2―2

「――……ん?」

 思い出したくも無い記憶を一気に見た気がする……確かこういうのって走馬灯っていうんだっけ……。

 同時に、なんか懐かしい感覚が――

「危ない危ない。急に倒れるからビックリしちゃった」

 目の前にはビロードの天幕のように垂れ込む豊かな髪と天女みたいに柔らかな微笑み。

「貧血? って言うのかしら。ごめんなさい、地球人の生態はある程度知識として得たつもりなんだけど実践の方はまだまだ手間取っていて」

 木琴のような柔らかい優しさと弾むお茶目さを併せ持つ声色。

「大丈夫? 痛まない?」

 ひんやりと、でもしっとりとした弾力に頭部を包まれる安心感。私はそう、目の前の美女に膝枕をされ――

「あ、血圧が上がって来た! 順調に意識が回復している♪」

 ――自分の額に彼女の指が侵入されるのを許していた……。

「………………………っ‼」

「あっ」

「――――――――――――――‼」

 我ながら凄まじい叫び声を上げたと思う。もはや何を言ったのか全く分からない。

 でもその意味不明が功を奏し、彼女から跳ね起きて「ガン!」「グエツ!」。

「いきなり動いたら危ないよ! シッ! それにそんな大声近所迷惑になっちゃう……」

「人の頭に気軽に指を突っ込む方が何百倍も危ないわよ! 命の危険の前に近所迷惑なんて知るか! このアパートボロすぎるし立地もサイアクで大家だって碌に寄り付かないからどんだけ叫んでも平気よ!」

「これは大丈夫よ。だって私達の■■■技術だもの。■■■はよほどのことが無い限り現地の知的生命体に攻撃してはいけないの。だからエリの体に悪影響は一切無いわ」

「ごめん肝心な部分が何言っているのか全然分からない」

「ああごめん。重要な部分になると星の訛りが出ちゃうわね」

「訛りって……」

 私は彼女にブチ当てたおでこをさすりながら前に座る。改めてその姿を見る。間違いない。目の前の美女は昨日あの超新星爆発を起こした何かだ。こんな美人、一度見たらそう間違えっこない。

「……」

「ん?」

 目元がキリリとしていてパッと見はヅカっぽいというか王子様系な感じ。でもこうして間近で見ると瞳はとても澄んでいて、言動と相まって好奇心旺盛な「少女」を思わせる。一言で言えば中性的っていうのだろうけど、何とも言えない両義的な美しさを感じる。危害を加えてきた相手が美人っていうのはなんとも……感情の持っていき場を見失う。

 そんなこの世の物では無い彼女も今日は服を着ていた。すらりと伸びる肢体、豊満な胸元で生地のあちこちがのびているけどデザインは良く見知った物。

「これ、私のTシャツとジーンズじゃん」

「うん。エリが着ているやつを参考にしてみたの。似合う?」

 彼女はいきなり立ち上がるとその場でくるくると舞い始める。豊かな黒髪がたなびき、月光のような笑みが合わさるとたいへん優雅だけど……ついでに言うなら胸元も大いに暴れてもの凄い事に……。それでも――

「いや、ダサい」

 ガーン、と大げさに悔しがる彼女。いや、美人ならユニクロを着こなせるなんていうけど程度による。ユニクロ以下の安物の上下は彼女の美しさに全く貢献していない。私がモデルだったら「これなら裸の方がマシ」と言うだろう。

「……って、アンタ私の事、名前! 何で知っているの!」

 表札には「滝沢」と苗字だけでそれで知る事は出来ない。財布もカバンも荒らされた形式無し。一体どうやって――

「だからほら、この指でこう……」

「ストップ!」

 出された人差し指。ああなるほど、もう何もかも理解した。

 私はその指を掴むと力の限り捻じり上げる。

「ちょっと、いきなり激しい! ■■■っ! が曲がっちゃう!」

「アンタの体なんか知るか宇宙人! 人様の脳をいじり倒しやがって! そんなに地球が欲しいか! やってくるならエリア51か1999年にしろ! 私の生活の邪魔をするな!」

