教育原理

「再生産」"水星の魔女"の学園から学校教育の本質が見える(文化的再生産論)

・"アーシアン"を見下す露骨な差別意識

・家庭背景である企業のランク順に並ぶ学籍番号

・企業の代理戦争である不平等な決闘制度

 『機動戦士ガンダム 水星の魔女』の舞台であるアスティカシア高等専門学園。アニメを見た視聴者の多くは「なんて学校だ」「酷い大人たちだらけ」と思うでしょう。

 私も全く同感ですが、同時に「実に学校教育らしさがある」とも感じました。教育や学校の本質、つまり必ず生じる性質であり、気をつけないと悪い方向に作用してしまう性質「再生産」が典型的に表れています。

 現実でも人間は教育を通して、時に無自覚に、親世代の偏った価値観を子どもに受け継がせます。今回は先生・保護者・生徒を含めて全員に知っていてほしい教育の基本原理「再生産」を『水星の魔女』を通して解説します。


1.学園は社会の縮図 ~結果のみが真実~

 学園はモビルスーツ(人型ロボット兵器)製造の巨大企業体ベネリットグループが運営する、パイロットやメカニックの養成機関です。入学条件はグループ傘下の企業の推薦、まさに企業のための学校です。推薦グループ企業ごとに寮も分かれ、子どもを通して学園内でも企業間競争が行われています。

 本作は企業が宇宙で経済圏を築いた世界観。宇宙居住者"スペーシアン"と地球居住者"アーシアン"には大きな経済格差があり、アーシアンは貧しく弱い立場です。学園でもアーシアンの住む地球寮はボロボロ、露骨に見下し嫌がらせをしてくる生徒もいます。「アーシアンは底辺らしく地べたを這いずり回ってなよ」チュチュ(左)に対する台詞は象徴的です。


 学園は機会の平等を全く保障しません。家庭の経済力やコネも使い、結果を出した者が正しいという成果主義です。パイロットの実習は自前でサポートチームを用意する必要があり、用意できなければ試験を受ける資格すらありません。

 本作の象徴である決闘制度が学園の価値観を最もよく反映しています。決闘はパイロットの生徒同士が合意して戦い、敗者は勝者の要求に必ず1つ従います。試合開始前に両者が述べる口上が成果主義、そしてその成果は純粋な腕のみで競うわけではないと明確に表しています。


勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず、操縦者の技のみで決まらず、

ただ、結果のみが真実


 決闘制度は「御三家」と呼ばれる三社を筆頭に、家庭背景に大企業を持つ子どもが圧倒的優位です。決闘時主人公スレッタが妨害工作を受け、サポートしていたミオリネが抗議した際の、立会人エランの返答はそれを全く隠していません。


決闘は平等じゃないよ。その生徒のバック次第でサポートメンバーも違ってくる。この偶然が例え仕組まれたものだとしても、それを含めて彼の力だよ


 また、この決闘自体企業が自社機体の性能を見せつけるアピールの場、各社の威信を賭けた場になっています。敗北や親の意に従わない勝手な決闘は咎められます。現実でも子どもが親の期待を叶える道具にさせられることはありますが、この世界では直接的に企業の利益に関わるのでより深刻です。

 ま決闘は代表的な生徒が仕切る決闘委員会の下で行われます。生徒が自治している点は、生徒独自の価値観反映ではなく、生徒自ら企業の価値観を体現して広めることで再生産を強める仕組みといえます。

 総じて学園は社会の縮図、つまり理不尽や偏見を含めて社会の制度や価値観をそのまま映しているといえます。ここで育った子どもたちが、将来この社会の制度や価値観をまた維持していくことになります。


2.教育の本質”再生産”~家庭と学校での行動・価値観の継承~


教育の基本的な形は、大人の知を子どもに伝えることです。計算や言葉、大人が身につけている力を子どもにも身につけさせます。伝えるという行為に焦点を当てれば「継承」と言えますが、子どもが大人と同じ力をつけるという結果に焦点を当てれば「再生産」と言えます。

 子どもに伝わるのはテストを解ける知識だけではありません。「人の物を勝手に取ってはダメ」などの価値観、「人に何かしてもらったら感謝を伝える」などの行動や習慣、こういった文化も子どもは学んでいきます。その文化には「男たるものこうしなければならない」などの偏見も含みます。フランスの社会学者ブルデューはこうした継承を「文化的再生産」と呼び、こうした行動・価値観をハビトゥス(habitus)と呼びました。英語のhabit、直訳は「習慣」ですが、日常的にしている行動だけでなく身につけている価値観や好みも含むので、今回は行動・価値観という言葉を使います。

