第四十七話 パーパ!

「――さて、わしもやってみせねばならんのう」


 シュルーナは、自虐的な笑みを浮かべた。


 これからやろうとしているのは、彼女自身でも『不可能』だと思うことだ。マーロックを倒せる武器を、この幼い身体で創造できるわけがない。ただ、これしか術がない。仲間に無茶をさせている以上、自らも王である所以を見せつけなければならないと思った。


 シュルーナは両手を合わせて魔力を込める。


 ――描き出すは、星槍ガーランシャリオ。


 不可避の槍だ。狙った獲物が逃れることはなく、はたまたどんな盾をも拒むことができない。その威力は、星をも貫くと言われている最強の槍である。神器クラスの武器を具現化するには、全盛期のシュルーナでもやっとだ。


「ぐ、ぐぐぐっ……」


 紅い魔力が蛍のように散った。合わせた掌を、ゆっくりと開いていく。紅が徐々に白くなっていく。ほのかな熱を感じたと思うと、掌の間に蒼き光の球体が出現する。


「よ、よしッ――?」


 その時だった。シュルーナの口から『ゴフッ』と、鮮血が吐き出された。


「シュルーナ様ッ?」


 派手な吐血に、ミゲルが振り向いてしまっている。『成すべきコトを成せ!』と、叱り飛ばしたかったが、余裕がなかった。


「ミゲル。自分の仕事に集中しなさい。姫様に、あなたの相手をする余裕なんてないわ」


 竜の背中から、にょきりとヒュレイが出現。ミゲルを説得してくれるようだ。


「本当に姫様を慮るのであれば、あなたはあなたの役目を成し遂げるの」


「う……は、はいッ!」


 ――先端すらも出来上がっていないのに、これほどの負担を強いられるとは……。


 シュルーナの『封印』は、魔力のリミッターだ。魔力放出の許容量(リミッター)を越えると、肉体へのダメージとして反映される。


 だから、工夫する。魔力の使い方を二種類に分ける。ひとつは神器の創造に。もうひとつは回復魔法だ。


 そうやって、肉体の崩壊を押さえ込む。ただ、回復できるとはいえ、痛みはどうにもならない。身体の内側で竜が暴れているようだ。


「ぐ、ぐぐッ……」


 ようやく、刃先が見えてきた。全身の筋肉が千切れそうだった。虫歯に釘を打ち込んでいるかのような痛みが、頭頂部から爪先までを浸食している。


 心臓がけたたましく喚いていた。頭痛も酷く、わずかでも気を抜けば、意識を失ってしまいそうだった。回復と錬成のバランスを誤れば、自らの魔力によって肉体が朽ち果てる。


「あが……あぁあぁぁぁぐッ!」


 家臣たちも、苦痛を味わって戦場にいる。

 シュルーナのためにだ。


 ――自分は果報者だ。


 だからこそ、期待に応えなければならない。鍋を仕切るからには、皆を満足させなければならないかの如く。


 鼻から、ポタリと血が垂れる。咳をする度に、竜の背が汚れていく。


 景色が白くなっていった。

 頭の奥底から、徐々に意識が消失していくかのようであった――。


☆☆☆☆☆☆☆☆


 ――ここは、どこだろうか。


 シュルーナは真っ暗な空間にいた。足場も見えず、天地もわからない。四方八方に星が散りばめられ、まるで夜空のど真ん中にいるかのようだった。


 呆然と周囲を見回した。

 すると、背後から声が飛んできた。


「よう」


「……誰じゃ?」と、振り返るシュルーナ。


「親父の顔を忘れたか?」


 身長の高い男性が、どっかりと胡座を組んで座っていた。髪は長くてぼさぼさだった。王の如き煌びやかなマントを纏っているのだが、上着の胸元がざっくりと開いて、分厚い胸板を露にしている。


