第四十五話 お供いたします、どこまでも

 氷の墓標から解き放たれた僕は、リーデンヘルの城壁から戦場を眺めていた。


「あれが……六惨将マーロック……」


 国食らいのマーロックが弱いはずはない。

 ……けど、これほど強いとは夢にも思わなかった。


「みんなが……世界が……滅ぼされていく」


 奥歯を噛みしめ、拳を硬く握りしめる。


 ――どうすればいい?

 ――僕に何ができる?


「陣形を密集……いや、一網打尽だ。……ベルシュタットまで後退……ううん、それならいっそエリッダまで逃げて……フロラインさんに五英傑とのコンタクトを……」


 僕は、ぶつぶつと考えを巡らせる。


「デモンブレッドよ! これはいったいどういうことじゃ!」


 ガンディス大臣が城壁へとやってきた。怒り心頭で、罵声を浴びせてくる。


「だから言ったのじゃ! 魔物と同盟などありえんと! このままでは国が滅んでしまうではないか! なんとかせい、力を合わせれば奴らを倒せると言ったのはおぬしであろう!」


 相変わらず、自己保身のために、ころころと意見を変える人だ。だけど、今はそんなことを言っている場合ではない。


「なんとかなるレベルではありません。今は最善の行動をしましょう。……とにかく、ここにいては危ない。民を避難させてください」


「うぐぐぐぐぐッ! ほざけ小童ッ! 貴様のせいじゃぞ! 貴様のせいで国が滅ぶのじゃ! どう責任を取る!」


「今は、責任の所在などッ――ほぐっ!」


 ガンディス大臣の右手が、僕の喉を潰さんばかりに掴んだ。


「な、ごぐ……うぇ……」


「誰か! 此奴の首を刎ねよ!」


 城壁にいた兵士たちが騒然となった。


「この戦を扇動した悪魔に責任を取らせるのだ! 首を刎ね、城壁に晒せ! そして、マーロックに許しを請うのじゃ!」


「マ、マーロックに慈悲はありません! 彼は卑劣な将です!」


「黙れ、魔物が! 早く、此奴の首を刎ねよ! 足りなければシュルーナの首も献上するのじゃ! ことの発端となったフロラインにも責任を取ってもらおうぞ!」


「フロライン様まで犠牲にするのはさすがに!」「大臣、落ち着いてください!」


 兵士たちが狼狽する。


 僕は、ガンディスの腕を丸い爪でひっかいた。痛みで離した瞬間、距離を取る。


「ぐッ! 何をする!」


「はあ、はあっ。――マーロックは侵略者です! シュルーナ様とは違い、人間を滅ぼそうとしているんです! 命乞いなんて無意味です! 現状では勝ち目はないから逃げるんです! 民を連れて!」


「ええい、黙れ! ――もういい! ワシの手で始末してくれる!」


 ガンディスは、兵士の剣を強引に奪った。


「や、やめてください!」


「許さぬ! フロラインをたぶらかした悪魔め!」


 僕は、一歩二歩と退がった。けど、これ以上下がったら、城壁から落ちてしまう。


「死ね! 人間の敵よ!」


 ガンディスが、剣を振り上げる。


 ――その時、ぶわりとした一陣の風が僕たちを包んだ。


 ガンディスはひるみ、僕は尻餅をついてしまう。ズン、という音が轟いた。恐る恐る目を開けてみると、そこには飛竜に乗るシュルーナ様の姿があった。


「……しゅ……るーな……様?」


「ひい! ろろろ六惨将シュルーナッ! 誰か此奴を討ち取るのじゃ!」


 兵士が槍や剣を構える。だが、飛竜がヒト睨みすると、狼狽しながら距離を取る。そりゃそうだ。ここにいる兵士は、大事な戦に加わらなかった臆病者ばかりなのだから。


「ミゲル、迎えに来たのじゃ」


「どう……して……」


 陽光を背に、手を差し伸べる姫様の姿は、子供ながらにまるで女神のようであった。


「ひ、姫様……僕を迎えに来ている場合じゃないです! ににに逃げないと!」


「だ、誰か……こ、こやつらを……」


 弱々しいガンディスの声に、誰も従う素振りは見せなかった。


「ミゲルよ。おぬしの力が必要じゃ。乗れ。この戦を終わらせに行くぞ」


「戦を……終わらせにいく……?」


 それが、どういうことを意味するのか、この時の僕にはわからなかった。けど、淀みのない瞳で、姫様が僕を必要としてくれているのだ。


 僕は、気がつけば姫様の手を取っていた。


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