第22話 殺人機械2


 チャイニーズマフィア白虎の事務所前で、車から降りた龍神会若頭の明と組員が建物を見上げて話しこんでいた。明が咥えていたタバコを落とし、苛立たしげにつま先で踏み潰した。


「おい、まだか?」

「反撃する前に、全員ぶっ倒したんですかね?」

「そりゃあ、ねぇだろ?」

「そうっすよね」

「なんだよ? オメェが言ったんだろがボケナス!」

「すんません」


 そこへ、タイヤを軋らせる音が響いてきた。明は目を細めて近づいて来る車を見やった。


「うん? あれは、うちの車じゃねぇか?」

「そうっすね。助手席に鈴本が乗ってますよ! あれ? 運転席は……」


 道の真ん中に立って、迫ってきた黒塗りのキャデラックを眺めていた組員。


「わっ!」


 減速する代わりに、アクセル全開で突っ込んで来たキャデラック。眺めていた組員は避ける余裕もなく、フロントガラスに蜘蛛の巣状のヒビを入れて、跳ね飛ばされた。明の方はギリギリ自分の車のボンネットに飛び込み、事なきを得た。

 急ブレーキを踏んで停車したキャデラックから蓮實が降りてきて、助手席側に回り込み、鈴本を引きずり落とした。


「あ、あの建物だと思います」

「なんだ? はっきりしないな」

「く、組員に聞いてください! ぼ、僕は不参加なので詳しくは分かりません!」


 蓮實は鈴本を離し、キャデラックのボンネット越しに明へと話しかける。


「小僧が居るのはあのビルか?」

「はぁ? なんだお前は?」


 明は自分の車のボンネットから滑り降り、メンチをきりながら蓮實たちの元へとガニ股で近づいていった。そんな彼に対し、蓮實は警察手帳を提示する。


「警視庁の蓮實だ。連続強盗の容疑者を追っている。お前らには興味ないから教えろ」

「警察がヤクザひき殺して、なに開き直ってんだよ? 頭おかしいのか?」

「どいつもこいつも、なんて聞き分けのないバカどもなんだ。ああ、車も邪魔だ!」


 蓮實は、目の前にあるキャデラックの助手席の下に両手を入れてひっくり返した。

 ひっくり返ったキャデラックは、明の車に逆さまに落ちた。両方の車の天井が押し潰され、お釈迦になった。


「で?」

「あのビルで間違いないですぅ!」


 明の言質を取り、蓮實はチャイニーズマフィアの事務所へ歩みを進めて行く。しかし、「お前ら、撃ち殺せ!」と明が叫んだことで、蓮實に邪魔が入った。


 道端に駐車されていた車からワラワラと組員が溢れ出し、蓮實目掛けて銃を乱射した。蓮實は向き直り、両手で顔を覆った。


「アイヤー!!!」


 外の騒ぎを聞きつけ遅れて建物から出て来た、青龍刀を持ったチャイニーズマフィアたちの集団。

 挟み撃ち状態になった蓮實はその場から飛び上がり、宙返りして天地逆さまの姿勢で電線に両足を着くと、たわんだ電線の反動を利用してミサイルのように地上の車へ突っ込んでいった。

 窓ガラスを突き破り、中に居たヤクザの体に蓮實の両腕が突き刺さる。破裂した人体で血染めになった車内からドアを開けて血だらけの蓮實が降り立つ。その手には、組員から奪った機関銃を持っていた。

 至近距離からの機関銃乱射に周辺に居た組員たちはバタバタと倒れて行く。訳も分からず、立ち尽くすチャイニーズマフィアたちだったが、剥き出しになった蓮實の鋼鉄の腕を見たひとりが、闇カジノ襲撃犯ではないかと声を上げた。蓮實の怪物じみた戦い方を目の当たりにした周りのマフィアたちも同意し、青龍刀を掲げて一斉に突っ込んでいった。


「ウォオオオオオ!!!」


 弾切れを起こした蓮實は、素手で青龍刀の相手をする。首を落とそうと両側から水平に差し向けられた刃を前腕で防ぐ。しかし、間髪入れず上方から飛び上がって振り下ろされる青龍刀。蓮實は脚を振り上げ、足の裏で跳ね返した。そのまま振り下ろした脚の勢いで前転で前に飛び、真上から鋼鉄の足を振り下ろした。

 ――ウァアアアア!!!

 前転の勢いで、側面の敵は体勢を崩し、前方の敵は下顎を粉砕されていた。蓮實はそこから側転で左横で体勢を崩していた敵を吹っ飛ばす。吹っ飛ばされた敵は向かいの建物2階の壁に張り付いた後ズルズルと地上に滑り落ちた。右の敵が体勢を立て直し、首を狙って手を伸ばしてきた所を、リーチに勝る蓮實は腕を回り込ませて相手の喉ぼとけに指を突き刺した。

 相手は口と首から血を吹き出して絶命した。



「なんだよありゃ? バケモノじゃねぇか……」


 2階の窓から見ていた佐久間が呟いた。一方、勝利は冷静に感想を呟く。


「まるで、邪悪なレンみたいだな」

「オーパは、みんな死んだって……」


 レンはそう呟くと、一目散に階段を駆け下りて蓮實の元へ向かった。


「おい! レン! ヤバいって!!」


 勝利が追いかけようとしたが、佐久間に肩を掴まれ止められる。


「止めとけ、俺たちの出る幕じゃねぇ。出てったら確実に死ぬぞ」


 レンが外に出た時には、勝敗はすでに決していた。通りの辺り一面に十数人の死体とその断片が転がり、道に止まっている車の何台かからは火の手が上がっていた。蓮實の異常性に気付いた、その場に居た半数近くの人間は命からがら逃げだしていた。


