第二十九話 六惨将マーロック・ジェルミノワ

 編成できた魔物の数は500。籠城に特化した戦力がメインだったので、多くは率いてこれなかった。


 シークイズは、道なき道を素早く移動する。その背中には八本の剣が孔雀のように納められていた。戦闘時の彼女のスタイルだ。


 ハートネスは、マーロック軍最強の将として高名だ。まともに相手をしていたら、いらぬ消耗を招く。ゆえに、罠だけ仕掛けて引きつけておく。


 目的は奴ではない。

 ――マーロック・ジェルミノワだ。


 彼女は、街道を移動するマーロック軍を発見。森の中を併走しながら、距離をとりつつ奴の行進を睨む。


「……見つけたぞ、マーロック」


 小さくつぶやくシークイズ。


 帯同するのはキルファか。そっちを殺ってもいい。軍師たる彼女がいなくなれば、総崩れになるはず。


「――かかれ!」


 シークイズが号令。500の魔獣が一斉にマーロックへと襲いかかる。


「――お? ハートネスを避けて、よくここまでこれたっすね」


 キルファが合図をする。すると、属性(エレメント)系の魔物が、シークイズたちの前に立ち塞がる。


 属性系はシークイズと相性が悪い。人魂のような炎を媒介にした魔物や、スライムのような粘液で構築されているような魔物は、シークイズの糸で捉えにくい。リオンと違い、シークイズのベースとなる魔物は、広く知られている。


 魔物の群れがぶつかり合う。マーロック軍は街道を這うように伸びている。側面からの襲撃には弱いはず。


 陣形が整う前に、決着を付ける。いや、この用意周到さ――。襲撃を予想していたか? いや、関係ない。


「姫様の側近様はアホっすねえ」


 キルファが腕を動かし合図をする。上空から、鳥系の魔物が突っ込んでくる。そして獣系の魔物が、シークイズたちを包囲するかのように森へと散る。


 シークイズは背中の剣を一本。

 キルファめがけて、勢いよく投げる。


 その時だった。マーロックの腕が蛇のように伸びた。彼は余裕綽々で、その剣を掴み取る。


「なッ……」


 寝ぼけ眼でキルファがぼやく。


「……あの、マーロック様。守ってもらってなんすけど、これぐらい自分で――」


「良い」


 マーロックは、呻くようにそう言ったあと、こう言った。


「キルファよ、戦をやめよ」


 キルファは、わずかに思案したあと「ストップっす」と、言って戦闘をやめさせる。シークイズの部隊は従う気などなかったのだが、消沈した空気のせいか、あるいは圧されていたせいか、戦うのをやめてしまう。


 静かになった空気の中、マーロックが歩み出る。


「……マーロック・ジェルミノワである」


 マーロックが剣を手放した。糸を飛ばして回収し、鞘へと戻すシークイズ。


「シークイズ・レモンチューラだ。イーヴァルディアから兵を引け、マーロック。引かねば、ここで討ち取らせてもらう」


「良い。……勇まずとも良い。おぬしは姫様のお気に入りであろう……。かようなところで命を散らす必要はない」


「貴殿らは姫様の命を狙っているのだろう」


「命? 何か勘違いをしているようだな。ワシは姫様を迎えに行くのだ」


「どういうことだ?」


「この六将戦争、姫様の力では生き残ることなどできん。ならば、お守りせねばならぬ。ワシが尊敬してやまない魔王様の娘なのだからな」


 ――真意か。あるいは詭弁か。どちらにしろ、シークイズには関係のないことだった。


「我が主シュルーナは、それを望んでおられぬ。真に魔王様の意を汲むのであれば、姫様に従ったらどうだ? それこそ忠誠心の表れではないか?」


「――ならぬ。姫様は優しいゆえ、人間に慈悲を与えようとしておる」


 マーロックは、人間を憎んでいるのだろう。事実、魔王を崇拝していた。ゆえに、人間は根絶やしにしたいのだ。人間をいたずらに殺さないシュルーナの考えとは、真っ向から対立している。


「慈悲を与えて何が悪い。魔王様も、そういうお考えであったではないか! その意思を踏みにじり、娘であるシュルーナ様を悩ませる貴様に大儀などない。この場で斬り捨ててくれる」


