人類滅亡RPG〜神のダンジョンを妹のために攻略します〜

@azato-su

第1話

「起立、礼――」


 学校終了の号令がかかり、教室の生徒達は呑気に雑談を始めるかさっさと帰りの用意を済ませるかの二グループに分かれる。


 自分は後者で机の中から取り出した筆記用具とノートを黒色のシンプルなリュックに詰め込む。


 幸い、今日は日直でもなければ掃除当番でもない。


リュックを背負い、窓際に位置する席を離れ教室を後にしようとする。


 出て行く直前、自分の名前を呼ばれた気がしたが構うことはない。先決すべきなのは一刻も早くこの教室を出て行くこと。この学校から離れることだ。


 今日は大丈夫。あいつらには捕まらない。


 教室の扉を潜り階段を降りる。3F、2F、1F。いつもより早足ですぐに昇降口に着くことができた。


 ロッカーから黒のスニーカーを取り出し、急いで履き、踏み潰した靴の踵を直す。


 そこで、おい――と、背後から声が掛かった。

 一瞬、心臓が止まった気がした。

背中に気持ちの悪い汗が噴き出る。

 恐る恐る振り返ると、が笑みを浮かべて立っていた。

その下卑た笑みには黒い感情が見て取れる。


「つれないなぁ。そんなに急いでどうしたんだ?」


「べつに……」


 今日は逃げられると思ったが、どうやらそんなに甘くないみたいだ。


 運が悪い――


 東堂は「行くぞ」と言うと、昇降口を出て下校中の生徒の人目がつきやすい、だが教師が滅多に通る事のない校門近くの校舎裏に連れ込んだ。

 逃げるなんて馬鹿なことはしない。

そんなことをすれば明日はさらに酷い仕打ちを受けるだろう。だからこれでいいんだーーこうやって僕は強者に戦わずに従ってしまうことを「正当化」し、弱い自分を隠した。


 東堂は僕の背中を勢いよく蹴る。地面に倒れそうになるが、反射的に手を付くことによって四つん這いになる。そんな姿を見て周りの連中は下衆な笑い声を上げた。


 だが、東堂は一人笑みも浮かべずに無表情のままだった。東堂が笑みを浮かべるのはどんな暴力を振るった時なのだろうかと妄想が膨らみ、恐怖を感じる。


 さぁ、今日も脳内に音楽をかけよう。音楽に意識を逸らせばほんのちょっとの誤差だが痛みに鈍感になる。それが僕なりの精一杯の防衛行動だ。


「今日もストレス発散よろしくな、神崎」


 そう言うと、東堂は四つん這いになっている僕の脇腹に勢いよく蹴りを入れる。あまりの衝撃に仰向きに転げた。


 当たりどころが悪かったのか、胃液がむせ返り、声にならない叫びで悶絶する。だが、まだ始まったばかりだ。こんなことで東堂の黒い感情は収まらない。


 東堂は僕の苦悶の表情を見ると歪んだ笑みを浮かべて一発、二発、三発と鳩尾辺りを踏み付ける。あばらの骨が折れたとしてもおかしくない力で――


「うっ……!!」


 耐え難い痛みが身体中を走り回る。脳内にかかっている音楽の音量を最大に上げた。


 ストレス発散というのは理由の一つに過ぎない、ただ人を痛め付けて自分が上に立っているという優越感に浸りたいというのが本心だろう。


 蹲る僕の腹部に蹴りを入れ続けていた東堂は、今度は僕の頭を虫のように踏みつけた。


 ここで起き上がろうとしたのは失敗だった。躊躇なく振り降ろされた足は、起き上がろうとした僕の頭を的確に捉え、まるでボールのように地面と垂直に衝突した。


 あまりの衝撃に頭を鈍器で殴られたのではないかと錯覚する。


「あっ……!」


 直後に襲ってきたのは痛みではなく、強烈な耳鳴りと目眩だった。


 頭に強い衝撃が与えられたことによって脳が揺れているのだろう。

 