「え? 地球人の文明レベルだとまだ宇宙まで進出していないのに何で私達の存在を知っているの⁉ この非文明的な暮らしは仮想の物で私の観察は先回りで察知? 擬似体験をつかまされていた?」

「は⁉ アンタね、人を誘拐して頭の中をいじる事をやるのは宇宙人だって相場が決まっているのよ。本物なんて見た事無いけどそういうもんなの」

「ありえない。いや流石辺境の惑星。稀に技術に似合わない想像力を持つ知的生命体がいるけどまさか地球人もそうだったなんて」

「どうせ地球人は蛮族ですよ!」

「褒めてるんだよ!」

「上から目線が気に入らない!」

 ただでさえ疲れているのに走馬灯で嫌な思い出を見せられて、その上宇宙人まで。私のキャパシティーはもう限界だった。

 だから全身に変な力が入ったのかもしれない――

「あ!」

「‼」

 押し合いへし合い、なんの前触れもなく私の目の前で彼女の右腕が振り抜かれる……私の手の中に彼女の人差し指を残したまま……。

「ヒィ……」

 思わず放り投げたソレ、表面こそ人体を模しているけど断面は体表と同じ色で、漏れ出したのは血液の代わりに……砂!!!?

「? どうしたの、そんなに驚いて。ああそうか! この星の生命体には痛覚があるんだった!」

 アーイタイイタイ、と音程が外れたリアクションをしつつ、彼女は汗一つかかずにソレをひょいとつまみ欠けていた場所にぴったりとくっつけた。

「……それ、本当に大丈夫なの?」

 私がそう言うと彼女は表情を輝かせながら「心配してくれるの!」と顔を近づけてくる。しぐさこそ大型犬のようだけど、あいにく私は顔が良いエイリアンなんて飼う余裕は無い。

「近い、離れて。と言うか血とか……出なかったし」

 ふむ……、と思案顔になると彼女はおもむろに私から離れて……

「じゃーん」

 さっきよりも質量が大きいせいか、今度はパサッと乾いた音が。それと共に彼女の頭部がマネキン人形のように首から外れる。

「大丈夫。これは『活動体』って言って仮の肉体。本体は母星の方にあって地球の概念で言う所の精神の入れ物に過ぎないんだ。痛みも観察対象と生活するのに不審がられないように設定できるんだけど私としたことが実はまだ未調整で、数値がゼロになっていたの」

「………………」

 おーい、大丈夫? と彼女は絶句した私に言葉をかける。心配してくれているのだろうけど、お願いだからバスケにでも誘うノリで頭部を押し付けてこないで欲しい。

「落ち着いた?」

「……まあ、もう怒る気力も無いわ……」

 取りあえず頭を戻してちょうだい。私がそう言うと彼女はゆっくりとそれを首にはめ込んだ。接合時に再び乾いた音が。やっぱり彼女の体は言葉通り人体が持つ湿度とは無縁のようだ。

「……アンタ本当に何者なのよ」

「私の事気になる?」

 今度はでなく全身をグイグイと押し付けてくる。巨大な猫が懐いてくる感じ。きっと同性でもこの美貌に迫られたら気を許してしまうのだろうけど、あれだけショッキングな目に遭ったらもううんざりだ。膝枕といい……コイツは何でこう見ず知らずの相手にここまでフランクなんだ。

「気になるというか……これだけ不可解な目に遭わされたらきちんとした説明くらい欲しくなるわよ。もう頭の中がグチャグチャ」

 話を聞いてあげるから離れて。そう言って私はしなだれかかる彼女の体を離した。彼女の方も話をする気になったようで、立ち上がると少し距離を開けて改まって私の正面へ、その場に正座で座り込む。

「うーん、とりあえず何から話そうか。地球で言う所の自己紹介ってやつだと、私は惑星■■■出身の■■■。母星では異星調査員として各惑星に存在する有益な情報を収集・母星に持ち帰る事を職業にしている。この星で言う所の公務員ってやつだね」

「ごめん、さっきの変な単語がよく分からなかった」

「あちゃー、固有名詞になると翻訳が難しいね。_、そうだ!無理やり当てはめるなら! 私は惑星イース出身の■■■」

「もう一つ肝心な所が分からない」

「本名の方はもっと発音が難しくて、地球人を模した人体構造だと解像度的にこれが限界。それに個体名なんてラベリングに過ぎないじゃない。重要なのはその個体が社会にどれだけ貢献できるかの能力であって名前や家柄なんてレッテル大した事無いよ」

