第三十話 ご希望はどちらさま?

 僕とシュルーナ様、リオンさんとヒュレイさんは本陣に集まっていた。


「さて、評定を始めるのじゃ。――ヒュレイ」


「はい。先日の一戦以来、フロラインは姿を見せておりません。もはや、城内にはろくな戦力もないかと」


 あの時の戦、フロラインは1000の兵しか率いていなかった。それが、リーデンヘルの内情を物語っている。王女の出陣だというのに、あの数は少ない。指揮系統も混乱しているに違いない。


「じゃあ、とっとと終わらせちまおうぜ」と、リオンさん。


「けど、相手は五英傑よ。侮ると痛い目を見るわ」


 勇者パーティだった五人は五英傑と呼ばれている。たしかに、フロラインの魔力は凄かった。ダミーとはいえ、何人ものヒュレイさんがやられてしまったほどである。


「うむ……。マーロックの進行も気になる。マリルクが城を守ってくれるとはいえ、一刻も早く援軍に向かいたい。なるべくして、双方の死者は出したくないが……」


「悠長なことは言ってられねえだろ。俺なら、フロラインに勝てる。なんなら、一騎打ちを申し込んでもいいぜ。あいつを討ち取れば、さすがに戦争する気にもならないだろ」


「アホ。万が一にも、おぬしが凍り漬けにされたらどうするのじゃ」


「はあ? 負けるわけがねえだろ!」


「勝ったことがないくせに」


「負けたこともねえよ!」


 ここでの一騎打ちはない。万が一にも負ければ、再び敵を勢いづかせてしまう。やるなら全面戦争の方がいい。けど、僕はそれが嫌だった。先日のフロラインが、人間の希望のように『見えた』からだ。僕は思案する。思案して、ふと、言葉を落としてみる。


「――あの……投降を呼びかけることはできないのでしょうか?」


「それに関しては、何度も書状を送っておる。フロラインの命と引き換えに、兵と民の命は助けるとな。――しかし、返事はないのじゃ」


 武器と物資を取り上げたのち、最低限の暮らしをリーデンヘルでさせる約束している。食い扶持ぐらいは自給してもらわないといけないので、働いてもらうことにはなるけど。


「当然だな。そもそも、魔物に対して恨みしかない連中だ。約束が守られると思ってねえ。投降したが最後、皆殺しにされると思ってんだろうな」


 長く続く人間と魔物の戦い。人間は、魔物を恨んでいる。そして、フロラインは魔王様を殺した五英傑のひとりだ。シュルーナ様からすれば、親の仇である。国民とて、酷い目に遭わされて当然だと恐怖しているだろう。


「ミゲル。姫様とて、その道は考えているわ。けど、人間と魔物の溝は深いの」


 そう、ヒュレイ様が言った。けど、僕は意固地たる想いで反論する。


「しかし、姫様の望む『誰もが笑って鍋をつつける世』を実現するには、それでいいのでしょうか……」


「バーカ。そのために戦争してるんじゃねえか。で、配慮も十分してる。けど、限界はあるんだよ」


 そこまで言ったところで、シュルーナ様が制止する。


「まあ待て、リオン。話を聞いてみようではないか。――ミゲルよ、そこまで言うからには、何か考えがあるのであろうな」


 僕は、コクリと頷いた。


「はい。リーデンヘル攻略は、覇権への第一歩です。この一歩を、どこへ踏み出すかで、天下統一までの道が大きく変わってくるでしょう」


 僕が考えた、理と利の戦略を述べる。


「戦に勝利し、配下が増え、領地が広がると、比例して食料が必要となってきます。姫様のお考えでは、それをリーデンヘルの民に担ってもらう予定でした」


「うむ」


「魔物は、農耕の知識や技術が低いです。鍛冶に関しても、武器防具のほとんどを、人間から買ったり(横流し)、戦場で奪っている始末。だからこそ労働力ではなく、協力者としての関係を築けば、必ずや良い結果が得られると思うんです。ゆえに、最良の終わらせ方をしなければなりません」


「有無を言わせず働かせればいいではなくて?」


「モチベーションが違います。馬車馬なら、叩けば働きますが、技術的なことはそうはいきません。我々と同じで志があるんです。それに、人間という人材は非常に貴重。コミュニケーションがとれるゆえ、我々も学ぶことができるんです」


「現状に置いては、そのモチベーションこそ、些末だと思うのだけど? そこにこだわっていては、領地拡大の速度が下がるわ。必要なのは即効性のある内政なのよ」


「投降によって戦に終止符を打てば、連中は姫様に大きな借りができます。懐の深さを実感することになるでしょう。人間と魔物が手を取り合えば、凄まじい力となります。天下に向けて、最高の第一歩となります。魔物は怖くない、シュルーナ様は寛大な御方である――それを、この一戦において知らしめれば、世界の人間たちに、新たな価値観を与えることができるのです。――話し合える間柄なのだと」


「それはわかる。じゃが、現状では投降は期待できぬ。どうしろと申す?」


「――僕が、使者として直接お話ししてきます」


「はあ? アホか! 相手は人間だぞ? 捕まって人質に使われるのが目に見えてる!」


 いの一番に反対したのはリオンさんだった。


「静かにせい、リオン。――面白い、続けよミゲル。いかように懐柔するつもりじゃ」


「フロラインの命を助けます」


 僕は見た。フロラインは民の希望だ。現状を打破すべく、あれっぽっちの兵を率いて戦ったのだ。その精神性の美しさは王に相応しい。


 彼女は殺してはいけない。彼女を殺した瞬間、我が軍は希望を潰した悪鬼と罵られることになるだろう。


 だから、僕が行く。信頼してもらうには、まずこちらが相手を信頼しなければならない。使者というのは命がけだ。けど、もしその覚悟を汲み取ってもらえたのなら、フロラインの心も少しは変わるかもしれない。


