第5話


 誕生日から一月もすると、秋の足音が聞こえてきた。空はうろこ雲が浮かび、夏の気配を追い立てる。あの雲がうろこで、本体はどこにあるのだろうか。あの空も魔物なのだろうか。疑問は尽きない。

 夏の気配は背を向け始めたが、気持ちはまだ夏の気分でいたい。日によっては暑いのに、油断すると寒い日がやってくる。そのせいか、祖父の体調も少しずつ悪くなっていった。捕れる魚も減ったし、動物も減った。

 冬は嫌いだった。雪も嫌いだ。畑の元気がなくなるから。それに、僕はこの世界で魔物の次に寒いことが嫌いだった。家の中でたき火が出来たら良いのに。

 勉強は祖父に教えてもらっていた。本に載っていることを暗記するのは苦手だったが、数字を足したり掛けたりして計算するのは得意だった。世界のことが少しずつわかって行くような気がした。おじさんは「こんな世界で勉強して何の意味がある」と言ったが、祖父は「こんな世界だからこそ、勉強する必要があるんだ」と言って口論した。僕が生きて行くためには、勉強が不可欠らしい。今のところ、算数が生活を豊かにしてくれたことは無いけれど、「算数を理解することで、他の可能性を見いだすことが出来る」と祖父がいうから、きっとそうなのだろう。僕には難しくてまだわからない。

 町には学校があった。世界が滅ぶ前は、そこで大勢の子供が勉強していたのだという。僕の年齢では、小学校というところに通うのだそうだ。同じ年頃の子供がたくさんいたら楽しいだろうな、と思うときはある。祖父もおじさんも、僕と同じ早さでかけっこができないし、山に登ったり出来ない。僕はいつも一人で、虫取りをしたり動物を追い回している。

 僕の教室は町でも学校でもなく、家の隣にあった。元々は農具倉庫か休憩所のようなものだったのだろう、掘建て小屋でかすかに肥料の臭いがした。祖父はそこにホワイトボードとマーカで授業をする。

「今日の授業はここまで」

 祖父がマーカを置いて咳き込んだ。ここのところ、足腰が弱ってしまって、座ったまま授業をしている。長く喋ることも出来ないので、テストが多かった。授業が短いのは嬉しかったが、テストが多いのはちょっと嫌だった。出来なくても怒られはしないが、祖父の期待に応えられないことが悔しかった。

 ゆったりとしたワンピースのような服からのぞく足が、枯れ木みたいに細かった。尻の肉がなくなって、椅子に座ることさえ、長時間は出来なくなっていた。

「このところも魚も減ってきたぜ」

 おじさんが釣りから帰ってきた。真っ黒に焼けた腕を魚籠の中に突っ込む。掴んで取り出した魚は、目が無くて体が傷だらけだった。

「こんな魚しか・・・・・・」

「やはり影響が・・・・・・」

 祖父たちは深刻な顔をして、捕ってきた魚を見下ろした。気味悪そうな顔をしているが、この魚の何がおかしいのかわからなかった。

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