第20話 たどり着く先 

「おい! 探したぞレン! 集合時間とっくに過ぎてるのに何やってんだよ?!」


 オート三輪に乗った勝利が、声を掛けて来た。ここはドヤ街、大岡川の川岸の道。食堂を飛び出したレンは、当てもなく夜の横浜を彷徨い歩いていた。人混みを避け、たどり着いたのは、結局、なじみ深い夜のドヤ街だったのだ。人通りの少ない夜のドヤ街では、長身白髪のレンは目につきやすい。時間には正確なレンが、今夜決行の襲撃の集合場所に現れなかったのを心配して、勝利は街中を探し回っていたのだ。


「もうダメだ勝利。俺、生きていけない」

「どうしたんだよ? 話聞いてやるから、とにかく乗れよ」


 勝利はオート三輪から降りて、レンを抱えるように運び入れた。


 走り出したオート三輪は、橋を越えて伊勢佐木町方面を目指す。


「その様子は、彼女と何かあったのか?」

「プレゼント受けとれないって」

「なんで?」

「高すぎるって、どうやって大金稼いだんだって言われた。俺、何て言えば良いのか分からなかった」

「良家の子女は、成金嫌うからなぁ~」

「成金?」

「金見せびらかすなってことだよ。この前だってドン引きされたじゃんか?」

「ドン引き?」

「ああ、もう! 俺が後で一緒に説明しに行ってやるから! 今は仕事に集中しろよ!」

「勝利が説明して何になるの?」

「お前が、話すよりなんぼもマシだよ! ちゃんと誤解といて仲直りさせてやるから任せとけ!」

「ありがとう! 勝利!」

「わ、こら! 運転中に抱き着くなって言ってんだろが!!」


 ハンドルを取られ、柵の無い川岸から落ちそうになった。オート三輪は橋を渡って先を急ぐ。


「でもよ、金になびかないのはめんどいよな。豪華な食事や綺麗な宝石じゃ喜んでくれないんだろ?」

「あー!」

「どうしたレン?」

「今まで、一度も操にお金使ってこなかった」

「え? デートしたんだろ?」

「映画はタダ券だったし、食事はおばさんのおごり、公園で一緒に寝ただけでお金かからなかった。ダンスした時も、外だったからタダ」

「しみったれたデートだなこりゃ」

「でも、楽しかった。操も喜んでくれてた。ねぇ勝利?」

「なんだよ?」

「本当にお金って必要かな? 何のために必要なの?」

「ずいぶんと哲学的な事を聞いて来るじゃねぇか。お金はいっぱい有った方が楽しいだろ? いろんなもの買えて、良いもん喰って、良い女抱いてよ! その操ちゃんだって良家の子女なんだ、良い服着てるんだろ?」