「……勇気は認めるわ。けど、馬鹿げている。圧倒的に有利な私たちが、そこまで譲歩しなければならない理由はない。そもそも、フロラインは姫様の父上であらせられるグレン・ディストニア様を亡き者にしたのよ? 姫様のお気持ちを考えたことはあるの?」


 ヒュレイ様のおっしゃるとおりだ。けど――。


「しかし以前、姫様は仰っていました。さほど、勇者たちを恨んではいないと」


「……む」と、表情をしかめるシュルーナ様。


 揚げ足を取ったみたいで、さすがに無礼だったか。けど僕は、バルクーダ砦で姫様が話されたことを、しっかりと心に刻み込んでいる。


「人間を味方に付けるのが、世界を統一するための最善策だと思いました。理と利です。そのために、感情は必要ありません。それは姫様の感情であったとしても、です」


「たしかに、それはわしの弁だ。よう覚えておったな」


「ここで一方的に蹂躙してしまえば、人間は魔物を恐れるでしょう。それは『誰もが笑って鍋をつつける世』が遠のくことに他なりません」


 僕は、じっと姫様を見つめた。


「……なかなかどうして大きく出たのう、ミゲルよ」


 怒っている? いや、悩んではいるが、怒ってはいないと思う。僕の言ったことに一理あると思ったからこそ、幼い顔をしかめさせているのだ。


現在いまだけではなく、未来あすを見据えた戦略です。どうかご一考を」


 僕は、ペコリとお辞儀をした。深い沈黙が流れた。ヒュレイ様は呆れてしまっているようだ。


「おぬしの言うておることは重いぞ?」


「ごもっともです」


 姫様の目つきが怖い。冷や汗が垂れてきた。ちんちんも恐れおののいて縮み上がっている。けど、これは僕が本心から成し遂げたいと思った策だ。リーデンヘルだけでなく、シュルーナ様にとっても有益なのだから。


「姫様。憂いは断っておかなければなりません。付け入る隙を与えぬよう、完膚なきまでに叩きのめすべきです」


「ああ、マーロックとの兼ね合いもある。それにミゲルこいつを使者にしたって、フロラインが首を縦に振るとは思えねえ」


 ヒュレイ様の言っていることも、リオンさんの言っていることも間違っていないと思う。けど、僕の提案は、姫様の理想により近いものであるはずだ。


「……鍋は大勢に限る。……じゃが、それでも共につつけぬ者はおる」


 わかっている。綺麗事を言っているつもりはない。戦をしているのだ。そこに多くの血が流れることは必定。


「けど、フロラインさんは、共に鍋をつつける相手だと思っています」


 姫様は、顎に手を当て思案顔になった。そんな姫様に対し、僕の考えがいかに愚かなのかを、ヒュレイ様は吹聴し続けていた。けど、やがて姫様をそれを制して、僕に語りかけるのだった。


「……ミゲルよ、やってみるか?」


「姫様! 我が軍の力を見せつけてこそ、世界統一の第一歩となるのです! 使者を出すなど時間の無駄――」


「ミゲルの言っていることはもっともじゃ。戦をせずに人間を配下にできるのなら、それに越したことはなかろう?」


「勝ち戦です! 度の過ぎた慈悲ではありませんか! フロラインにはこの戦の責任をとらせるべきです! わたくしとて、配下エッケザイルがやられました! 人間も大勢死んでおります。双方の憎悪を抱いて、フロラインは死ぬべきです!」


「人間は感情や義理を重んじるのじゃ。わしらのリーデンヘルに対する仕打ちを、他の国はしっかりと見ておろう。器の大きさを見せつける良い機会でもある」


「それはわかってはおります。しかし、ミゲルの言うことは理想論でしかありません!」


「わしは、その理想を掲げて戦をしておる」


 頑なな姫様の言動に、次第にヒュレイ様も発言できなくなる。


「ヒュレイ、おぬしの言うことは間違ってはおらん。だが、ミゲルの案は試す価値がある」


「……は、はっ」


「しかし。ミゲルよ。投降を呼びかけると言っても、簡単なことではない。おぬしには命を懸けてもらうことになるぞ? 使者というのは、殿しんがり以上に危険な仕事じゃ。死ぬかもしれぬぞ?」


「わかっております」


 僕は、ゴクリと唾を飲み込んだ。相手の感情次第では、生きて帰って来られないだろう。けど、フロラインなら、民のことを思って耳を傾けてくれるはずだ。


「人質にされても、助けぬぞ」


「承知の上です」


 僕が人質にされることで、軍が傾くのはそれこそ望むところではない。


「ならば、行け。そして、フロラインに伝えよ。服従するのであれば、おぬしを含めたすべての民の命を救う。――しかし、万が一にもミゲルを殺した場合、わしは人間に慈悲を与えぬ。皆殺しにする、と」


 たしかにシュルーナ様からすれば、差し伸べた手を焼かれる思いとなるか。僕が生きて帰ってこなければ、大変なことになってしまいそうだ。


「……リオン、あなたは黙っているつもり?」


 口惜しそうな表情で、ヒュレイ様がリオンさんに問いかけた。


「ボスが言ってるなら、しょうがねえよ。ミゲルも言って聞くような奴じゃねえしな。ただし、譲るのはこの件だけだ。もし、ミゲルに何かあったら、俺はフロラインを殺す。リーデンヘルとの全面戦争だ――」


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