 極上の音色から不協和音まで様々な音を発しながらコイツ凄まじい事言いやがった。地球人よりも優れた技術を持つ惑星が極端な能力主義になるのはSFのお約束なのだろうか。

「だとしても私が困るわ。アンタの事宇宙人とかアンタとか代名詞で呼んでいると、私が一方的に名前を呼ばれているのが不公平。それに私じゃそんな電波が飛ぶような宇宙語喋れない」

「じゃあエリが付けてくれない」

「はぁ⁉」

「私エリが付けてくれた名前なら呼ばれるの嬉しいなぁ」

 輝く笑顔で微笑みながら彼女はまた凄まじい事を……だからなんで一々距離感が近いんだ……。コイツは私がアンタのことを警戒している事を理解しているのだろうか。それとも優れた宇宙人様にとって木っ端みたいな小娘に何されても気にしないとか……。

「はやくはやく♪」

「……」

 ああもう! そんな期待に満ちた目で見つめられたら、なんだか調子が狂う。呼び名なんて適当に済ませてとにかくこのキラキラ光線を躱さないと。

……なんてどう」

 竹林で発見した宇宙人。我ながら安直なネーミングセンスだと思うけど、ウチには語彙や想像力を磨くための小説や漫画といった類の物が一切無い。エンタメは昔父親が借りてきたDVDで止まっている。最新のキラキラネームなんて斜め上の発想も無い。

「かぐや……かぐや、かぐや、かぐや。かぐや! いいね、字数的にピッタリだし気にいった! じゃあ今日から私は惑星イースからの調査員のかぐやだ」

 その後もかぐやはうっとりとした表情で「かぐやかぐや」と言い続ける。気に入ってもらえて何よりだけど、大人びた風貌の人間、まして彼女は職を持つ大人なわけでそんな彼女がはしゃいでいるのを見ると……大人ってなんだ。

「ご機嫌なのはいいけど、ねえかぐや、私話の続きを知りたいのだけど」

「そうだったね。名前を貰ったのが思いのほか嬉しくって。イースじゃこんな体験新鮮だったからつい」

 コホンと一息ついてかぐやから表情が消える。今度こそ本当にかぐやは説明を始めるようだ。

「どこまで話したっけ……そう名前と出身と職業までだったね。そう、私の職業は異星調査員。イースの住人はあらゆる資源の中でも情報を重視してね、三大欲求よりも知識欲を優先させる習性があるんだ。

 そんな先人たちが開発した技術で最も称賛を浴び、活用されているのが精神転送装置。かつてのイースは母星の外に知識を求める際に物理的な方法で移動していたのだけど、地球でいう所のロケットで移動するのはコストがかかるし、対象となる惑星の環境に肉体が耐えられるとは限らない。ウイルスとかで現地で死ぬ分には構わないけど母星まで持ち込まれたらもう大変。過去にはそれが原因で惑星総人口の三割が減った記録もある。

 それに環境の条件をクリアしても、現地の知的生命体が友好的なのかは分からない。ちょうど今つんけんしているエリみたいに」

 要は異星人同士でコミュニケーションを取ろうとすると科学技術や文化レベル、慣習のギャップが嫌でも目立つってことだろう。地球にも相手のおでこに指先を溶け込ませて情報を吸い上げる文化があれば私もかぐやにカリカリしなかった。

 地球でだって国が違うだけでいがみ合うなんてざらだし、国内でだって一枚岩とは言えない。これがさらに惑星そのものという単位になれば問題が出ない訳が無い。

 不意にかぐやの視線が私の目から表情全体をスキャンするように走る。どうやら彼女は今の説明を私が理解しているのか判断しているようだ。なるほど、調査員という肩書は伊達じゃない……だからって私の反応に一々ニコニコするのは余計だけど。

