フェイクマイナス~お互い好き同士のフェイクカップル~

海鮮メロン

第1話 お願いがあるんだけど

株式会社アレコレウール

日本全国でディスカウントストアを経営している企業。



ここの第二営業部でバイヤーとして働いている男性。



藤堂直人 二十八歳。


大学生の頃からバイトとして店舗で働きそのまま就職。

二十五歳の時に本部からキャリアチェンジの公募がされ応募、現場で培ってきた商品知識と商品展開力と売り込み実績を買われバイヤーとして本社勤務になる。



十二月某日、今日は新年明けてから取り扱う商品の選定会議だった。



各メーカーから事前に営業資料を受け取っており購買層や粗利額を考慮し、更に店のコンセプトに合うかどうかや話題性等を考慮するための会議である。


午後一時から始まり、終わったのが午後十時だった。


直人は背伸びした。

「やっと終った…。うわ、もう十時じゃん。はぁー……」

腕時計を見て溜め息をついた。



「毎回この会議だけ長いんだよなぁ。……いかんいかん、帰ろう」

一瞬まったりしてしまったがすぐにデスクにカバンを取りに向かった。



デスクに着くと直人を呼ぶ声が聞こえた。

「藤堂くん、ちょっと」

上司からの呼び出しだった。



「はい、何でしょう?」

応えたが上司は会議室を指差しただけだった。来いという事だろう。

上司は先に会議室へ入っていった。



「俺、何かしでかしたっけ?」

直人は後頭部をかきむしった。



直人を呼んだ上司、直人がいる班のチーフ。


竹下亜沙美 三十二歳。


仕事一筋の女性で幹部からも一目置かれている存在、仕事に関して厳しい所があるが自分に対しても厳しい為後輩から慕われている姉御肌。

亜沙美は直人の事を信頼しており、事あるごとに仕事を任せるが厳しい指導もすることがある。


その光景は同僚達も度々目撃しており、初めは仕事を任せられすぎな直人は妬まれていたが最近では同情されるぐらいになっている。



「お前、また何かやらかしたの?」

「ははっ……、今度は何ですかね……」


同僚達から背中を叩かれながら直人は会議室へ向かった。



直人は深呼吸しノックした後、会議室の扉を開ける。

「失礼します」

会議室のいつもの席に亜沙美は座っていた。


「藤堂くん、こっちに」

亜沙美は直人を自分の隣の席に座るように手を動かした。



「…はい」

直人が座るといつもと亜沙美の様子が違うことに気が付いた。

何か言おうとしてるが言いづらい、そんな風に感じた。


「あの…。もしかしてそこまでまずいことしてしまいましたか?」

「えっ?」

亜沙美は驚いたようなそれでいて不思議そうな表情をした。


「いや、何かいつもと違うので…」

「あっ、あぁ、違うの。怒るとかそういうので呼んだわけじゃないの」

亜沙美は少しぎこちない笑顔だ。



「じゃあ…、新しい仕事ですか?」

「うーん、ちょっとそれとも違う。頼みたいことがあって。これ頼めるの藤堂くんしかいないと思って」

新しい仕事の話じゃないのに頼みたいことがある?直人は不思議に思った。



「その頼みたいことって何ですか?」

また亜沙美は言いづらそうにしたが、直人の方を向き

「あ、あのね。私の彼氏のフリをしてほしいの」


「はっ?えっ?……どういう、えっ?」

直人は混乱した、率直に意味がわからなかったからだ。


「あのね。私の彼氏のフリをしてほしいの」

「いや、そこはわかったんですけど、何故?」

亜沙美は気が動転してるのか同じ事を二回言ってしまった。



「あっ、ああ!ごめん!実はね、前の年末年始に実家に帰った時に両親から結婚について聞かれたの」

「はい」

「それで彼氏いるのか?っていないならお見合いしなさいって」

「お見合いですか?」

「そう、でも私はお見合いする気も無いし結婚する気がそもそも無いの。仕事楽しいしそろそろ出世出来そうだし」

「結婚しても仕事は続けられるんじゃないんですか?」

直人は意見してみた。



「うーん、そうだとは思うんだけど。藤堂くん、私の性格知ってるよね?」

「……一点集中ですか?」

「さすが、わかってるね」

そう、亜沙美はあれもこれもと出来ない性格だった。仕事と恋愛の両立は一度両方同時に失敗した経験があるため、仕事一筋に切り替えて今の地位に上がった。


だが逆に言うと仕事上でも欠点として見られている箇所でもあった、視野が狭く自然と自分を追い込んでしまい結果体調を崩したり、周りが付いてこなかった事も過去にはあった。



