第十三話 デートまでの日々

 奈代さんと帰宅した次の日から、僕の日常は少しずつ変化していった。

 

「藤原君、おはよう」


 学校で出会えば、今までされなかった挨拶をしてくれ。


「藤原君、それ運ぶなら手伝います」


 美珠羽先生にいつも通りコキを使われて、運びものをしていれば手伝いを名乗り出てくれ。


「藤原君。また、今度部室に行っても良いですか?」


 部活動見学と称して、部室に遊びに来ようとする。


「藤原君も何かあったら言ってください。藤原君には助けてもらっている分、私も藤原君の力になります。どんなことでも言って大丈夫ですよ」


 明らかに今までの冷たい態度とは違うものとなっていた。

 どこか、かぐや姫を想起させるような気もしたが、奈代さん的にはこちらの方が素で、普段のクラスメイトとの関わりもこんな感じだ。

 元々、明るくクラスの輪の中心的な存在である彼女は、色んな人に明るく接している。

 むしろ、今までの僕への態度がおかしかったくらいだ。事実、奈代さんが僕の挨拶や荷物を運ぶのを手伝っても、それを不審がる人はいない。それが当たり前だと空気で教えてくれる。

 元々、僕は他の人と関わりが薄いため、より距離感が変わっていることに気が付く人がいない。

 だから、僕もこれが当たり前だと思うことした。何となく、他の人よりも距離感が近いような気もしなくはないが、都会の友人関係としての距離感をしっかりと知らない僕には何とも言い辛い。かぐや姫の件で疑い深くなっているだけかもしれない。

 きっとそう。

 そうに違いない。

 ちなみに、一緒に帰り電車に別れたあとは、頭痛がなかったらしい。

 更に、あの起こったように学校で離れいても頭痛は起きていないらしい。

 こうなると、問題は解決したように思えるが、逆に僕は怖くなった。

 僕はあの日、頭痛を起こしたところ見ていない。

 全て奈代さんから相談され聞いたことに過ぎない。

 もちろん、頭痛なんて内面的なことは本人が申告しないと分からないし、あの日の奈代さんの叫びや取り乱しようが嘘だとは思えない。

 思えないが、何故か引っ掛かる。


「考えすぎ、だよな?」


 気になったことは放置したくない。

 けれど、問題が起こっているのが彼女の内面の話。これがストーカー問題とか要因が外部にあるならば、彼女の話の真偽確認も簡単。だが、今回は彼女は嘘をついてしまったら、それ以上のことは何もできない。

 だから、今の距離感も状況も、何も気にすることはない。

 そう言い聞かせるしかなかった。

 なかったのだが。


「そういえば、最近はお前と委員と仲良いな」


 週末にデートが迫ったある日、唯一コミュニケーションを取れる直谷に指摘された。


「そう? 奈代さんってみんなにあんな感じじゃない?」

「まぁ。大体全員に明るく振舞う良いやつだけど」


 言葉を切った直谷は少しだけ顔を近づけて、小声で言う。


「ちょっと前まで、お前と距離を取ってなかった」


 どうやら、直谷は奈代さんが僕を避けていることに気が付いているようだ。

 それなら、いきなり距離感が近くなったことに疑念を抱くようになるのも仕方ないことだろう。

 しかし、同時に嬉しかった。 

 まだ、クラスメイトと馴染めていない自分と、ちゃんと見てくれている人間がいる。

 その事実が、たまらなく心に染みる。

 直谷には、今の状況を話しておいた方が良いかもしれない。

 正直、一人で抱え込むのも限界が来そうではあったし、親友の彼なら秘密も守ってくれるに違いない。


「実は……」


 僕は今日までのことを話した。

 かぐや姫に襲われたこと。奈代さんの頭痛の原因。頭痛のパターンが変わって、原因追及のため協力体制を取ったこと。

 今週末デートをすること以外は大抵説明した。

 僕の話を怪訝そうに聞きつつも、最後まで黙って聞いていた直谷は難しい顔をしながら、口を開く。


「それがお前の妄想じゃなくて、事実なら大変な思いをしたな」

「全くだよ」

「奈代さん。可哀想に」

「僕じゃないんだ」

「お前はむしろ、状況うんぬんは置いておいて女子に迫られたという羨ましい経験をしているので、俺の可哀想の枠には入らない」

「さいですか」


 僕は直谷への親友のラベルを友人に書き換えた。

 とはいえ、彼の言い分も分からないでもない。

 別人格とはいえ、美少女に迫られたという経験は間違いなく羨ましいものだろう。

 僕も他人事だったら嫉妬していたに違いない。

 何より、奈代さんが可哀想ということには同意だった。

 

「つまり、問題が解決してお前に近づいても頭痛が起こらなくなったから、委員もお前に他の人と同じように接するようになったと」

「多分」

「そうか……」


 話をまとめる直谷は少しだけ納得がいかないと言った顔をする。


「まだ、何かある?」

「いや、色々あったのは分かるが急接近すぎないか」

「そう?」

「原因が解決したとはいえ、避けていた人間にそんなにすぐ親しくするものなのか」

「でも、奈代さん根は良い人だし」

「そんなもんか?」

「そんなもんだと僕は思っているけど」


 正直なことを言うと、長年田舎の人間関係しか知らない僕には適切な人間関係というのが分からないから確信を持てていなかったが、やっぱり周りから見てもそう見えるものなのか?

