がおかしかったと彼女の姉が言った日だ。

「いつもならすぐ返事がくるの。用がない限り彼女から電話もメールもないけど、返信は必ずくれるの」

 俺の知っている彼女もそうだ。

「結局返信のないまま……」


 ――そういえば

 玲は一体いついなくなったんだろう


 メールしたのは何時頃か聞こうとした時、由香が口を開いた。

「そういえば夢を――」

 背筋がゾクッとなり、一瞬気を失いそうになる。

 その時、不意にもう一人の自分がどこか高いところから自分を見ているような気がした。


「中川さん? どうかしたの?」

 由香の声で我に返った。

「あ……いや、今なんて?」

「大丈夫? それが月曜日に香織から電話があってね」

 月曜日――車だけを残し彼女が出勤しなくなった日だ。

「めずらしく玲から電話があったと思ったら、私が死ぬ夢を見て気になるって。変な感じだったって」


 死ぬ夢……俺も昨日――


「それって、どんな夢だったのかな……」

「えっ?」

「いや、なんか、友達が死ぬ夢ってどんな感じで見るのかなぁ、って」

 なんだか訳の分からない言い訳をしてしまった。

「うん、玲はちょっと――人と変わってるところがあってね。夢をよく見るらしいの」

 それは俺も聞いたことがある。


 それから、その夢が……


 そうだ。彼女はよく変なことを言っていた。

「おまけに、その見た夢が現実になることがたまにあって……正夢になるっていうのかな? だから余計に気になったんでしょうね」


 正夢――なんだ、この嫌な感じは


 背中に悪寒が走り、首の後ろが熱くなる。

「死ぬ夢……」

「そうなの。私が死ぬ夢。なんでも車ごと川に落ちたらしくてね。それが、自分の会社の近くにある川だったらしいの」

「会社近くの……?」

「中川さんもよく知ってるでしょ? あの桜の木の公園近くの川。なんでも、その夜にお姉さんがその川で死んだ夢も見たらしくて」


 お姉さん――その川……


「私が死ぬ夢だったから私には話しにくかったみたいで、香織に話したらしいの。彼女らしいわよね」

 もう由香の声は俺の耳に届かなかった。

「あっ、もうこんな時間。仕事に戻らなきゃ。それじゃ、玲のこと何か分かったらすぐに教えてね」

 そう言って由香は走って行った。


 夢――夢……死ぬ夢


 しばらくベンチから動けなかった。

 頭は何も考えてない。

 体が鉛のように重く、自分の意思では動かせない感じだ。

 何も考えられない。

 そのうち携帯電話が鳴っていることに気が付いた。由香からだ。

「はい」

「あ、中川さん? さっき言い忘れたんだけど」

「何か……?」

「玲は金曜日の夜に夢を見たらしくて、土曜日の朝に香織に電話したんだって」

 土曜日。

「そのあと香織から電話もらって、なんだか気になったからお昼頃メールしてみたの」

「ああ……」

「それからね。その夜、玲は何回も夢を見たらしいの。それも身内や親しい人が死ぬ夢ばかり」


 夢――夢……死ぬ夢


「私の次は確か、お母さんが自殺する夢らしいわよ」

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