五章 暗闇より希望の光 その10
「ハッ! え? 夜?」
戦いの後に疲れた括正はそのまま寝て、起きたら夜になっていた。
(これから僕はどうすればいいんだ?……あ、荷物。)
服を着直した勝者はとぼとぼ夜明け前の森の中を歩いていると、一誠と最後の会話をした場所までたどり着いた。
(幸灯の死体なんて見たくない。……だけどせめて彼女の体が旅人によって辱めにならないように、手厚く葬ってあげなきゃ。そうだ。棺桶を買おう。僕いくら持っていたか、ん?)
括正は荷物を漁っていると、袋に気づいた。
(ドワーフから奪った妖精の粉。……そうだ。これなら。)
括正はすぐに荷物をまとめると急いで森の中を駆け出した。走り終えた場所には幸灯の体があった。括正は優しく幸灯をお姫様抱っこした。
(もっと広いところがいいな。頼む幸灯。三途の川はまだ渡り終えないでくれよ。)
・・・
・・・
(うう、眩しい! はっ!)
幸灯は起き上がるとそこは浅い川の上にいた。上は真っ白。左右や前を見ても何もなかった。ただ横幅の広いこの川は幸灯から見て前に向かって流れていた。 自然と、幸灯は自分の左の手首に赤い糸が結ばれていることに気づいた。糸先は後ろにあったため、ふと後ろを振り向くと少しある距離に紺色の服を着た男が座っていた。彼は黒いハサミでその赤い糸を切ろうとしていた。
「きゃあああああ!」
「え? あああああ!」
幸灯の悲鳴に男ももちろん驚いた。
「あなたは何者ですか⁉︎ 一体私に何を? ここはどこですか?」
当然気になることを幸灯は質問した。男は少し黙ってから、言葉を発した。
「彼女の反応は当然だ。どんな少女だって起きて見知らぬ男が驚くのは必然。さて不安げな彼女の質問に答えるとしよう。」
「あの〜、大丈夫ですか?」
幸灯は姿勢を整えて質問した。男は目を合わせて丁寧に答えた。
「うむ、ああ。すまない。ちょっと心の中で秘密裏に会話をしていた。」
「いや、全部口に出してましたよ。」
幸灯は笑顔でツッコミを入れると、男は過敏に反応した。
「ななな、なんと⁉︎ 我にそうさせるとは君は魔女なのか? 道理でこの糸が切れぬ訳だ。……あ、やんべ。運命のハサミが傷だらけじゃん。」
「私友達に魔女がいますけど、私は違います。」
幸灯は状況を理解したかったので、話を戻した。
「質問に答えてくれませんか?」
「ああ、ああ失礼。我本当に失礼。オッホン。」
座り込んでいた男は立ち上がり、深くお辞儀をした。
「我はゼカリヤ・ヴォルデ。灰羽色(はいばしょく)の魔導大賢者なり。」
ゼカリヤはそう名乗ると両手を横下に広げた。
「この世からあの世への道のりは無数にある。ここはその一つ、三途の川だ。」
ゼカリヤはそう説明すると、幸灯はふと死ぬ直前を思い出した。
「そうだった。私……括正を庇って、死んだんですね。」
幸灯は冷静にそう言った。すると彼女の驚きにゼカリヤは腕を組み、首を90度に傾げた。
「んんー。それが君は完全には死んでいないのだ。そのせいで大宇宙のどこかで急に振動が走った。別に困ることではないが、状況が状況。かなり不思議だったから我は原因を調べたくなった。調査の末、我はここにきた。するとどうだ。」
そう言いながらゼカリヤは無理矢理赤い糸を引きちぎろうとしたがビクともしなかった。
「少女をこの世とつなげる赤い糸があるではないか。君が無事あの世に送られるように、先程からあらゆる手を使っているが、全く切れぬ!」
ゼカリヤはまた座り込んでしまった。
「どうやら君はどんな存在にも破れぬ、最高の魔法を持っているようだ。」
ゼカリヤはそう言うと頭を掻いた。
「つまり我は何もできぬ。ここから奇跡が起こるかは、括正君次第だ。」
川の流れは緩やかで、そこに平穏があった。
・・・
・・・
「おし、書けた!」
平らな地面を見つけた括正はファンキードックの尻尾で作られた大きな筆にロック羊の血を付けさせて、円を描いてからその中に十字架を描いた。円の線上の十字架の先っちょにはランダムに毒の入ったリンゴ、ぶどう酒に漬けられたパン、ミノタウロスの角を置いた。
次に近くにあった幸灯の体を運んで、赤い十字架の上に優しく真っ直ぐに降ろし、妖精の粉を優しく吹っかけた。最後に括正は大きく両手を広げて叫んだ。
「血よ、弱きこの子を奮い立たせ、無限の力を与えたまえ!」
括正は力の限り叫んだが、何も起こらなかった。括正はふとあることに気づいて、涙をポロポロ涙を流した。
(そうか。……ドカーンダイヤ。持ってなかった。)
括正は涙を流しながら膝をつき、被っていた。ターバンを取った。