 そして、私が内容を理解していると悟ると再び表情を消す。まったく賑やかな奴だ。

「そんな非効率な情報集を変えたのが精神転送装置、及びその周辺技術。母星から観測できる範囲の、知的生命体が存在すると思しき惑星に座標を登録して、まず精神体を飛ばす。地球風に言うなら幽霊みたいに漂って星の情報を収集する。精神体であれば、対象となる惑星がイースよりも科学技術が発展している場合を除いて補足される事は無い。本体は母星の方で万全のバックアップ体制。調査員が母星に戻ってもウイルスとか発信機みたいな危ないものを持ち帰ることも無い。こうして私達はこの広大な宇宙で知的生産活動を大幅に向上できるようになったんだ」

「でもそれっておかしくない。最効率の情報収集手段が浮遊霊になる事は分かったけど、あなたは全然バーチャルな存在じゃない。現に肉体……を持っているじゃない」

 私には霊能力なんてものは一切無い。こんな幽霊騒動に事欠かないボロアパートに長年住んでいるにも関わらず怖い目になんて遭った事は一度も無い。私にとってはお金が無い事以上に怖いことなんて無い。

 それに……、

「エリの言う通り、精神体を飛ばすのは第一段階に過ぎない。でも知識は時に知るだけじゃ獲得できないでしょ。場合によってはその身をもって体験する必要がある」

 かぐやは今度は左手で右の二の腕を掴むと「ぱさり」と腕を外した。よく見ると、断面からはクレーターで見かけた砂粒がわずかに零れ落ちている。

「『活動体』は調査員が情報をしなければならない場合に、現地の原子を用いて構成されるアバターみたいなもの。精神体で見聞するのも悪くないんだけど、結局星の情報を収集するなら身体を作って現地人に混ざる方が質が高まるって分かって、この技術が確立してからほとんどの調査員は活動体を身につけているね」

 なるほどがぐやの体に血が通っていないのは彼女の肉体が厳密な意味での生物じゃ無いからだ。それこそVRアバターみたいなもので、コミュニケーションのための見た目だけの存在に近い、お人形みたいなものだろう。

 はぁ……指をもいだ時にはどうしようかと思ったけど――

「この体の事、心配してくれたんだ。うれしいな」

「表情を読むな!」

 この宇宙人が私に興味を持っているのはなんてことない、安全な檻の外から動物を観察しているようなものだ。かぐや、もといイースとやらの人間にとって私達は博物館の資料に過ぎない。彼女が投げかけてくる視線もさしずめマニアックな知識欲を満たすためのもの。

「で、そんな偉い宇宙人様がこんな辺境な立地で技術も劣る地球まで一体何の用なの? まさか宇宙人らしく侵略に来たわけ。その肉体はスパイ活動の隠れ蓑?」

「いや、惑星開拓・テラフォーミングならともかく惑星侵略なんて三流惑星がやる事だよ。星の資源を戦争なんて行為で消費するなんて非効率の極み、稚拙すぎ。まあイースの技術力があればすでに永久機関を開発し終えているし、近郊の惑星であれば侵略出来るのだろうけどさすがに地球は遠すぎるかな。母星から何億光年離れているし、物理的資源で言えば目新しいものは一切無い、平凡に過ぎる星だから他の宇宙人からも当分侵略される心配はないと思うよ。良かったね」

「……………………」

 悪気は一切無いのだろうけど、何でこう己より優れている存在は下々の存在を慮らないんだ。私が気が短いやつなら今すぐ頬をひっぱたいているし、政府の役人だったらその土塊の肉体を二度と使えないようにバラバラにしている。

 それでも私が動かなかったのは決して……かぐやの見た目が良いからじゃない。

「で、そんな何十手先を行っている科学立国がなんでこんな取るに足りない星に目を付けたのよ。矛盾していない?」

「さすが中学時代三年連続主席。今までいろいろな惑星を巡って来たけど、ここまで話が滑らかに進んだのはエリが初めて」

 情報が古い。ってことはかぐやが私から読みだしたのは私の黒歴史までか。

 ……じゃあ私が走馬灯を見たのはコイツのせいじゃないか!

 私の表情を読んでかぐやは「ごめんね」と申し訳なさそうに笑顔を向けてくる。コイツ、自分がかわいい事を、あざとい事を理解していやがる!