 シークイズは身構える。距離は近い。千載一遇のチャンスである。


「キルファ。……下がっておれ」


「……マーロック様に戦って欲しくないんすけど?」


「良い。おぬしの思っているようにはならぬ。安心せよ」


 一騎打ち。そう言わんばかりに歩み出るマーロック。キルファが兵をわずかに下げた。


 一対一の構図。

 ――正気か? と、シークイズは思った。

 これ以上ない絶好の機会だ。


「ふん、随分と舐められたものだ。悪いが、この場で討ち取らせてもらうぞ、マーロック」


 ジリ、と、靴底をこすらせるシークイズ――。


 ――次の瞬間、彼女は左手の指をパキパキと動かした。背中の七本の剣が、鞘から一気に放出される。剣には蜘蛛の糸が付着してあった。魔力を流すことで、自由自在に軌道を変えられる。それらがマーロックに襲いかかった。


 だが、奴は動かない。ざぐんざぐんざぐん、と、身体に突き刺さる。


「な、なぜ避けないッ?」


「……ふむ。良い」


 目論見が上手くいきすぎて、逆に警戒するシークイズ。リオンと同じ不死身タイプのデモンブレッドか?


 とにもかくにも、油断はしなかった。シークイズは距離を詰めていた。馬の首へと軽やかに着地。そして、容赦なく剣を突き刺した。マーロックの頭蓋骨を貫くように。


「いかに貴様が不死身でも、脳を破壊すれば、身体を動かすことはできまい」


 剣を抜かない限り、脳細胞は再生を始めない。昔、リオンに勝つにはどうしたら良いのかを考えたことがあった。行き着いた先がコレだ。不死とはいえ、脳が神経を司る。ならば、脳を破壊したままにすればいい。剣を抜かなければいい。


「……さすがは姫様の家臣よ。頭の回る戦い方だ」


 ぎょろりと、マーロックの瞳がシークイズに向けられる。


「な……」


「しかし、腹が減ったな。……のう、空腹こそ絶望だとおもわんか?」


 マーロックは腕を持ち上げ、剣を掴もうとしてきた。「ち」と舌打ちして、距離を取るシークイズ。左の五指から、漆黒の糸を射出する。マーロックの身体をグルグル巻きにして繭を成す。


「む?」


「脳が頭にないらしいな。それなら、全身を焼き尽くすまでだ」


 ほんのわずかに魔力を込めると、炎が糸を伝って迸る。一気に燃え上がる。暴れる馬に振り落とされたマーロックは、夜空を見上げた。


「マーロック様。手伝いましょうか?」


 キルファが尋ねる。だが、マーロックは「良い」と返事をして、炎に焼かれたまま、緩やかに立ち上がる。


「き、効いてないのか……?」


 その時。漆黒の繭の隙間から、幾本もの『触手』が伸びた。シークイズの喉と四肢へと絡みつく。


「ぐッ! ……が……」


 マーロックが繭を千切って立ち上がる。腕があるはずの場所からは、数多の触手が枝分かれするように伸びていた。それが力強くシークイズを持ち上げた。


「う、ぐぁぁあッ! 私に構うな! 全軍、攻撃を再開しッ――」


 口めがけて、触手が突っ込まれる。それは、喉を通り胃の中へ。ぐるりぐるりとかき回された。胃液が逆流する。太い触手が喉に詰まっているせいで、吐き出したくてもはき出せない。そして、さらに触手が締め付けられる。意識が遠のいていく。


「さ。みんな、戦は終わりっすよー。指揮官(ボス)はこのザマっすー」


 キルファがパンパンと手を叩いた。マーロックも落ち着いた態度で口を開く。


「どうやら、この者は、眠ってしまったようだ。みんなで姫様のもとへ送り届けようではないか」


 白目を剥いて気を失ったシークイズを、兵たちに見せつける。ぐったりと弛緩した指揮官を見て、シークイズの配下らは戦意を失うのだった――。


 ――ゴゴゴゴゴゴ――。


 ふと、地鳴りのような音が聞こえてくる。


「……ん? なんすか?」


 魔物たちが警戒。そして、そこはかとなく道を空けた。


「えーん、キルファちゃーん!」


 すると、ベルシュタット方面から、ハートネスがやってきた。


 ――半泣きになりながら。――蜘蛛の糸をベトベトに身体へと巻き付かせながら。――周囲の木々がくっついてしまったので、一緒に引きずりながら。


 ――蜘蛛の巣に絡まってしまった1000もの部下を、まるで地引き網のように、引きずりながら。何千トンでは済まない重さの、それらを引きずりながら。


「キルファちゃーん! 蜘蛛の巣でべとべとなのぉぉぉ! とってえええぇ!」


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