直人が何故、亜沙美から信頼されているかはここにあった。

時に我に返し、時に体調を心配し、どんなときでも亜沙美に付いて来たのが直人だった。




「それで話戻すけどその時の私、言っちゃったのよ」


亜沙美からの言葉に直人は額に手を当て

「あぁ…。わかっちゃいましたよ、彼氏いるって言っちゃったんですね?」


「そうなの……、思わず……。結婚考えてる彼氏がいるって」

亜沙美は下を向いた。



「それで彼氏のフリして写真撮ったりすればいいんですか?」

直人は比較的有効だと思われる提案を聞いてみた。


「……ううん、実家に一緒に来て」

予想を越えた返答を亜沙美は真っ直ぐと直人を見ながら答えた。



「え、えぇーー!!!」

直人は思わず驚いて大きい声で叫んでしまった。



「ちょっとー、ビックリさせないでよ」

亜沙美は少し後ろに重心を置いた。


「いや、それはこっちの台詞ですよ!実家に彼氏のフリして行くって……」

立ち上がり両手を広げながらそれはおかしいと伝える直人。


しかし亜沙美は

「先週、連絡が来て結婚考えてるなら挨拶に連れてきなさいって言うもんだから。挨拶だけでいいならって言っちゃったのよね。うちの両親と挨拶してもらえればそれだけでいいから、ね?」

今度は上目遣いで話し始めた。


座り直した直人は後頭部をかきながら

「あのー、わかってます?」


「何が?あっ、ごめん、彼女いたっけ?」


「い、いや、いないですけど。ってそうじゃなくて」

「じゃあ何?嫌だって事?」

亜沙美は怖い目をした。



「いやいやいや、えっ?本気で気付いていませんか?」

「だから何が?」


「お見合いの話が出ました、結婚考えてる彼氏います、僕が竹下さんの両親に挨拶します」

直人はジェスチャーを交え、一から話し始めた。


「うん、そうよ?」

「それって完全に結婚させてくださいの挨拶になるじゃないですか」


「……あっ、あーーーーっ!!!」

亜沙美は顔を真っ赤にして思わず叫んでしまった。


「そ、そうだよね?そうなっちゃうよね?」


「そうですよ!そしたら今度は両家で、とかなりますよ?」


「ど、どどど、どどどどうし」

亜沙美は動揺を隠せない。



「落ち着いてください、落ち着いて」

直人は両手を静かに下に下げる動作を亜沙美に見せた。


「う、うんうん…」

「はい、深呼吸」

直人と亜沙美は二人で深呼吸した。



「落ち着きました?」

「うん、ありがと」

亜沙美は胸の辺りに手をあててから直人を見た。



「で、どうしますか?」

「そうだね、それはさすがに悪い…」

その時、亜沙美の携帯が鳴った。


「あっ、お母さん、ちょっと出ていい?」

「はい」



「もしもし?うん、えっ?うん……。うん、だからちゃんと連れていくって言ってるじゃない!」


直人はえっ?という表情をした。


だが亜沙美は直人を見ていなかった。


「うん、じゃあそのお店で挨拶ね、わかった、はい、じゃあね」

亜沙美は電話を切った。



亜沙美はふーっと息を吹いたあとにゆっくりと直人を見たあと、今度はゆっくりと目を逸らしながら

「……あの、……ごめんなさい」

どこを見ているのかわからない目線のまま直人に謝った。



「いやいやいや!!今言えましたって!嘘でしたとか別れたとか最悪の場合彼氏に用事があるでも」

直人は再度立ち上がった。


「嘘や別れたとか言ったらお見合いだし、彼氏に用事があるなんて言ったらそんな奴とは別れてお見合いしろって事にならない!?」

亜沙美は泣き顔で直人に訴える。



直人の表情は曇った。

「…ごもっともです」

そしてまた座った。


「でしょ?お願い!!彼氏のフリして実家に一緒に来て!!」

亜沙美は手を合わせてお願いした。


「わかりました、わかりましたよ。行きます」

また後頭部をかきながら答える直人。



亜沙美は笑顔になり

「ほんと?ほんとに?」

亜沙美は直人の両肩を掴み、グラングラン揺らした。



「はい…、行きますから…」

直人の頭は前後に大きく揺れている。


「ありがとう!!…じゃあ細かいことはメールしておくから読んでおいてね」

「わかりました…」


亜沙美は立ち上がり会議室を出る為に歩きだした、その表情はしてやったりの悪い顔だった。


そう、亜沙美は直人が好きだった、しかし素直になることが出来ずに何故か一計を講じるというどちらかと言えば面倒な方法を選んだ。

今回の一連の流れは実は母親からの電話以外は亜沙美の計算通りだった。

亜沙美は母親からの電話さえもしたたかに利用した。



亜沙美が会議室を出たあと、直人は頬をかきながら今の時間の亜沙美を思いだしてヘラヘラした。


「今の竹下さん、めっちゃ可愛かったなぁ、それにしても彼氏のフリか。そのまま結婚とかなっちゃうかな。だったらいいなぁ……」


そう、直人は亜沙美が好きだった。どんなときも亜沙美に付いていったのはその為であり、亜沙美の為なら何でも出来ると自負している。

しかしなかなか言い出せずどうしようか迷っていたところだった。


ここに端から見たら奇妙なお互い好き同士両思いのフェイクカップルが誕生した。

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