 僕の言葉に少し溜飲を下げたように引き下がるが、それでも完全には納得はしていなかった。


「それでも、部室にまで遊びに行くようになるもんかね」

「友人の部室に遊びに行くのは普通じゃない?」

「普通はな」

「含みのある言い方だね」

「俺にはもう何が何だか分からないから、言葉にしにくいが。違和感があるんだよ」

「違和感?」


 直谷は少し考えこむ。きっと、違和感の正体をどう言語化しようかと考えているのだろう。


「意図的なものを感じるというか」

「意図?」

「自然な距離感ではなくて、作られたものみたいな」


 作られた距離感。

 直谷が言いたいことは分かるが、何故か引っ掛かりを覚えれる。


「まぁ。でも仲良くなることは良いことだから、別に今の関係を否定している訳じゃないからな」

「それは僕も思ってるよ。嫌われるよりは全然いいよ」

「そりゃそうだ。俺もクラスメイトがギスギスしているよりかは、良いからな」


 実際、クラスメイトに無関心にされるならまだしも、嫌われていると明確に分かっている状態の人間が同じクラスにいるというのはとても気まずく、精神衛生上良くない。


「じゃあ、俺は部活行くわ」

「うん。頑張って」


 言いたいことを言い終えた直谷は教室を出ていく。

 僕もその背が見えなくなると、人が疎らな教室で帰り支度をする。

 今日は部活もする予定はないし、家でやりたいゲームもある。


「藤原君」

「!」


 鞄に荷物を詰めていたら、後ろから声を掛けられる。

 振り返ると、そこには奈代さんが立っていた。

 さっきまでは教室にはいなかったが、今入ってきたのだろうか。


「な、奈代さんどうしたの?」


 驚きで少し声が震えたが、奈代さんは笑顔のままそこに立っていた。

 その笑顔の瞳に少しだけかぐや姫のような怪しいが見えてだけ、身を引く。

 もしかして、かぐや姫が!とも思ったがそもそも呼び方が違う。


「あの。週末のことなんですけど」


 ようやく言葉を出した彼女の口から語られたのは、今週末に行われるデートについてだった。

 一応、周りに人がまだいることを配慮して、デートとは言わない。


「うん。それでどうしたの?」

「詳細についてなんですけど」


 そういえば、週末にデートを行うというのに、時間も場所も決めていなかった。

 あまりにも、状況が異常過ぎて、忘れてしまったが、何も予定を決めずにデートを敢行できるほどの応用力が僕にない。

 

「後ほど、詳細を送りますので連絡先を貰っても良いですか?」


 どうやらこの場では決めないらしい。

 当たり前と言えば当たり前だ。


「そういえば、交換してなかったね」


 一緒に帰ったときに交換しておけば良かったが、あの時はそこまで頭が回らなかった自分を悔やむ。

 奈代さんが連絡用のアプリを開き、専用コードを見せてくるので、それを読み取る。 

 奈代輝夜という名前と、どこかの竹林の画像が表示される。


「竹林好きなの?」

「好きというより、何となく落ち着くので」

「確かに日本らしさがあっていいよね」


 修学旅行で竹林の名所に行った時のことを思い出す。

 雄々しく立ち並ぶ竹林の間を歩くのはとても気持ちよく風情があった。

 落ち着くという気持ちも分かる。アイコンにまでするのは珍しいが、奈代さんはそういう情緒を大切にするタイプなのだろう。


「ありがとうございます。後で詳細を連絡しますね」

「分かったよ」


 告げると、奈代さんゆっくとした動作で教室を出て行った。

 僕はそれを見届けると、周りから多少の視線を感じるものの無視して手元のスマホの画面に目を移す。

 放心しながら、目の前に映る奈代さんのアイコンを見て僕が思うことはただ一つ。


(何気に地元の子以外だと、初めての女子との連絡交換だ)


 



 その夜。奈代さんから場所と時間を指定したメッセージが届いた。

 

【日曜日に六子りくじ駅の北口。時間は午後一時にお願いします】


 それに【分かりました】と返すと、再び奈代さんからメッセージが送られてくる。


【お待ちしています】

【待っています】


 何故か二件送られたメッセージ。

 きっと、言い直しただけだろうと深く考えず反射的に。


【当日はよろしくお願いします】


 とだけ返した。

 その日は、人生初のデートが決まった興奮で眠ることができなかった。

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