「君はだれ?」路上に出たレンは尋ねた。

「お前と同じ、死にぞこなった実験体だよ」蓮實は答えた。

「オーパはみんな死んだって言ってたよ?」

「ヴァイス博士は、現場に居なかったからね。私も数は分からないが、数人は逃げ出したんだよ」

「そうだったんだ。それで、何で俺に会いに来たの?」

「お前を破壊するためだ」

「オーパが憎いから?」

「違う。博士の事は哀れに思ってるよ」

「じゃあ、なぜ?」

「お前は最新式だ。それは私にとって脅威になる。それに……」

「それに?」

「お前の父親への……」


 蓮實はそこで口元に手を添えて言葉に詰まった。父親の事を言われたレンは、そのことを質問する。


「父親? 俺のパパを知ってるの? どんな人だったの?」

「知らぬが花ということもあるさ」


 そう言った後、蓮實はレンに向けて攻撃を開始した。


 駆け寄ってきてパンチを繰り出してきた蓮實を避けたレンは、走って逃走する。しかし、倍の速度で駆けてきた蓮實のパンチを背中に受け、吹っ飛ばされるレン。蓮實は飛び上がって踏みつけようとするが、レンは道路を転がりながら、左手を伸ばして街灯に磁力を放出して引っ張り上げられることで軌道をずらし、避ける。

 蓮實は着地の拍子に地面にめり込む。レンは、マンホールを掴み取り、空中に放り投げることで電線を寸断し蓮實に差し向ける。


「ウガァアア!!」


 左肩にダメージを受けた蓮實だったが、すぐに離脱し、近くの車を持ち上げて電柱に放り投げた。

 電柱が倒れ、電気が寸断される。その隙を突いて、レンは表通りへ逃げおおせた。


「力と速さはあっちの方が上」


 未だ人出の絶えない大通りに紛れながらレンは呟いた。


 ――キャー!!!


 逃げて来た脇道から噴煙が舞い上がった。大通りが逃げ惑う人で大混乱に陥る。すると、噴煙の向う側から自動車が宙を舞って飛んできた。

 地面に激突して潰れる自動車。徐々に噴煙が薄れて蓮實の姿が浮かび上がる。奴は路上の車を持ち上げて、また投げ飛ばしてきた。


『うわああああ!!!』


 側道の人垣に落ちて来そうになった自動車を磁力で止めたレン。レンの腕から金属片がパラパラと落ちる。脇に自動車を落とし、これ以上逃げるのは危険だと判断したレンは、蓮實に向かって駆け出した。向うもこちらに向かってくる。

 レンは左手を前にかざし、蓮實と衝突寸前に左へ払った。磁力によって横に軌道をずらされた蓮實は、バランスを崩して転がり、側道の車に激突する。

 レンは足場が崩れた所為で近くに落ちていた鉄パイプを拾い、蓮實に突進する。車にハマっていた蓮實の体に突き立てようとしたが、両腕でガードされた。何度も突き立てて、腕の鋼鉄を削って行くが、遂には右手でパイプを掴まれて逆に振り払われ、レンはすぐ横にあった飲食店の窓ガラスを突き破って店内へ転がった。

 レンが立ち上がった所を、間髪入れず蓮實のロケットキックが飛んで来て奥のカウンターを破壊しながら吹っ飛ばされる。追い打ちを掛けて来る蓮實に対して、レンは周りにあった鉄鍋や包丁、お玉などの金属類を空中に浮遊させ蓮實の周りを回転させる。


「小賢しい真似を! ウッ!!」


 単体では威力の無い調理器具を、腕の隙間に差し込んだり、後ろから空飛ぶ包丁で切りつける地味な攻撃が蓮實の体にダメージを与える。蓮實が首の後ろに気を取られた隙に、左手のパンチを繰り出すも、異常な可動域を見せる脚によって蹴り飛ばされ、天井を突き破りながら路上へと戻った。

 蓮實が店内から出てきたところを、トラックが横殴りにぶつかってきた。運転席にはレンが乗っている。踏み潰されたかに見えたが、蓮實はバンパーに掴まって事なきを得ていた。運河がある方面に向かって走るトラックのボンネットに登り、窓ガラスを突き破る蓮實。ダッシュボード上での戦闘をしながら、トラックは走り続ける。

 そのままトラックは、道を突っ切って運河へとジャンプした。

 川面に落ちる寸前にジャンプしたレンは向う岸の街灯の上に磁力で体を引き寄せて掴まった。運河に沈むトラックから泡がブクブクと湧き出ている。


「ふぅ。終わった」


 レンは街灯から滑り降り、一歩進もうとしたところで崩れ落ちた。体が思うように動かない。全身を見回すと、血まみれでボロボロになっていた。運河の岸辺にごろんと仰向けで寝転ぶレン。しかし、運河の底から一本の腕が突き出され、岸を上ってくる鋼鉄の腕。足を引きずりながら、レンの傍へ蓮實は近づいていく。遂には、レンの真上に蓮實の顔が覗いた。


「残念だったな。丈夫さには定評が有るんでね」

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