第40話 かつての出来事②

大変お待たせいたしました。今回短めです。


――――――――――


 もうすぐ夕暮の光も消えようとする庭へ下り立つ。……少しずつ春から夏に近づいているとはいえやっぱり冷えるな。

 向かうのは庭の端、……もうすぐで真っ暗になりそうな場所だ。

 そんな庭の一角に、しゃがみ込む姿があった。


「……レオンさん?」


「おっと、気付かれましたか」


「……昔から、かくれんぼは得意でしたから。隠れるのも、探すのも」


 その隣に腰を下ろし、持っていたコップを渡す。


「ほら、どうぞ。そうしていると冷えるでしょう」


「ありがとうございます。……甘いけど、辛いですね」


「異国土産ですよ。生だと体を冷ますのに、乾燥させると体を温める不思議な植物を使った飲み物です」


 そこにあったのは、この孤児院という場所にはそぐわないもの。


 名前が刻まれていなかろうと、二つ並び立つその木のオブジェが『墓』だということに気が付くのはたやすいことだった。


「……こんなことならいい酒でも持っていればよかったんですけどね、当てのない長旅の中じゃそういったものを持ち歩くのは難しいんです」


「……きっとそんなことじゃ怒りませんよ。それよりも旅の話を聞きたがったと思います」


 それが誰の墓なのか、知ろうとはしなかった。……安易に踏み込むべきではないと、そう思ったから。


「その相手がたとえ”命令”持ちだったとしても?」


「その程度の事で差別するような人たちじゃありませんでしたから」


 、自慢の両親でした。と語るミリアのその横顔は誇らしげでいて、それと同時に寂しげだった。


「……お父さんとお母さんは、ここで先生をしてたんです。文字の読み書きとか、計算とか、生活の知恵とか、いろんなことを教えていました。ここにいる子たちはみんなお父さんたちの教え子だったんです。

 私もそこについて行って一緒に勉強をしてたから、ここに来る前からみんなとは友達でした」


 ふぅ、と小さく息をついて星空を見上げる。

 小さなカンテラに照らされ、大切な思い出を辿っているようだったその横顔は、しかし苦しそうに、悲しそうに膝の間にうずめられた。


「そして、一年前、お父さんとお母さんが殺されました。……私の目の前で、真夜中でも良く分かるように火を放たれた家の中で。

 …………私も、そこにいたはずなんです。二人が死ぬところを見て、私も同じように殺されるはずだったんです」


 一年前の殺人事件、その被害者はミリアの両親だった。人々が寝静まろうとする夜、その暗闇の中でも良く分かるように、見せしめとするために、火を放たれ燃え上がる家の中で二人は殺された。

 実行犯はせいぜい破落戸ごろつきと呼ぶのが相応しいような男たちだったという。だが武器の扱いに慣れている相手に、戦う術のない一般市民はあまりにも無力だった。


 ……しかし、それでは


「――なら、どうやって……?」


 ミリアだけが助かった道理が分からないのだ。


「……分からないんです。…………何も、覚えていないんです……! 両親の最期の姿も、どうして私だけが助かったのかも……、忘れちゃいけないはずなのに、忘れたくないのに!!」


 ……凄惨な記憶に対する自己防衛なのか、その記憶は彼女から失われていた。


「ミリア……」


 慰めようとした。


 その心の傷口に爪をかけ広げるだけだと口を噤んだ。


 同情しようとした。


 ただ虚しく惨めにさせるだけだと口を噤んだ。


 【命令】持ちだから、と言い訳をして人から逃げ続けてきた俺には、どうすればいいのかなんて分かりようもなかった。

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魔剣の継承者 レオン  シジョウハムロ @hamlo

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