「東堂っ! 頭はまずいだろ!」


 先程まで僕が呻いたり苦痛な表情をする度に笑い声を上げていた仲間達が、度を過ぎる暴力に見兼ねて慌てて止めに入る。だが、東堂は「うるせぇ」と呟いて尚も僕の頭を踏みつけようとした。


 人を痛め付けているのだから妥協なんてせずに片っ端からやってしまえばいいのに……中途半端な奴らだ、東堂以外は。


 暴力を振るい続けた東堂は息が上がっていた。飽きたように暴力を止め、側にしゃがむと僕の髪を引っ張り上げた。


 痛め付けられた体が動かされたため「うぅ……」と情け無い呻き声が上がる。


「神崎、見ろよ。分かるか?」


 曇った視界が持ち上がり、東堂が見せたのは下校中の生徒達だった。


 土で汚れたレンズ越しに映ったのは、僕に気づいているはずなのに和気あいあいとしながら下校する男女、仲が良いと思っていた少女が僕と目が合うと見下したような表情で見ぬ振りをする光景だった。


 なるほど、東堂が言いたいことはおおよそ見当がついた。


「分かるか? お前の存在はなぁ、あいつらにとっては意識せずに吸っている酸素みたいなもんだ。平等なんてのは夢物語だ」


 そう言い捨てると、東堂達はボロボロの僕を置いて去って行った。


 腹部とこめかみ、腕にも鋭い痛みを感じる。愛用の黒縁眼鏡なんてフレームが歪みレンズにもヒビが入っていた。


 体をどうにか動かして仰向きになり大の字の形になると僕は「ふーー」と、痛みを体の外に逃がすように溜め息を吐いた。もちろん、痛みは抜けるはずもない。ただの気休めだ。


 透き通るような青みを帯びた空を見上げ、僕は東堂の言葉を聞いて納得していた。


 確かに「平等」という言葉ほど、根拠の無い言葉は存在しないな……と。


 ゲームの中には主人公を引き立てるための脇役、いわゆる「モブ」が存在する。それは現実世界でも同じことで、存在しなくとも日常にはなんら支障が出ないモブがいる。


 そんな自分も例によってモブであり、たとえ自分が突然世界から消え去ったところで、自分を甚振るこの連中は他のモブを見つけ虐める。そんな変わりない同じ日常を過ごすだろう。


 じゃあ、自分はこの世に必要ないんじゃないか?とたびたび疑問に思う。


 実際、必要ないのだと思う。生きている意味なんて特に無いし、何かに没頭することも特定の人物に特別な想いを抱くこともない。


 けど、死にたいとはこれっぽっちも思わない。我儘かもしれないけど、世界が僕を必要としなかったって僕は生きていたいんだ。


 もしも世界が突然、差別も強さも無い完全な平等な世界になったら僕は死に物狂いでモブにならない為にどんなことでもするだろう。


 たが、そんなこと起こらないのだから考えても仕方がない。


 僕は未だに痛みが走り回る体を起こして、土まみれになった制服とリュックを丹念に払う。


 直後、「それ」が偶然視界に入った。


「なんだこれ……土でも入ったかな?」


 僕の視線の先には青く画面が光る「スマートフォン」が落ちていた。拾い上げたスマホには、いつものデフォルトなロック画面ではなく「SOUND ONLY」と表示されていた。


 バグか?とも思ったが、電源が全くつかないならまだしも画面に英単語が表示されるバグなんて聞いたこともない。


 僕が聞いたこともないだけで、あるのかもしれないが何やら不自然だ。


 画面をタップしようが電源ボタンを押そうがスマホにはなんの変化もない。


 僕は治すことを諦め、スマホをポケットにしまおうとした。だが、その行動は即座に中断された。


 スマホから突然声が聞こえたからだ――


『あー、あー、聞こえますかー?』


 驚いた。電話も掛けていないスマホから子供のような声が発せられているのだから。


 聞こえてはいるが、僕に話しかけているのかは分からないため返事はしなかった。


 声の主は『まぁ、いいか』となんとも投げ捨てな感じで呟いた。


『こんにちは、人類諸君。僕はコノヨ。君達が信仰してる擬似的な神ではなく、本物の神様です』

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