「うーん。ミシンで作ったって言ってた」

「え?」

「食堂の稼ぎだけじゃ、お金ないから古い服を作りなおしたって」

「あれ? 食堂ってなんだ?」

「操が住み込みで働いてるおじさんおばさんの食堂。操のお母さんは出稼ぎに行って居ないから、厄介になってるんだって」

「はぁ? 彼女聖アナの生徒じゃないんかい?」

「お父さんが死んでお金が無いから、中学で辞めたって言ってた」

「なんだ、そういう事だったのか」


 勝利は自分の勘違いにようやく気づいた。しかし、レンの方はそんなことはお構いなしで窓の外の異変に感心が行く。


「あれ? 今、すごいスピードで人が通り過ぎた」

「バイクだろ」

「うーん、人が走ってたんだけどなぁ」

「幽霊でも見たんじゃねぇの?」


 その後、何やら騒々しい警察署を通り過ぎて、オート三輪は中華街の外れを目指す。


「あー、見つかったのか」


 到着したレンたちを見て、佐久間は力なく呟いた。


「どうしたんすか佐久間さん! レンが居れば百人力じゃないっすか?」

「勝利よう。よく平気で居られるな」

「俺はレンを信じてますから! なぁ、レン?」

「うーん」


 レンは、先ほどから腕を組んでしきりに何か思い悩んでいる様子だった。


「なんか様子がおかしくないか?! あいつ……」


 佐久間が不安げにレンを見た。


「ちょっと哲学的な悩みが……。おいレン! 仕事さっさと終わらせて彼女の所行こうぜ!」

「うーん」

「不安だわぁ。俺も上手くやって鈴本みたいに留守番してくりゃよかったぜ」


 鈴本は体調が悪いと言い訳して、今日の襲撃には不参加だった。そんな風に中華街の外側で話しこんでいると、龍神会の若頭、明が手下をぞろぞろ連れてやってきた。


「おう! 揃ってるか?」

「へい」


 佐久間が頭を下げた。


「作戦通り、頼むぞ」

「へ、へい……」

「なんだ? 不満でもあんのか?」

「いえ滅相も無い!」

「大変だろうが、これが終われば、お前ら取りたててやっからよ」


 佐久間も勝利も、無言で頭を下げた。今回の作戦は、この前のようにレンを含む3人で殴り込み、武器を無力化した後に残りの組員たちが制圧に遅れて出向くというものだった。


 確認が終わり、その場の全員が各自の車に乗り込んだ。車列は中華街の細い路地へと侵入していく。先頭を走る佐久間のリンカーンが看板の無い雑居ビルの前で止まった。


「おいレン! 行くぞ」


 勝利に言われ、車を降りたレン。3人は雑居ビルの入り口へ近づいて行く。正面の扉は鍵が掛かっていなかった。恐る恐る勝利が扉を開き中を覗く。


「誰も居ないっす」


 侵入した1階は電気が点けっぱなしになっていた。そこは、がらんとした応接室で、簡素なソファーとテーブルが置いてあるだけだった。3人は慎重に奥へ進み、階段を上って行く。


「なぁ、勝利」

「なんだよ、後にしろよ」

「龍神会って、本当に良いヤクザなの?」

「はぁ? 何言ってんのお前」

「自分たちは後ろに居て、自動車屋の勝利と佐久間に行かせるのって卑怯者じゃないの?」

「それは、そうだなぁ……」

「その通り! レン! お前たまにはいい事言うじゃねぇか!」

「佐久間さん、声!」

「悪りぃ悪りぃ。でもよ、レンの言う通りだぜ。あんなしみったれたろくでなしヤクザ居やしねえぜ」

「佐久間。龍神会は悪いヤクザなの?」

「おう! 悪いも悪い最悪のクソッたれヤクザだよ」

「やっぱり」


 ちょうど、3人は2階にたどり着いた。前の扉の奥から物音が聞こえる。


「さぁ、行くぞ」

「いや」

「「え?」」

「悪い奴から盗むのも、悪い奴を倒すのも悪い事だ」

「どうしたレン?」

「しかも、騙されたとしても、悪い奴から頼まれたのも悪い事」

「お前まさか!」

「俺は、簡単にお金を稼ぐために悪い事を見てみぬふりしてた。オーパが言うからとか言い訳にしてたんだ」

「レン」

「大人が言うから正しいんだって、自分に言いきかせてた。でも、それは違うって今気がついた。これからは自分で考える」

「ということは?」

「襲撃は止める」

「え、ちょっとおまっ……」


 ――ギャー!!!


 その時、外から叫び声が聞こえてきた。悪いことに、その声に気がついたのは3人以外にも居た。


哎呀!アイヤッ你怎么了?ニーゼンムァラ


 扉の内側が騒がしくなった。


「ヤバい! 隠れろ!!」

「隠れる場所なんかないっすよ! あ! 待てレン!!」


 勢い良く開け放たれた扉から飛び出してきた男たち。彼らは青龍刀を片手に階段をドタドタと駆け下りていった。


「ふぅ……。あっぶねー」


 勝利がため息を漏らした。三人は廊下の天井に下がるパイプからぶら下がっていた。レンが二人を自分に掴まらせて、磁力でパイプにくっ付いていたのだ。

 外の通りからは、日本語中国語が入り混じった叫び声と悲鳴が混じり合う。さらに響く金属音と銃声。廊下の窓から外を覗くと、そこに広がっていたのはヤクザ同士の抗争を越えた何かだった。


「何じゃありゃ?」 

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