第5話 お隣さん以上恋人未満

「……一旦落ち着いてください。落ち着けば最善の行動が分かるはずです」


「いややっぱりこういうのはノリが大切なんだよ! どう! 私と付き合わない??」

 

 グイグイ来る朱里さんをとりあえず押しのけて、頭を冷やすように促す。

 しかし、朱里さんは止まりそうにない。やる気マックスファイアーである。

 

「あのですね! そういうノリで付き合うのはよくないと思うんですよ」


「一夜を共に明かしたのに?」


「言い方。言い方がよくないです。それにあれは半ば無理やりだったじゃないですか!」


 ほんとに先ほどの会話だけを見ていたら、どちらが大人でどちらが高校生かわからない。


「それは直哉君が私に多少なりとも好意があったからベッドで寝かせてくれたんじゃないの?」


「違いますよ! それは……社交辞令的なやつです。それに、あの状況ではこうするしかなかったんです」


 そう答えると、望んだ答えが返ってこなかったのか「ふーん」と視線をそらし、また温かな眼差しで俺の方を見てくる。


「直哉君って……優しいんだね。なんか好感持てるよ。まずます直哉君と付き合ってみたいわ!」


 ダメだ……この人止まる気配がない。

 ブレーキが壊れているのか、元からないんだろう。


「お断りします。まだ僕は朱里さんのこと全然知りません。普通は内面を知ってから交際に発展するものでしょう?」


 実際、朱里さんの容姿だけを見ればドンピシャ。普通に付き合えるなら付き合いたいと思ってしまうが、俺は朱里さんの内面を知らない。

 こんなノリで付き合ってしまっても、きっと奇跡的にマッチングしない限り長続きはしないし、それにお互い最終的にはいい気分になれないだろう。


 現実的に考えれば、付き合うという選択は妥当じゃない。


「ちぇー直哉君は真面目なんだねぇ」


 口をとがらせてそう言う。

 

「朱里さんが不真面目なんですよ。こういうのはもっと段階を踏んで……です」


「ふーん、ってことは段階を踏めば付き合ってくれるんだね?」


「げっ……」


 確かに俺の言い方はそうとも取れた。

 ただ、実際にそうだ。こんなにめんどくさそうな人でも、俺の容姿を見て引かなかった。そこを見れば、正直なところ、俺はきっと朱里さんに対して好印象なのだろう。 

 

 ただ、今付き合うつもりは全くないが。

 でも、この先の展開次第ではなくはないと思っている。だからこそ、前向きな返答をした。


「まぁそうですね。段階を踏めば、ですけど」


「ふーん……そっか。まぁ実際、私は直哉君のこと好きだよ?」


「えぇ?!」


 俺の方を見て、優しくニコッと笑った。

 その笑顔は俺が今まで見てきた笑顔の中で一番輝いていて、美しい。

 体が熱を帯びていくのを感じる。


 年上の美人なお姉さんにこんなことを言われたら、さすがに照れる。


「だってこんなに優しくしてくれるし、私の話に付き合ってくれる。それにしっかりしてるし……相性もたぶんバッチリだよ!」


「……それ本気で言ってるんですか?」


 朱里さんならからかって言っている可能性もある。

 ここは用心深く。


「本気だよ。私感覚に頼って生きてるんだけど、なんとなく直哉君といると落ち着く。だからたぶん、好き。そして直哉君なら、きっと私と幸せな家庭を……えへへ~」


 心底幸せそうな表情を浮かべて、天井を見上げる。

 きっと幸せな家庭の妄想でもしているのだろう。

 この人、どんだけオープンなんだよ。というかいかにも感覚で生きてそうだなとは思ったが、まさかフィーリングで好きになられるとは……。


 でもある友人は言っていた。


「恋に落ちるのに明確な理由なんて、最初は存在しないんだよ。だって恋は、いつだって唐突に始まるものなんだから」


 ほんとにそうなのだとすれば、朱里さんが俺のことを好きになったのも理解できなくはない。

 いや、正直こんな美人な人が俺のことを好きになるとはあまり考えにくいけど。


「でも僕まだ高校生ですし、ほんとに段階を……」


「段階を踏めばいいってことだね?」


 そう念を押してくる。

  

 本心を言えば、別に朱里さんと付き合うことは嫌じゃない。俺は一生恋なんてできないと思ってたから、こんな好みの人に言い寄られたら嬉しいに決まっている。


 しかし、まだ完全に朱里さんを信用していいとも思っていない。

 まだ知り合って少ししか経っていないのだから。


 でもまんざらでもないからこそ、今ここで完全に「ノー」と関係を断ち切ってしまうことも、せっかくの機会がもったいないような気がした。


「まぁ……そうですね。段階を踏めば……ですけど」


「そっか~じゃあ、私と恋人への段階、踏んじゃおっか?」


「……朱里さんは、本当に本気なんですか?」


 再確認のために、もう一度そう聞く。 


「そうだね。ビビっとくるものを直哉君から感じるの。だから、本気!!」


「そ、そうですか……では、段階を踏んでから返事してもいいですか?」


「いいよ! じゃあ、これからはお隣以上恋人未満ってことだね!」


 今度は無邪気に外を駆け回る少女のように、晴れやかな笑顔を浮かべた。



 お隣以上恋人未満。


 昨日の夜に酔っ払っている隣の美人なお姉さんをかくまったら、こんな関係になってしまった。

 ただ、これは俺の選択によって生まれた関係でもあり、どうやら俺もまたどこが恋がしたかったのだと気づいた。


 ただ、これが恋なのかはわからない。ただ、恋に化ける可能性は秘めている気がした。

 

 ラブコメのように、非現実的な出会い。


 そんな出会いにもしかしたら俺は、運命を感じたのかもしれない。





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