失恋。 

藍坂イツキ

失恋



「…………、ぅ」


 目が覚めると、僕は泣いていた。

 窓から入り込んだ太陽の光が、涙で分散する。虹色に輝くその明かりが僕の涙腺をさらに刺激して、余計に涙が溢れてくる。



「ぁぁ、ぅ」


 言葉すらも出てこない。

 なんでだろうか。

 悲しい、苦しい、痛い、辛い。

 感情も表情も、非情さも。全部が最悪なほどに伝わって、世界ができる意味すらも考えてしまう。この頭の痛さも、このお腹の苦しさも、さらには。


 この胸の痛さも。


 ああ、なぜだろう。


 僕は僕だ。

 彼の様にかっこよくはない。

 彼のように優しくもない。

 そして、彼のように強くもない。


 あの日、あの夕焼けの日。

 僕は君を見ていた。


 たまたまだよ、たまたま。本当に偶然だったんだ。

 学校からの帰り道、幼馴染の君は路地裏で不良に絡まれていた。

 むすっとした顔でずっと否定し続けていた君にエスカレートした彼らの行動。

 僕は苛立った。もちろん、動いた。


 一歩、一歩。

 そしてもう一歩。


 人気のない、そして夕立に照らされた路地裏に入り込んで僕は勇気を振り絞った。

 彼女の目は輝いていた。

 潤った瞼に、震えている肩。

 依然変わらない表情と裏腹に、君の体は素直だった。


「ぁ! ……」


 声が出ない、喉が鳴らない。


 瞬間、君の小さな瞳からは涙が滴り落ちていた。

 恐れ、緊張、恐怖。

 見ただけで理解したその感情。

 僕は腹が立った。


 お前ら!!!


 言ったつもりだった。

 でも、僕は舌がピタリとも動かない。


 離せ!!!!!


 と言いたい。

 いや、そういわないと駄目なほどの状況だ。危ない! 君のからだが……いいや、君の大きな心が危ない。

 不良の手が君の右手にかかる。

 怒りが込み上げた。悔しい、自分すら振れたことのない彼女の小さな手に、その汚い手が触れていた。


 次は、その手が彼女の小さなお尻に向かった。

 明らかだった。

 不良の表情、まさに男。欲が丸見えの顔に奥底から何かが込み上げていく。思いがそこに屹立する。






 しかし、僕は動いていなかった。


 なぜだろう? なんでだろう?

 動きたい、いやむしろ動いていると思っていたが、見える景色は数分前と変わっていなかった。

 今度こそ、君は泣いていた。

 あんあんと、猫が鳴くかのように惨めで、小さな声で泣いていた。

 止まらない、不良の行為はとても残酷。

 僕の語彙力では表せないほどに、もの凄く。


 人間ではなかった。

 もはや、生物としての倫理がない。

 いや、生物ではなく人間としての道徳など、そこには一つもなかった。



 僕は、「傍観者」だった。



 泣きわめく君の華奢な声が暗い路地裏に響き渡っていた。

 でも、動けない。

 でも、声が出せない。



「やめるんだ!!!」


 やっと出た。

 ようやく出たんだ!

 足元を確認すると、僕はまだその場にいた。


 そう、声を出していたのは僕ではない。

 紛れもない、彼からだった。


 かっこいいと学校で評判の高身長の爽やかな男だった。


「情けないな、お前たち」



「小さな女の子を虐めて、楽しいのか!?」



 目の前で彼は言った。

 かっこいい。

 まやかしではなかった。学校の評判通りの最高すぎる正義心が眩しいほどに良い人間だった。僕は未だに動いていないというのにこの男はすいすいと前へ歩く。


 すごぃ!

 なにあれ、かっこよくない?

 やば!


 僕の後ろからは女子の声が聞こえた。

 何か面白いことが起きてるんじゃないか、と見に来る彼女たちの目線が僕を通り越して彼に向かう。集団心理。僕が出ようと踏ん張っていたときなんか目もくれなかったのにこの男が現れた瞬間、現れたのだ。

 強いものにはついていこうとする女の意地の悪い表情が、見えなくても僕にはそう映っていた。


「君たちに、生きる資格はない。でも、僕も手は汚したくはないな」


 そう、噂に聞けば。

 彼は柔道5段らしい、サッカーに他のスポーツもできるなんて完璧なイケメンである。


 優しそうな瞳の奥には、鬼が潜んでいる。


 その言葉と彼の表情に怯えたのか、すぐに去っていく不良の一族。

 なぜだろう?

 まさにヒーローだった。


 そして、君に近づく彼は身に着けたブレザーを脱いでふわりと掛ける。


「大丈夫かい?」


 そう言った。

 優しい、女神のような一言だった。


 震えながらも頷く君。

 恐怖の表情が、少しずつ明るくなっていく。


「ぁ、」


 まだ声が出ない。


 気づくと、君は男と一緒に僕の隣を通り過ぎた。

 君の横顔は先ほどの出来事すらも掻き消すほどに笑っていて、その隣で微笑む彼と目が合った。


 すると、表情一つも変えずに僕を見て。

 そのまま視界の奥へと消えていった。







 その瞬間。

 僕は理解した。

 自分という名の臆病な僕を。つまらない人間なんだということを。

 格好悪い人間は僕のことなんだと、彼のような優れた人間ではないことを。




 そう、僕は最低。



 最底辺の男だ。




 いつの間にか、滴れた涙は乾いていて僕は笑っていた。

 耳がもげそうなくらいの声量で、ゲラゲラと馬鹿にしているような声色で。

 僕は最大級に笑っていた。


 反響する僕の笑い声はとても不気味。

 響いて、響いて、響いて。猿が鳴いたかのように高音が僕の部屋で反射する。

 痛い、辛い、苦しい、悲しい。

 そして何より、悔しい。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 狂気。

 正気の沙汰ではなかった。

 部屋が揺れるほどに、僕は咆哮する。


 途端、倒れた僕の目には鏡が。






 写っていたのは、最高に笑う凄惨な僕が目と鼻から血のようなモノを噴き出していた。

 





後書き

 どうでしたでしょうか?

 別に、僕は正常です。病んではいませんよ(笑)。


 自分的にも感情について考えてみたかったのでいい機会になりました。

 何となく筆が進みましたね。

 僕も、大学で頑張ります。


 あー、恋愛でもですね!

 僕の他の小説も読んでいただければ幸いです。


 ではまた今度。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

失恋。  藍坂イツキ @fanao44131406

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