「まあそう怒らないで。地球にはエリが喜ぶとっても凄いところがあるんだから」

「別に地球がバカにされた事に怒っている訳じゃないし」

「地球はね、惑星イースが置かれている窮地を覆すかもしれない素晴らしい要素を持っているんだ」

 どこまでもマイペースな奴め。観察能力とか優れているのに、他者の感情をくみ取る事に関しては地球の子供レベルなんじゃないか?

 けれど、さすがに地球にも異星人が認める価値があるとするなら気になる。彼女の力の一端を見ただけで私はすでにお腹いっぱいだ。そんな彼女の母星が欲しくて仕方のない情報の事を知れば何か対抗策が見つかるかもしれない。

 私が興味を示した事を認めるとかぐやは勿体付けたようにニヤリと口角を上げる。ここからがサビだ。

「どんな先進国、先進惑星も共通する悩みっていうのがあってね。惑星イースもその例に漏れずにそれを抱えてしまった。惑星イース全体を直面した課題、それは『出生率の低下』。

 どんな知的生命体も本能を脱却して理性的な活動に邁進してしまうとソッチの方が疎かになりがちでね。とりわけイースの場合は三大欲求よりも知識欲というスローガンがそれを加速させてしまった。遺伝子操作技術を応用して、より知識を蓄えられるように脳を改造したり、精神転送装置が出来てからはのに適合したデザイナーベイビーを生み出したりと精神も肉体も生殖活動からはかけ離れた存在になってしまった。

 みんな自分の好奇心を満たすことにもういっぱいになっちゃってね。まあ最新の世代はまた遺伝子操作を施して産める肉体を取り戻したのだけれどそれでも人口は緩やかに減少していって、種の保存がギリギリになった所でようやく重い腰を上げたというわけさ」

 話だけ聞くと確かに地球でも起きている現象と一致する。日本だって出生率の低下は問題になっている。まぁ、私に言わせれば日本だけで言うなら純然にお金の問題だと思う。親と子供が一緒に過ごせるだけの金額。住居に、食事に、保育園に、保険に、子供の、いや少子化だけでなく大概の苦しい問題はお金さえあれば解決できる。ウチだって金銭的に豊かであれば両親が蒸発することなんて無かっただろう。

 で――

「いやいや……やっぱりおかしいじゃない」

「何が?」

「いや、宇宙人だったらクローン技術とかで、わざわざ有性生殖で人口を増やす必要なんて無くない? アンタたちが卵生なのか胎生なのか知らないけど、ほら、ベタなSFだったら母体に負担のある生殖方法なんて取らないでしょ。そっちの方が母親だって妊娠期間を自分の事に使えるし、試験管ベイビーは、さっきのデザイナーベイビーはどこに行った⁉」

「はっはっは、やっぱりエリは頭の回転が速くていいや。イースの■■レベルの資格は獲得できそう。

 ああごめん、バカにしたわけじゃないから睨まないで。他の惑星に比べてイースが知的生産に特化しすぎているだけで例えば軍事技術だけで言えば私達を凌駕している惑星なんてざらだから。結局あらゆる面において優れている知的生命体なんてこの宇宙に存在しないって事。

 そう、デザイナーベイビーに話を戻すと、確かに一時期はで人口を増やしていた時期もあったよ。でも、各惑星からかき集めた知識を遺伝子に書き加えすぎたせいでいつからか人工的な方法で種を増やすことが難しくなってね。細胞分裂を開始したら暴発して死滅とか、成功率が著しく減少しちゃって……もちろんそっち方面での研究も継続しているけど現状望みは薄いかな。

 だからこそ一周まわって原始的な方法に回帰する事になった。コッチの方は試験管よりも断然安定して産めることが分かった。でも、機械的に人口調整を行って来た結果やり方も関心も無くなってしまって、若い世代に至っては能力を持っているにも関わらず知識としても『生殖』のせの字も知らない何ともちぐはぐな状態になってしまった。

 ゆえに、私達は根本的な発想の転換を求められた。イースは総力を持って調査員を広範囲に派遣。私もまたミッションを帯びて最果ての惑星である地球に到着したというわけさ」

 ここでかぐやは言葉を区切る。ここまで来れば私にも彼女の演説がクライマックスを迎えた事を理解する。

「そのミッションは……」

「……」

 熱気に夏の虫の音、それにアパート内部も、空気そのものが引き締まっては遠くへ飛んでゆく。私は今無敵とも思えるかぐやの、宇宙人の重要な秘密に触れようとしている……!