「ごめん、幸灯。本当にごめん。主人を守れない愚かな重臣がいたもんだ。……君の天での素敵な暮らしを心から願う。」
そう言い終えると、括正は優しく、純粋な気持ちで幸灯の唇にキスをした。しかし、口合わせをし終えた直後だった。空からとてつもない光が魔法陣目掛けて降ってきた。
「うわああ!」
その威力に括正は魔法陣の外にぶっ飛ばされてしまった。光の柱が眩し過ぎたため、しばらく目を塞いでいた括正だった。しかしやがて光の柱は消えて、魔法陣にはなんと幸灯が目を閉じたまま立っていた。ちょうどこの時太陽が昇り、朝がやってきた。
「え?」
括正は驚いていた。確かに幸灯ではあったが、人ではなかった。肌はより真っ白になっており、黒い瞳は血の赤色に、黒い髪は透き通った桃色に変わっていた。
「んん…。」
目を開けた幸灯は唖然としていた括正を目にすると、自分の肌と髪の毛の変化にすぐに気づいた。
「ん? んん? んんんん⁉︎」
幸灯はくるくるしながら、真下にある魔法陣に気づいた。円だけが残り、必要な道具と血で書かれた十字架が消えていた。
「括正、これはどういう…?」
幸灯が質問した瞬間、括正はすぐに彼女に接近して跪いた。
「女王陛下、お許しあれ。あなたを白吸血鬼にしてしまいました。」
そう言うと括正は右腕を差し出した。
「せめてものお詫びだが、さあ僕の血を吸ってくれ。」
この申し出に幸灯は多少戸惑ったが、体が求めていることにすぐに気づいた。
「では、お言葉に甘えて…。」
幸灯は括正の腕が口に届く程度に体とひざを曲げて、優しく括正の腕に噛み付いた。括正には多少の痛みはあったが、今までの戦いで受けた傷や幸灯がいない世界を生きなければいけなかったという痛みに比べたら大したことなかった。
その時だった。突然猫が距離のある茂みの中から現れた。
「フンニャー! 侍道化ええええ! おみゃあよくも蛇光様をおお!」
その化け猫は猫の大きさから男性の大人の大きさに変わって二足歩行で走ってきた。
(しゃべる猫もあいつの手下か⁉︎ クソっ! 血を吸われたのと昨日の傷でうまく動けねえ。)
「幸灯! 僕を置いて逃げ…え?」
後ろを向くと、そこに幸灯はいなかった。
「えいっ!」
「ふんぎゃ!」
幸灯は化け猫の頰に見事な飛び横蹴りを喰らわせていた。だがそこでは終わらない。
「やっ!」
「ブヘッ!」
幸灯は地面に降りた瞬間、蹴った脚と反対の手で強力なビンタをした。
「くうう……上からダブル引っ掻き!」
化け猫は幸灯の小さな体を目掛けて大きな両手を振り落とした。
「ゲ!」
幸灯は両手で化け猫の手首を抑えた。
「あなたには恨みはありません。しかし、私のために戦って私のために自分のなりたかった存在を捨てた愛すべき重臣を傷つけようとするものなら…。」
幸灯はそう言うと、化け猫の手を持ったまま、驚く行動に出た。
「空を飛んでいる。」
括正は唖然とするしかなかった。
「ぎゃああ、この形態おでは飛べないニャアア。」
「あなたに恐怖のショーを与えましょう!」
かなり上空でそう脅すと幸灯は化け猫の手首を掴んだまま、ぐるぐる回った。
「ぎゃあああああ痛い! 痛い! やめてにゃあ!」
何十回か回った後、幸灯は笑みを見せた。
「ごきげんよう。」
パッ!
「え? にゃあああああああああ!」
幸灯は急に離し、猫は遠くへと飛んでいった。
猫退治を終えた幸灯は括正のところに舞い戻ってきた。
「お待たせしました。括、キャッ!」
括正は急に幸灯に抱きついた。幸灯はもちろん驚いたが優しく語りかけた。
「うう〜。幸灯……また出会えて、戻って来てくれてうれしい。」
「もぉ〜。男の子から女の子に抱きつくのはちょっと驚きますよ〜。……あなたのハグは好きですけどね。」
幸灯も括正の体に腕を回した。少ししてから、幸灯は括正に質問をした。
「ねえ括正。私を吸血鬼にしたのはあなたの願いですか? 私との約束があってですか?」
この幸灯の質問に括正は少し黙り込んでから答えた。
「純粋な全てを込めた祈りだ。」
さあ、物語はまだ続く。もちろんまた話そう。だがここらが今はちょうどいい。この本ではここをお開きとしよう。この本の締めくくりはこうしよう。
こうして侍道化―岩本 括正は念操者となり、怪盗獅子騙しー幸灯は吸血鬼となった。二人はこれから王国の設立への長い道のりを歩み始めた。
怪英記 第1巻 〜戦場漁りの乙女と人斬り奉行の侍道化〜
完
怪英記 第1巻 〜戦場漁りの乙女と人斬り奉行の侍道化〜 宇宙の帝王 @sexyprince8
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