第三十八話 決戦の火蓋が切って落とされ爆発炎上

 全体の数と兵の質はおおよそであるがこれぐらいだ。


 シュルーナ軍約19000。兵の質100。

 マーロック軍約10000。兵の質150。

 フロライン軍約9000。兵の質50。


 シュルーナ軍は、うち14000をマーロック軍に向けて布陣。残った5000をフロライン軍に向けて布陣している(形だけ)。


「この一戦にて、我らがシュルーナ様は魔王となる礎を築く! みなが奮闘すれば、必ずや勝てる戦! 全軍ッ! 突撃しなさいッ!」


 ――戦が始まった。


 最前線のヒュレイが部隊を突撃させる。待っていたかのように、マーロック軍も動き出した。


 両軍とも突撃力のある魔物を先頭に配置。ヒュレイの先方隊5000は、ジャンダルウルフ、グラブロスドタイガー、石岩竜、ダルマトカゲなどで構成されている。


 マーロック軍は先鋒部隊は3000。ガラス傭兵、雀炎貴族、カルマジュニアなどの人型が多い。それらが、馬や戦車に乗って突っ込んできている。突破力を重視しているのか、布陣は槍の如く縦に長い。


「怯んじゃダメ! 数はこちらの方が上よ!」


 ヒュレイの号令。両軍の先鋒隊がぶつかりあう。


 ジャンダルウルフが、次々と敵兵に噛みつく。馬上でバランスを崩した敵兵は、後続の味方に踏みつぶされる。


 しかし、さすがはマーロック軍。数で劣りながらも、かなり深くまで突破される。ヒュレイは軽く布陣を動かし、それらを包囲させる。


 それを見越していたのか、マーロック軍は、さらに2000の兵を『ハの字』の陣形にし、第二波として突っ込ませてきた。


「ラングドルチェ! 左を貫いて! ガンドレイクは右!」


「グォ!」「ガガ!」


 ラングドルチェと呼ばれた細身の木製人形と、ガンドレイクと呼ばれた木の葉に包まれた大男が、それぞれ小隊を率いて突撃する。


 ラングドルチェも、ガンドレイクも、いとも簡単に敵陣を貫いた。いや、あえて貫かれやすいように布陣していたか。抜けた先には精鋭と思しき部隊が待ち受けていた。ラングドルチェとガンドレイクの部隊が蹂躙されていく。


 さらに『ハの字の部隊』は、貫かれながらも、そのまま進撃してきた。混戦となっている先鋒部隊に加わり、包囲を崩す。


「さすがは、魔王様の右腕と呼ばれた男ね。けど、戦術合戦はここからよ――!」


 その時、シークイズがパワーのある魔物を率いて、戦線に加わろうとしていた。



「ふーん。ヒュレイとかいうのもなかなかやるっすねえ。あいつ、落ちこぼれだったはずなんすけど……。ま、それでも教科書どおりの戦術が限界っすね」


 そう言って、キルファはほくそ笑む。


「くくっ、絶景かな絶計かな。――さ、リーデンヘルが動き出すっす。ふたつを相手にするのは、結構しんどいっすよぉ? 姫様は、どうなふうに崩れていくのかな?」



「みんな……覚悟はできているわね」


「は! このロカード以下9000の同志! 姫様のために、命を投げ出す覚悟です。いかようにもお使いください!」


 リーデンヘル城門前へとやってきたフロライン。城門を越えたら、もうあとには引けない。茨どころかマグマの道を進むことになる。


「命は捨てるな」


「おお!」と、兵たちが雄叫びのような返事をする。


「希望を捨てるな」


「おお!」


「なにがなんでも生き延び、明日と希望のために戦え! それでこそリーデンヘルの兵! 世界に平和を! 民に光を! 城門を開けよ! この私に続きなさい!」


「うおおおおおおおあぁああぁぁぁあぁぁぁッ!」


 叫びが城を振るわせた。大地を揺るがした。それが城門を開かせたかのようだった。フロラインが白馬にて出陣する。遅れまい、離されまい、むしろ、姫よりも前に出ようと、喜び戦おうと、馬を疾走させる9000の兵。


「まずはシュルーナ本陣を狙うフリをする。正面を抜けるわよ! 予定通りリオン隊との戦を演出しなさい!」


 9000の兵が、5000のリオン隊へとぶつかる。リオン隊の先陣は不死者で構成されていた。ゆえに、全力で戦っても消耗させることはなかった。そして、リオン隊も手加減してくれている。端から見れば、派手に蹂躙しているように見えただろう。


