第18話 旅人の授業:魔法編③

 ……


 …………


 えー…………


 ……後半の授業を始めます。……なんでみんなして笑ってるんですか……。そんなに面白いことでしたか?

 …………拗ねてないで始めろ? 分かってますよ……。


 ……はぁ…………


 ……ではいよいよ今日の本題である呪文詠唱の仕方について話していきましょう。


 まず最初に大前提となることから話しましょうか。


 魔法を使うとき、何故呪文を唱えるのか、当然ながら意味があります。

 呪文というものは魔法を定義する設計図のような役割を持っています。そして設計図というものは内容を理解できていないとあまり意味がありません。普通の設計図と違うのは、魔法を使うだけなら自分だけがその内容を理解していればいいこと。つまり呪文の中に暗黙の了解があってもいいんです。これが俗にいう『短縮詠唱』や『無詠唱』ですね。


 では、内容を理解して設計図を作るにはどうすれば良いのか、薄々気づいてきた人もいるかもしれませんが、ここで少し大事な話をさせてください。できれば授業とか関係なく覚えておいてほしいことです。


 だいぶ抽象的な表現になってしまうのですが……。


 言葉には『力』があります。


 これは魔法に限った話では無く、です。もちろん俺が【命令】持ちだから、というのとも違いますよ?

 例えば、褒められたらうれしい気持ちになりますよね? 逆に、悪口を言われたらいやな気分になりますよね? そういった何でもないただの言葉でも人の心ぐらいなら簡単に動かせるんです。明確な意思を持って発するのならば尚更。


 話を魔法に戻しましょう、呪文を唱えるときに大事なのはこの『明確な意思を持つこと』なんです。

 つまり、どの魔法を使うときにも『どんな魔法を使うのか』ということを明確に意識すれば、そしてあとは魔力の扱い方さえ理解してしまえば何語で詠唱しても構わないんです。


 ……簡単すぎて拍子抜けしましたか? ではこの詠唱法の弱点について話しましょう。まあ弱点というよりは不便な点といった方がいいかもしれませんが。

 先ほど言ったとおり、詠唱は何語で行ってもいいんです。なら余計な勉強の必要ないウォルクロア語で詠唱した方が楽に決まってます。それでもそうしないのには当然理由があるんです。


 広く魔法の詠唱に使われている言語は『精霊語』と呼ばれるものです。この言語は『似ているものが似た発音の言葉になる言語』なんです。詠唱を勉強していて何となく韻を踏んでいるように感じたことはありませんか?ともすれば早口言葉みたいと思ったことがあるかもしれません。

 これは魔法をより強力、精密にするためのものなんです。強い魔法ほど長い詠唱をすることは知っている人が多いと思いますが、そういう魔法は何の工夫もしないと碌に使い物にならないくらい長い詠唱が必要になってしまうんです。

 そこで大事になってくるのが音を重ね合わせること、つまり韻を踏むことです。例えば”炎の鏃ファイアボルト”の詠唱における『赤き火よ』と『燃え上がる炎よ』は、精霊語で詠唱するとどちらも。この時、撃ち出したい炎に対して二回定義することで単純計算で威力が二倍になる……と思いきやなんと

 この時、何が起こっているかというと、『赤き火』という言葉に『燃え上がる炎』という意味が、『燃え上がる炎』という言葉に『赤き火』という意味がついてきてるんです。つまりんです。


 ……まあ、何が言いたいのか一言で言ってしまえば、『呪文詠唱は言葉遊び』なんです。本来二行三行になる詠唱を一行にまとめる。これができるのが精霊語で、だから広く呪文の詠唱に使われるんです。


 ずいぶん遠回りをしましたが、これがウォルクロア語で詠唱をしない理由です。初級魔法程度ならともかく中級以上の魔法は碌に使えないんです。


 ……ああ、肝心な説明を忘れていました。呪文の詠唱はとても便利なんですが『威力の最終調整』だけは自力で魔力操作で調整するのが賢明です。それを詠唱に組み込むと小回りが利かなくなりますから。最初に説明した『暗黙の了解』の部分ですね。


  ―*―*―*―


「長々と話してしまいましたが、最低限覚えてほしいことは

・初級魔法程度ならウォルクロア語で十分ということ

・ただしそこには限界があること

・呪文は便利だけど小回りは聞かないこと

この三つです。

 後は実際に練習をする中で自分なりのやりやすいやり方を見つけるのが一番ですね。すべて呪文に頼っている人もいれば、最低限の詠唱で魔法を使う人もいますから。

 ……これで今日の授業は終わりです、長時間お疲れさまでした。質問があったらどんどん聞いてください、理論で説明できる内容であればある程度は答えられますから」


 授業が無事終わりを告げ、質問の時間をとると、授業内容に対するものからちょっとした興味本位のものまで様々な質問が飛んでくる。


 その全てを捌ききる頃にはもうへとへとだった。……こんなに話したのはいつ振りだったろうか。

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