「なっ…………!」


 紛う事なき父――グレン・ディストニアの姿がそこにあった。


「ち、父上? ふ、ふむ。となるとここはあの世か? わしは死んでしもうたのか?」


 グレンは「驚かねえんだな」と、つまらなそうにつぶやいた。


「死ぬようなことをしておったものでのう」


「安心しろ。おまえは死んでねえよ。死ぬ一歩手前だ」


「今際の際になると、父上が現れるシステムになっとるのか? もしかして、あの世で死神として雇われたか? 随分と落ちぶれたものよのう……」


 哀れみを込めた瞳で、グレンを見つめるシュルーナ。


「違えよ。ったく、かわいくねえガキだ。久々の親子の対面だってのによ」


「夢で会えてよかったね、と、喜べるほど、暇ではないのじゃ」


「夢じゃねえ。ここは俺の創造した世界だ」


「創造した……世界?」


「暇だったから創造してみた。膨大な魔力を持ってる奴は、死ぬ前にここへ呼び寄せられんだよ」


 まったく話が見えない、と、シュルーナは思った。


「……生憎と、遊んでいる暇はないのじゃ。元の世界に戻らせてもらう。この空間に興味はあるが、わしを待ち望む友がおるものでな」


「安心しろ。向こうでの時間はさほど進んでねえよ。走馬燈みたいなもんだ。これが今生の別れになるかも知れねぇんだ、少し話を聞いてけ」


 拒否権はないようだ。この空間から出る方法がシュルーナにはわからない。


「……封印に難儀しているようだな」


「本物の父上ならば、なんとかしてもらいたいものじゃな」


「バーカ。おまえは俺の大事な娘なんだ。世間の厳しさを学ばせてやりてえんだよ」


「このままでは、その大事な娘が死ぬのじゃぞ?」


「がんばれ。死ぬな。なんとかしろ。けけけっ」


 愛する娘の危機だというのに、グレンは愉快そうに笑っていた。


「先に言っとくが、封印が解除されるなんてことを期待すんなよ」


「ふん。ならば未来永劫このままか……。てっきり、父上が死ねば封印は解けると思っておった。ゆえに、訃報を聞いた時は嬉しくてたまらんかったのじゃ」


 もちろん皮肉である。実際は、父が死んで嬉しいなんてことはなかった。


「その解釈は間違ってねえよ。俺が死んだら解除されるようになってる」


「バカを申せ。すでに死んでお……………………なん……じゃと?」


 シュルーナは言葉を詰まらせた。

 そして、言い方を変えた。


「……もしかして、父上はまだ生きておるのか?」


 グレン・ディストニアは、得意気に笑んだ。


「世間じゃ、俺は勇者御一行に討伐されたってコトになっている。それは事実だ。特にリシェルは俺に匹敵する力を持っている。あいつは人間じゃねえよ」


「匹敵も何も、負けたじゃろ」


 ジトリとした半眼を向けるシュルーナ。


「うるせー。他の四人がいたからだよ。――けど、ま、リシェルが強いのは事実。俺が負けたら、魔物はあいつに滅ぼされると思ったね。だから、戦いの途中で、俺はリシェルと相打ちになることを選んだ。言っとくが、おまえたちのためだぞ?」


 死闘を繰り広げ、お互いが傷ついていた。その時、魔王は自らの肉体を放棄し、勇者の肉体へ精神を潜り込ませる。結果リシェルは昏倒。二ヶ月以上経った今も眠り続けている。


「つまり、父上の思念は、勇者の身体の中にあると……そういうことか?」


「そういうことだ。リシェルの肉体には、俺と奴のふたつの精神が介在している。俺だって、おまえと同じで好き放題やりたいタチだ。元に戻る方法はないかと考えた。だから、創造の力で、現世とあの世の間に、もうひとつ世界を生み出した。すなわちココだ」


 グレンは、ない地面を中指で指し示した。


 生と死の狭間の世界。死にゆく者の休息所。この空間のどこかに勇者もいるらしい。時折ふたりは殺しあっているそうだ。なんとも信じがたい話であるが、父ならばやれないことはないだろうと、シュルーナは思った。


「生と死の境界線……だからこそ、わしはここへ来てしまったのか……」


 この世界でリシェルを殺せば、魔王は甦るかもしれない。だが、殺しあうこと十数回。未だ決着は付かず。そのせいで現実の勇者も目を覚まさないままらしい。


「甦ってどうするつもりじゃ? 再び魔物を率いて世を治めるつもりなのか?」


 だとしたら、シュルーナにとって面白くない限りだ。この戦は、自分の理想を実現するために始めた。仲間たちも、同じ気持ちだからこそ、命を賭してくれているのだ。支配後、グレンに覇権を主張されてはたまらない。


「おまえやマーロックが世界を支配して、そっくりそのまま俺にくれるって言うのならもらってやらんでもない。嫌なら……ま、親子で殺しあうのも面白いんじゃねえか?」


「なるほどのう。個人的には、このままご退場願いたいものじゃがな」


 皮肉を述べ、からからと笑うシュルーナ。


「……人間は、勇者の復活を目論んでる。世界トップクラスの魔法使い連中が、俺の存在に気づき、精神を抹殺しようとしている。このままじゃ消されるのは俺かもしれねえ」


「父上にしては弱気じゃな」


「いっぺん死んでるしな。……だから俺は、おまえらの好きに生きればいいと思ってる。死んでる間に、あれこれ命令するつもりはねえよ。復活する確証もねえからな」


 よくわかっている親父だとシュルーナは思った。魔王でありながら、こういう親父くさい感情を持っていることに、彼女は少なからず尊敬の念を抱いていた。


「……父上、どうしても封印は解いてくれぬか?」


「さっきも言ったろ。期待するなって」


「封印のおかげで、多くの友を得ることができた。じゃが、この封印のせいで、友を死なせることになるやもしれぬ」


 父上なりの愛。それはわかっている。弱いからこそ『仲間』の大切さを知ることができた。人の気持ちを理解することができるようになった。


 そして、友と仲良くなりたい、笑いあいたいと思ったからこそ『鍋』という最強のツールを創造することができたのだ。


「俺にとっちゃ、おまえはかわいい娘だ。だからこそ、苦労させてやりてえ。……んで、マーロックだって俺の弟分だ。こっちもかわいいんだよ」


「あのタコジジイのどこがかわいいんじゃ」


 どうしても、グレンはこの戦に介入するつもりはないらしい。あるいはできないのか。


「さて、そろそろ元の世界に戻してやるよ。もっとも、すぐに戻ってくることになるかもしれねえがな」


「意地悪な父上の顔など、二度と見たくないのじゃ」


「反抗期、終わらねえなあ……。ガキの頃みたいに、パパ上って呼んでくれよ」


「娘の願いを聞いてくれぬクソ親父など、大嫌いなのじゃ」


 言って、シュルーナは中指を立てる。それを見た魔王は嬉しそうに笑った。


「また会おうぜ。お互い、生き残れるといいな」


「この世界は退屈であろう。しばし待っておれ。すぐにマーロックを送ってやるでの――」

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