第四十八話 星槍ガーランシャリオ


 ――そう、皮肉を口にしたところで、シュルーナの意識は現世へ呼び戻される。死にそうだった自分の状況を思い出させてくれる。


「がッ……ぐっ……」


 突然の激痛が身体の中で暴れた。笑えないことに、早速死んでしまうかと思った。


「希望を……消してくれて……なんともッ、娘思いのパパ上じゃ……!」


 シュルーナは苦々しく笑う。先程の父が、夢か真かはわからないが、封印の解除は微塵にも期待できそうにない。だが、自分の弱さゆえの強さを思い出させてくれた。


 弱いからこそ、自分を変えられた。弱いからこそ、得られた友がいる。弱いからこそ、誰かのために戦うことができる。弱いからこそ、大望を伝播させることができた。


 弱さこそ強さだ。それが、他の六惨将にはないシュルーナの最強の武器である。


「ぐ、くくくっ……ふふっ……はははははははっ……ああぁぁぁぁぁあぁぁッ!」


 さらに魔力を込める。鍋のように。焦らずじっくりと火を入れるのだ。痛みなどなんとする。


 この肉体(からだ)は、人のため、魔物のため、友のためにある。我が信念が叶うとすれば、滅んだとて悔いはない。感情は力だ。昔のシュルーナであれば、物事を打算的に考え、無理なものは無理だと決めつけていただろう。


 けど、今は違う。


 仲間のために、できないことをやらなければならないという信念がある。守らなければならないものがあると信じている。


 だから、怖くはない。


 バジュリバジュリと、両掌の間に稲妻が駆け巡る。刃が構築され、柄の部分が見え始めた。シュルーナの体内でも、凄まじい魔力の奔流が生まれる。缶の中に爆竹を投げ込んでいるかのようだ。


 額のサークレットが弾け飛んだ。回復系の魔力に呼応し、髪が伸びて風に靡いた。ブシュリと腕から血が噴き出す。すぐに回復が始まる。


「く……ぅ……いいぞ……生まれるがいい、星槍ガーランシャリオ……わしの魔力を食ろうてしまえ! 足りなければこの肉体も持っていけ!」


 ――その時、自分の中で何かが胎動した。


 それは『殻』の蠢く瞬間であった。


 魔力を抑制する『殻』が、破壊と回復を重ねているうちに形を変えようとしていた。


 抑えなければならない。けど、死なせるわけにもいかない――と。


 矛盾したふたつが身体の中でぶつかりあい、無意識にも柔軟さを創造させる。光りに包まれ、全身の細胞が活性する。


「ははっ……皮肉、じゃのう……封印は……解けぬが、姿が戻るとは……ッ」


 景色が高くなった。腕と足がスラリと伸びていた。まな板だった胸が、たわわな果実を実らせている。瞳に力が生まれ、表情にも威厳が生まれた。


 ――瞬間、シュルーナの掌の中で魔力が爆ぜる。


 凄まじい閃光が空を焼いた。

 大気に、光の粒子が漂っていた。


 一陣の風がその粒子を払う。


 その時、シュルーナの右手には槍が握られていた。


「ふはっ……」


 血と汗でメチャクチャな顔を、ほころばせるシュルーナ。


 ――星槍ガーランシャリオ。


 先端は鋭く神々しく。柄には星屑のような宝石が散りばめられていた。きらきらと輝くエフェクトに包まれているそれは、まるで流星のようであった。


 満足げに眺めると、途端に意識が混濁した。全身の力が抜け、ふらりとよろめく。


「姫様、お見事でございました」


 大人になったシュルーナを、ヒュレイがそっと受け止めてくれた。


「……ミゲルよ」


 マーロックを見つめながら「はい」と、端的な返事をするミゲル。


「タコは見つかったか?」


「ま、まだです……」


 あとはミゲルだ。シャーマンウルフの伝承に偽りはない。連中は念視によって千里眼を機能させている。


 だが、若いミゲルでは及ばなかったか? こうなったら、もう一度、創造の力を使うか? ミゲルの魔力に干渉し、能力を昇華させるか? そのような奇跡を生み出すには、再び激痛を味わうことになるだろうが。


 しかし、心配を余所に、ミゲルは淡々と説明を始めた。


「……マーロックの身体は小さな竜によって構成されています。億にも届くそれらが集まって、筋繊維のように巨大な身体を構築しているのです。臓器も存在しない。あの巨体はすべてが飾り。頭部ですら、ただのオブジェクトです」


「見えているのか……?」


 続く言葉が、問いに対しての肯定を意味させる。


「小さなタコを見つけるのは、砂漠の中で小石を探さなければならないほど気の遠くなる作業です。……けど、リオンさんたちがヒントをくれました」


 身体が傷つけられると、肉体が再生を始める。

 魔力が送り込まれて、ウシュロが分裂するのである。


「僕には、きらきらと光る魔力の流れが見えます。その先にマーロックがいるはずです」


 迷いもなく述べるミゲル。その声には、微塵の不安さえも感じられなかった。一見して頼りない子供だが、彼はいつもシュルーナの期待以上の働きをしてくれる。その頼もしい彼の顔を見ると、彼女は思わず笑みがこぼれた。


「ふふっ、ミゲルよ。この槍を託す。おぬしがマーロックに引導を渡してやるのじゃ」


「へ……? あ……シュルーナ様ッ? で、ですよね?」


 そこで、ようやくシュルーナが倒れていたことに気づいたようだ。大人の姿になっていることに驚いている。


「だ、だだだだ大丈夫ですかッ?」


「おぬしらしい反応じゃのう……。それよりも、こっちに驚かぬか」


 言いながら、シュルーナは槍を持ち上げた。


「その槍は……」


「これぞガーランシャリオじゃ。必殺必中の槍よ。おぬしが使え」


「はい?」


「構えて念じよ。射貫かねばならぬ者の姿を。そして、信じて投げるのじゃ。さすれば必ず討ち貫いてくれよう」


「ぼ、僕が……? そ、そんな! 槍なんて、扱ったことないですよッ?」


「知っておる。じゃが、言ったであろう。わしはできぬことは言わぬ。……本来ならわしの仕事じゃが、慣れんことをしたゆえこの有様よ」


 ご覧あれといった感じに、小さく両手を広げるシュルーナ。胸にこびりつくおびただしい吐血のあとを見せつける。


「ヒュ、ヒュレイ様は……?」


「わたくしこそ無理よ。ミゲルにしかできないのではなくて?」


 ミゲルにしか標的が見えないのだ。そもそも、彼に頼むしかなかったのである。


「二度は言わんぞ。無茶をしたせいで、しゃべるのも億劫なのじゃ。さ、受け取れ」


「シュルーナ様……」


 ミゲルは泣きそうになっていた。プレッシャーからではないと思う。きっと、シュルーナの働きを認めてくれているのだろう。


 ミゲルは成長している。もう、心配する必要などない。彼は、必ず期待している言葉を言ってくれる。


 英雄は、湿った表情を払拭するように、袖で顔をゴシゴシと拭った。そして、ガーランシャリオを手に取ったのだ。


「お任せください。必ずや、姫様の大望を叶えて見せます」


「うむ、頼むぞ。……この戦の命運、おぬしに託す」


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