「フロラインッ!」


 不死の部隊から、青髪の青年が馬に乗って突撃してくる。


「リオン・ファーレッ!」


 フロラインの剣。リオンの槍が激突する。


「てめえとは、いつか決着を付けなきゃいけねえと思ってたんだが……まさかこんなことになるとはな!」


「それはこっちの台詞よ! 本当なら、ここで冷凍マグロにして出荷してあげるところだわ」


 武器を交錯させながら、ふたりは会話を交わす。


「ミゲルは無事なんだろうな」


「当然! あの子がいなかったら、私はあなたたちを信じない。これからも信用しない!」


「上等だ。――俺の部隊で不死身なのは前の方にいる500だけだ。うしろは手加減してやってくれ」


「わかったわ。――ロカード!」


「はっ!」


 ロカードが戦いに介入。リオンへと斬りかかり、さらに魔法によって氷柱を降らせる。リオンが火炎で応戦。その隙に、フロラインは兵を率いてリオンの部隊を突破する――。



 戦場を眺めるキルファ。


「……リーデンヘルも動きがいいっすね。まさに機を見るに敏。連中からしてみたら、最後のチャンスだし、士気が高いのも頷けるっす。あらら、リオンも抜かれちまったっすねえ。……んー……逆にヤバいっすねぇ。このままだと、姫様が殺されちゃうっす」


「姫様が死ぬのは良しとせぬ。……我らも動くか?」


 マーロックが呻くように問う。


「まだ早いっす。おそらく、姫様の軍が動いてくれますよ。――蜘蛛女シークイズが引き返すんじゃないっすか。あの子、姫様大好きっすから……ん?」


 ふと、キルファは違和感に気づく。すべての部隊の動きが、淀みないことに。


「……なぜ、リオン隊に動揺が見られない?」


 シークイズもヒュレイの部隊もそうだ。シュルーナに危機が迫っているというのに、迷いなく自分の責務を果たそうとしている。なぜ、突破したフロラインを放置している?


 力を封印されているシュルーナでは、フロラインを倒せまい。――ならば、本陣には五英傑を倒せるほどの将が控えているのか? ――それとも、この動き自体がフェイク? 


 もしかして、これみよがしに凍り漬けになっているシャーマンウルフは、同盟を悟らせないための見せしめだった?


「……なんか、妙っすね」


 キルファは、人差し指を空に向け、クルクルと回しながら言葉を滑らせる。


「ひとつひとつが小さな違和感。けど、見逃せないっす……」


「……どうした、キルファよ」


「姫様の戦がへたっぴすぎる……あらかじめ予定されていたっちうか……。そう思うと、リオンが苦戦しているのも演技に見えてくる。……もしかして、シュルーナとフロライン、組んでるのかな……。あ、それならリオンを城門前に配置したのも合点がいくっす。不死者なら、どれだけ殺してもいいもん。サイコーの演技ができる。となると、シュルーナ軍に取り付く寸前で、フロラインは向きを転換。こっちに来る……って感じっすね。わんだほ……」


 もし、それが事実だとしたら、誰が考えた……? シュルーナ? いや、そこまで頭は回るまい。ならば……あの犬ころか?


「――マーロック様。もうしわけないっすが、仕切り直しっす。たぶん、姫様とフロラインは手を組んでる」


「確信はあるのか?」


 人間と魔物が同盟? 共闘? ありえない。お互いが信じられるわけがない。それがこの世の真理である。リスクが高すぎる。現在フロラインは、シュルーナな本陣を襲撃できる位置にいるのだ。裏切ったらどうなる? これを許容できる魔物がいるか?


 普通に考えたらいない。だが、その固定観念に囚われるほど、キルファの頭脳は日和っていない。


「軍師は慎重すぎるぐらいで丁度いいんすよ。最悪の状況を想定して戦う生き物っすから」


 組んでいなかったとしたら、シュルーナとフロラインがぶつかりあい、お互いに消耗するだけである。そこを平らげればいい。


「ワシが出ても構わんぞ……」


「それは最後の手段の約束。――とりま、近くに森があるんで、そこに逃げ込むっす。魔物はともかく、人間は追いかけてこれないっすからね。――――2000ほど兵を借りますよ。先に行って退路を確保し、兵を伏してくるっす。頃合いを見て、ハートネスを撤退させてください」


「よかろう。おまえの戦だ。付き合ってやる」


 小さく頷くマーロック。


「んじゃ。お猿さん部隊、ボウガン持ってついといで。ベリーリーフ隊、擬態頼むっすよ」


 部隊をかき集め、キルファは森の方へと駆けていく――。



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