「っ――」

 かぐやの口がゆっくりと開かれる。私は一言も聞き漏らすまいと彼女の口元に視線を送り――

「私のミッションは『恋』を知る事。かつてイースで失われ、この地球で現存する『恋愛』の概念を理解して母星に持ち帰る事!」

 ――脱力……。全身を真夏の疲労感のさせるがままにする。

「……」

「……あれ? ひょっとして、思ったよりリアクションが薄い……?」

 記憶の中のエリはもっとこう驚く、などと呟いて人の過去の表情を真似て百面相するかぐや。その姿はさっきのオチよりもまだマシに笑える。

 でも……嘘でしょ、ねぇ。

「くだらねー……」

 私は立ち上がるとかぐやに背を向けて自室へと移動する。

「え? どこに行くの?」

「明日も朝早いから寝るの」

「ねえちょっと、そんなにあっさりシャワーも浴びないでもう寝ちゃうの? 読み取った記憶通りなら、SF好きのエリなら生の宇宙人から宇宙の秘密を知れば驚きつつも現地の良き協力者になってこれから二人で星を救う大冒険をするって流れじゃないの⁉」

「……」

 一つ重要な勘違いを訂正させてもらうなら、私にSFの知識があるのはあくまで父親が借りてきたDVDの影響で、その分野に若干明るいというだけ。中学生になってからはテレビもレコーダーも生活の足しに売り払って娯楽といえば現代文の教科書くらいだ。

 それを訂正する気力も、ぐっしょりとかいた一日分の汗を流す手間も、もうなんだか気が抜けてしまった。

「ほらだって、恋愛モノってSFよりも流行っているじゃない。ということはこの惑星では恋愛は重要な価値観になっている証左でしょ! 人間二人が愛し合うことで子供が生まれる。これって結構重要な事だと思うんだけど」

「ケッ」

 物理的な超常現象を引き起こせて、地球よりも文化的にはるかに優れていて……それでオチが「恋を知る」だなんて興ざめなんてものじゃない。

 そりゃ愛し合えば子供だって生まれるでしょうよ。でもそんな感情の最大瞬間風速なんていつかそよ風ほども無くなる。私が証拠だ。貧困の前に愛情なんて無力。人間最終的に必要なのは己一人で稼げる能力と体力だ。

 だから私は襖でかぐやとの間を仕切って布団に滑り込んでタオルケットをかけて寝る事にする。明日の朝だってバイトがある。まずは体力を回復させないと……。

「ふわぁ~……」

「ちょっと! ねえ! 宇宙人の一生一代の秘密の告白をエリちゃんはそんな華麗にスルーするのかい?」

「……うっさい! 別にアンタが何をしようと勝手だけど、少なくとも睡眠時間だけは邪魔しないで。もう十二時よ! 長くても三時間しか眠れないの! 貧乏学生はタイムイズマネー、一秒でも惜しいの!

 活動拠点が欲しいんだったらスペース余っているし今日のところは家においてあげるわよ。何だったらご自慢のイースの技術で空き部屋ジャックしてもいいし。とにかく、今日のところはもうおしまい。地球人はもう寝る時間です」

 襖の奥から「やった!」と言ったきり干渉してこないのはありがたい。今までのかぐやのしぐさを見ていると漫画みたいに襖に突撃して抱きついてきてもよさそうだけど、切り替えが出来るあたり彼女はデカイ子供というわけじゃなさそうだ。私に配慮して気配どころか呼吸音すら感じないのは極端だけど。このへん彼女が厳密な意味での肉体を持っていないことがハッキリと伝わる。

 もう何度カルチャーギャップで頭を痛めたか。その最大級がよりによって恋愛だなんて。あんまりすぎて気絶すらできない。

 何がともあれあの夢は、超常現象は、宇宙人は実在した。それがハッキリしただけ良しとしよう。問題は山積みだけど、とにかく今はこれで一区切りだ。

「すぅ……………………」


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