 子どもが行動・価値観を得る場所は主に2つ。まず家庭、次に学校です。『水星の魔女』の例ならば、家庭で得たアーシアンを見下す意識が、学園でのアーシアンの扱いを見てさらに強まります。企業の序列で立場は決まるという価値観もさらに強まります。こうして大人の行動・価値観は子どもに再生産されていきます。


 また、家庭で得た行動・価値観が学校に合うと、学校に適応しやすくなります。例えば、家庭に本を読む習慣があれば、子どもも本を読む習慣を身につけやすく、学校での読む行為も適応しやすいです学校に合う行動・価値観は評価され、さらに強化されます。逆に、学校に合う行動・価値観をあまり身につけていない子どもは適応が難しく、評価も受けづらく、学習が進みづらくなります。

 ブルデューを始めとした文化的再生産論では、これが経済的な再生産の原因と指摘しました。高収入世帯の子どもは高学歴を得て高収入になりやすいというのは、よく知られた事実ですが、その一因は上流階級家庭とそうでない家庭の文化差にあり、上流階級家庭の文化は学校に合うからとしました。

 文化的再生産論が生じた1960-70年代は、血縁・生まれで全てが決まった時代が終わり「結果は個人の努力の責任」である能力主義になった、学校は等しく競争している場所だとする社会でした。しかし、実際は貧しい者の子が貧しくという家庭階層の再生産が起こっている、階層の文化資本こそが再生産を引き起こす、そして学校の制度・教育内容・評価・指導などが再生産を助長していると指摘したのです。

 もちろん「富める者の子が富む」要因の100%が文化的再生産ではありません。もっと単純に家庭のお金が多いほど、子どもが何かをするお金を親からもらえる、勉強の道具や情報を買える、集中できる環境を整えられるという経済資本の差も一因です。しかし、文化の差という要因も非常に重要なのです。

 なお、文化的再生産は完全に悪いものとは限りません(※)。先に挙げた「人の物を勝手に取ってはダメ」「人に何かしてもらったら感謝を伝える」など再生産すべき行動・価値観も多数あります。


3.悪い再生産を断ち切る必要がある

 再生産は教育で必ず生じる性質であり、学校は再生産を強めがちです。では、国家や社会が学校に100%再生産だけを期待しているののかというと、(そういう人も少なくないでしょうし、『水星の魔女』の支配層はそういう人が多そうですが)公教育制度を作る全員がそうではないでしょう。個人の幸福や多様性を抜きにして社会の利益だけで考えても、現代社会にあふれる問題を新たな発想で解決する人材は欲しいですし、犯罪や住民トラブルの元になるような排他的な価値観は取り除きたいはずです。

 排他的な行動・価値観、陥りやすい偏見や勘違いに気づかせること、他者を尊重する行動・価値観を養っていくことが大切です。そのためには、学校制度や教員の指導が他者を尊重するものである必要があり、時に(家庭など背景から持ち込まれた)生徒の排他的な行動・価値観を諫める必要もあります。悪い面の再生産は断ち切り新しい価値を示していく、良い面の再生産は家庭で得てない子どもも含めて誰もがしやすいようにしていく、これが学校教育、ひいては家庭も含め教育全般を考える根本になります。(それを実践している教員・保護者は再生産論という言葉を知らない方でも沢山いらっしゃると思います)

 現実の学校では、アスティカシア高等専門学園ほど露骨には現れることはめったにありませんが、学校には多かれ少なかれ「再生産」の性質がある、時に貧困や偏見の継承という負の連鎖に繋がっていることを是非知っていただければと思います。


 『水星の魔女』においては、今までこの学園そして社会の仕組みに反発を抱く者もいながら抗えなかった中、この環境を水星からの転入生スレッタがどう周りの子たちを巻き込んで、彼女たちがどう歩んでいくか、私もしっかり見届けていきたいと思います。

 「逃げたら一つ、進めば二つ」私の好きな言葉です。


※具体的なカリキュラム構想には至っていないが、ブルデューは、学校で文化的不平等を減少させる「合理的教育学」の確立が必要とした。文化的再生産を「象徴的暴力」と称し、教育システムの権力性に警鐘を鳴らしたブルデューだが、公教育自体を否定してはいない。学校教育で全員が得られるようにすべき普遍的な知識として、法律や権利、それを守るための手段、科学的知識などを述べている。


(本文おわり。詳しい参考文献は以下URLに記載)

https://note.com/gakumarui/n/nc12f83c1c228

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