第3話 思わず
クリスマスツリーに向かうことにした二人。
直人はデスクに戻り、帰り支度をした。
「あれ?帰るの?何か仕事頼まれたんじゃないの?」
隣のデスクの同僚が話しかけてきた。
「あっ、明日からの事だったので今日は上がります。お先に失礼します」
「あっ、そうなんだ。おつかれ」
口から自然と出た嘘に少し驚きながら直人は会社を出た。
「冷静に考えると俺、何やってんだろ…」
あくまで彼氏のフリで彼氏ではない、今後そういう関係になる保証があるわけでもない。
直人は少しだけ自分のやっていることに疑問を感じた。
「まっ、いいか。竹下さんの為だもんな」
亜沙美の為なら何でもする、直人はそう決めていた。
直人が今の部署に転属になったとき亜沙美が教育係になった。
店舗とは全く違う業務内容に戸惑いながらも必死に働いていたが、ある日直人は買い付けミスを起こしてしまった。
確認はしたつもりだった、だが実際に直人が作った伝票は間違っていた。
在庫過多による不渡りの危機。
直人は当然解雇は免れないと覚悟したがその時、亜沙美が教育係の自分の責任だと申し出た。
そして店舗運営の地区担当に話を通し、各店舗に商品を送り込み店舗に出向き売り込みをさせてほしいと志願。
その結果在庫が減らなかったら自分を解雇してほしいと直訴していた。
亜沙美と直人で全国の店舗を回り売り込みを開始、直人は亜沙美にこれ以上は迷惑をかけられないと店舗時代の経験をフル活用し見事に在庫を通常の数量まで減らし、結果亜沙美と直人の社内成績は断トツに上がり亜沙美の出世に直結した。
この頃、通常業務は全て残業や持ち帰りで処理していたため心身共に辛かったが、この事は今では亜沙美が直人に感謝している事でもあり、直人はそれ以上に亜沙美に恩義を感じていた。
その恩義と共に一緒にいる時間が長い故、それが恋に変わることに何も不思議な事は無かった。
直人はそのことを思い出し
「ふーっ、よし!」
気合いを入れ直した。
約30分程会社から離れた場所で待っていたらスマホのメッセージアプリに亜沙美から連絡が来た。
「今から会社出るから」
直人はわかりましたと自分がいる場所を書いて返信した。
そこから5分ぐらいが経った。
「藤堂くん、ごめん、待たせちゃったね」
亜沙美が直人の元に到着した。
「いえ、大丈夫ですよ」
「それじゃ行こっか」
二人はクリスマスツリーのある場所に向かった。
クリスマスツリーのある広場には多くのカップルがいた。
亜沙美は周りを見渡したあと、急に直人と腕を組んだ。
「ちょ!?…えぇ?」
直人は驚いたが内心とても嬉しかった。
「ほら、周り見てみなよ、大体こうしてるか手を繋いでる」
「あぁ、なるほど…」
直人も周りを見たあと納得した。
「…ってちょっと!コートすごい冷たいけど、もしかしてずっと外にいた?」
「えっ?はい」
直人はそのまま外で亜沙美の事を待っていたため、来ているコートは冷たくなっていた。
「なんでどこか建物の中に入ってなかったの!?風邪ひいたらどうするの?」
「あぁ、そう…ですね」
亜沙美は気が付いた、そういえばどのくらいで行くとかそういう連絡をしていなかった事に。
「あっ…。ごめん、私のせいだ。ちゃんと連絡しなかったから」
「いやいや!そんなことはないですよ、僕にその考えが無くて外で待ってただけですから」
亜沙美はより強く直人の腕にしがみついた。
身長差とその角度により直人から見た亜沙美は心配する表情を上目遣いでしていた、直人はそれ以上亜沙美を見ることが出来ずに
「ほ、ほら、写真撮らないと…」
と思わずその場をごまかした。
亜沙美はちょっとやり過ぎたかな…?と不安になりつつ
「そ、そうだね」
と自分のスマホを取り出しカメラアプリを起動し、少しツリーから離れて写真にちゃんと写るように自撮りした。
「よし、撮れた」
「これで一つカップルらしい物が増えましたね」
「そうだね、ありがと」
また先程とほぼ同じ角度で亜沙美は笑顔を見せた。
直人は思わず
「可愛い…」
「えっ?」
「えっ?」
その言葉に亜沙美はすぐに反応する。
「今、私の事を可愛いって言った?」
「えっ?」
「えっ?」
「……不覚」
直人は右手で両目を覆った。
「それはどういう意味かな?」
亜沙美は直人の腕をつねった。
「痛い痛い!すみません、言いました」
「なんて言ったの?」
亜沙美はまだつねっている。
「竹下さんが可愛いって言いました」
「エヘヘー」
亜沙美はつねるのをやめたが直人は本気で痛がっていた。
「ほら、ご飯食べに行こ。ごめんて!」
痛がってる直人を見て亜沙美はやり過ぎたと反省した。
「でも今日入れる店ありますかね?」
「ファミレスか居酒屋なら大丈夫でしょ、ほら、行くよ!」
亜沙美は歩きだし、その後ろを直人が追いかけた。
直人が横を歩くと亜沙美は再度腕を強めに組んだ。
その時、目の前に一人の女性が現れた。
「えっ?……竹下さんと藤堂さん?」
二人は頭から血の気が引いていくのを感じた。
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