引越し当日の朝①

 さて、そもそもの話。どうしてこの様な状況になっているのかというと、実の所俺もよくわかっていない。

 何故なら、今日俺は一人暮らしをするつもりでこの日を迎えていた。

 実家は都心から離れた所謂田舎。別に田舎暮らしが嫌だとは思っていないのだが、今後の将来を考えた時に、何れは上京をして色々と社会経験をつんでみたいと思っていた。そしてそれは、出来るだけ早い方がいいと。

 だから義務教育である中学を卒業の後、高校は親元を離れ一人で生活をしたいと思ったのだ。最も親の援助が前提にはなってしまうが。

 その為この一年、両親としっかりと話し合い、様々な条件をクリアして、今日この日を迎えた筈だった。

 前日までにしっかりと準備をして、新生活に必要になりそうな物も幾つか買い揃えてきた。

 流石に引越し初日から一人は色々大変だろうと、両親と車で3時間程の距離にあるこの物件へ本日行く予定だったのだ。


 さて、そんな予定で迎えた当日。荷物を車に積む為に部屋と駐車場を行き来していると。


「おはよ〜。亮平〜」

 眠そうに目を擦りながら俺に挨拶をしてくる女の子。

 腰ほどまで伸びた黒髪が風に流され踊る。

 カーディガンを羽織り、ホットパンツからすらりと伸びた足は黒いニーソックスに包まれていて、所謂絶対領域を生み出していた。


 幾ら幼馴染みとはいえ、客観的に見れば、うとうと眠そうにしている少し無防備な感じの美少女。一瞬どきまぎしたが、よくよく考えてみるとどおかしい事に気がつく。


「里香……お前なんでウチに? しかもこんな朝早く」


 里香ーー大野里香は昔から朝が弱い。基本学校があろうと無かろうとこんな朝早くから行動する事などないのだ。

 ましてや今は中学校を卒業し高校入学までの間の春休み。

 出かける用事など私用以外にない筈だが。


「お前がこんな時間に出歩いてる事なんて今まで一度も見た事ないぞ……」

 それ程までに朝が弱い里香。なればこそ、余程の理由がある筈なのだ。

「……もしかして母さんから僕の事聞いた?」

 俺は実家を離れる事を家族以外には誰にも伝えてなかった。

 別に会えなくなる訳でもないし、幼馴染みの二人に言うと絶対に反対されるだろうと予想もしていた。まぁ最も、黙って居なくなったら二人がどんな反応をするのかと、悪戯心もあったのだが。その為両親にも秘密にして欲しいと口止めをしていた。

 それでも親同士のご近所付き合いもあるだろう。その流れで里香の両親にも話が漏れてしまったのかも知れない。

 そんな予想と共に黙っていた事への気まずさから少し視線を逸らしながら、里香の様子を伺う。


「うぅ〜ん。まぁそんな感じ? かな」

 まだ夢の中から完全に出てきていないのだろう、眠たげな声で曖昧な返事が返ってきた。


「あぁ。まぁ引っ越すってバレてたって事だよね……ごめん黙ってて」

 前日にでも伝えておけば、昨日のうちに適当に送別会でもやって、済ませられたであろうこの状況に流石に申し訳ない気持ちになる。

 

 そんな俺の態度を見てか、もしくは3月終わりとはいえ冷え込む早朝の空気が眠気を飛ばしてくれたのか。

 先程より幾らか目がぱっちりとした里香が、苦笑いを浮かべ近づいてくる。爽やかな柑橘系の匂いがふんわりと香り、里香の顔が俺の耳元までくると。


「いいよ。お互い様だからね」


 そんなからかい混じりなささやき声が、俺の耳に染み込む様に聞こえてきた。

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